前回記事の補足です.
一人三役
映画や舞台劇では,一人の俳優が二役,三役を演じることはあります.
しかし,体は一つなのですから,同時に複数の役はできません.
通常 XXX受容体とは,XXX以外は 一切受け付けません. たとえばインスリン受容体は,インスリン以外のホルモンが入りこもうとしても完全に阻止します.
つまり,GIP受容体はGIPだけを,GLP-1受容体はGLP-1だけを,そしてグルカゴン受容体はグルカゴンだけを受け入れて 細胞の中に取り込みます.
ところが,現在 Eli Lilly社が開発中のトリプルアゴニスト LY3437943は,一つの薬剤なのに あたかも GIP,GLP-1,グルカゴンのすべてと同じであるかのように,それぞれの受容体を『騙して』しまうのです.
いったいどうやったらそんなことができるのでしょうか?
そこで,LY3437943,GIP,GLP-1,グルカゴンのアミノ酸配列を調べてみました.
上段の3つは,それぞれ GIP,GLP-1,グルカゴンのアミノ酸配列です.
そして そのすぐ下が LY3437943のアミノ酸配列です.
その下には,LY3437943が GIPなどのアミノ酸配列に一致している部分に色付けをしました.それぞれを見比べてみると, LY3437943は GIP,GLP-1,グルカゴンの特徴的な部分だけを 実によく真似ています.結果として,LY3437943全体は,GIP,GLP-1,グルカゴンのどれにも見えてしまいます.こうやってそれぞれの受容体を錯覚させているのです.
それにしても この絶妙のアミノ酸配列をどうやって見つけたのでしょうか.
しらみつぶしに調べることは不可能です.なぜならペプチドによく使われるアミノ酸は30種ほどですが,39個のアミノ酸のすべての配列の数は
30の39乗 = 4 × 10の57乗
もあるからです. LY34337943を見出した手法は公表されていませんが(文献では『GIPの骨格を元にした』と述べているのみ),おそらく in Silico による創薬で,ある程度候補化合物を絞り込んだものと思われます. もちろん膨大な計算が必要になりますから.スパコンが,それも世界でもっとも高速のスパコンが必須なのです.
『2位じゃ だめなんです』
[続く]
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