11β-HSD1とは
11β-HSD1阻害薬とは,11β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素I(11β–HydroxySteroid Dehydrogenase type I;以下 11β-HSD1)に作用して,その作用を阻害する薬です.11β-HSD1は,人体内の肝臓,脂肪組織,膵島細胞,骨格筋,心筋,生殖腺,炎症細胞,脳 等々,多くの組織・細胞に存在しています. こういう形をしています.
11β-HSD1の2量体の3D画像です. 立体視ができる方は 2量体の間の大きな空隙部がみえるでしょう.基質はここに取り込まれるようです.
11β-HSD1の作用
11β-HSD1酵素は小胞体の表面を作業場所としており,その動作は下図の通りです.
不活性型のコルチゾンを活性型のコルチゾールに変換します.コルチゾンのケト基(青)をOH基(赤)に変えるので,これは還元反応です.したがって水素原子が必要になりますが,それは解糖系でも登場した 還元型NADH から奪い取ります.
一方 図にも示したように,上記の逆反応,すなわち 活性型のコルチゾールを不活性型のコルチゾンに戻すのが11β-HSD2です.
コルチゾールは,下垂体→視床下部→副腎皮質の指令にしたがって 副腎皮質で作られます(HPA軸)が,それ以外にも 不活性型のコルチゾンからも再生する経路があることになります. つまりコルチゾールが増加する経路は一つではないのです.
ではこうして作られた あるいは 再生されたコルチゾールは人体でどのような作用をしているのでしょうか.
コルチゾールの作用
コルチゾールとは『ストレスホルモン』という別名があります.ストレスがかかると分泌が増えるからです.
人体が生存の危機を感じた時に,とっさに対応してカツを入れる反応,すなわち すごい勢いで血糖値や血圧を上昇させます.血糖値の上昇は 糖新生をフル稼働させて行います.
コルチゾールの作用は精神面にも及びます. 眠気は吹き飛び,警戒心を強くし 時に攻撃的にさえなります.(これは,コルチゾールと同時に分泌されるアドレナリンなどの作用もあります)
これらの作用は人体に組み込まれたものなのですが,コルチゾールが過剰だと その副作用として,肥満・高血圧・糖尿病のリスクを高めます.
実際,大学で看護実践プログラムを学んでいる71人の健康な女性を対象に,12週間の授業+試験期間中の 体重,BMI,唾液中コルチゾールの分泌量を測定したところ,ほとんどの参加者は12週間の間に体重が増加し、唾液中コルチゾールの分泌量が上昇したのです.
また遺伝的原因で コルチゾールが常に過剰分泌されるクッシング病(下垂体性ACTH分泌亢進症)では,特徴的な 体幹部のみの肥満がみられます.
もちろんコルチゾールが人体に備わっているのは,有害な作用を及ぼすためではありません. 怪我・病気などで体に炎症が発生した時に(これもストレスなので)強力に炎症を鎮めます. これが本来の役目なのです. 実際 コルチゾールは ステロイド薬剤の主成分としても使われています.
さらに『ストレスにより行動は活発化するので若者には いい刺激となるが,年寄には認知機能の低下を生むだけだ』 (Dodd 2022)とも言われています. トホホ.
そこで,必要以上にコルチゾールが分泌されないように 11β-HSD1の作用を適度に阻害してやれば,不活性型のコルチゾンから活性型のコルチゾールに変換される量は減るはずだから,結果として肥満・高血圧・高血糖,すなわちメタボ症候群が抑制できるはずだ,これが11β-HSD1阻害薬を開発する目的です.
やっと入口にたどりつきました.
[続く]
コメント
一つ前の記事を読んでコメントして、こちらの記事を見にきました。
知人の交通事故後の血糖値は、炎症に反応してコルチゾールが増えたためですね。まあ、炎症を鎮めて次に備えるためと言えばいいのかも知れませんね。
ホルモン、複雑です。特に血糖値を上げるホルモンは複数ありますし。しかも絡み合っていて、なかなか「ここをこうすれば良い」と簡単にいかなさそうです。
>ホルモン、複雑です
ホルモンはもっとも複雑な例かもしれませんが,最新の生化学の進展を見ていますと,人体内部の生理活性物質は 無数のネットワークによって複雑にコントロールされているようです. 水道栓のように,これを締めれば止まるなどという単純なものはひとつもありません.
ですから,その一部だけを見て,『なんとかホルモンの分泌を盛んにするには(or 免疫力を高めるには) これを食べればよい』などというのがいかに浅はかなことでしょうか.