第64回日本糖尿病学会の感想[5] 05/22午前 こんなに大きい個人差

学会 3日目午前は このシンポジウムを視聴しました.

シンポジウム22:これからの糖尿病食事療法における課題と展望

『糖尿病診療ガイドライン 2019』(以下 GL-2019) で示された『食事療法の個別化』をどう具現化するのか,というテーマの討論会です.
全部で下記 5本の講演がありました.

  • 【1】改訂された食事療法ガイドラインの実践における課題:糖尿病食事療法の個別化
  • 【2】食事パターンの意義:特に日本食の研究について
  • 【3】高齢者における摂食嚥下機能の評価の意義
  • 【4】糖尿病性腎臓病に対する食事療法(特に低蛋白質食)の在り方を考える
  • 【5】大規模データサイエンスから見た新食事ガイドラインに残された課題と解決案―患者さんと指導現場の疑問に答えるには―

本ブログのこの記事で,『個別化食事療法の具体的なアイデアを募る公募企画2は頓挫したようだ』と書きましたが,この講演の【1】と【5】は,公募企画への応募案件だったようです.ただ やはり応募数が少なかったのでしょう,このシンポジウムに統合して発表することになったようです.

この中で 【1】の講演はたいへん興味深いものでした.

【1】改訂された食事療法ガイドラインの実践における課題:糖尿病食事療法の個別化

この講演の演者 国立病院機構京都医療センターの坂根直樹先生は,普段の学会講演でも面白おかしく話される人です.
この講演でも,最初からギャグの連発で笑わせてもらいました.オンライン開催でなければ,会場は爆笑の渦だったでしょう.

その一つが

魔性の人
サロメ/Alfons Mucha

栄養指導で患者に

  • 腹八分目にしましょう
  • 野菜を先に食べましょう
  • カロリーを計算しましょう
  • 食事記録をつけましょう

などと 事細かに『~ましょう』を突き付ける人のことだそうです.

この講演では こういう文献が紹介されていました.

糖質量は同じでも

ほぼ同じ糖質量(~30g前後)を含む食品を多数の人に食べてもらい,それらの食後血糖値を調べたものです.

緑の棒が炭水化物含有量,青の棒が それらを食べた時の食気血糖値曲線下の面積(AUC)です.
ご覧の通り,血糖値がもっとも上がりにくい「クッキー」と,もっとも上がりやすかった「シリアル」とでは,食後血糖値上昇(血糖値曲線のAUC)は一桁違うのです.単純に 『1日に炭水化物(糖質)は XXgは摂りましょう』という指定のナンセンスさがわかります.

あまりにも大きい『個人差』

上記は多数の人の平均値ですが,では 同じものを食べれば 誰でも食後血糖値の上がり方は同じなのか?
これはもう私も含めて 皆様よく経験されている通りです.

これは 同じ糖質量のクッキーとバナナの例です.

被験者445番の人と 644番の人では,食後血糖値の様子が『人によって違う』どころの騒ぎではなくて,まるっきり正反対なのです.

更に もっと極端な例では,同じ糖質量のブドウ糖錠剤とパンの例です.
いくらなんでも 誰だって ブドウ糖錠剤の方がよく上がると思うでしょうが;

ご覧の通り,こんな場合でも正反対になる人がいるのです.

坂根先生は このような実例からも,食事療法では,単純に栄養素比率や食品を一律に指定することは無意味であるから,

  • 理想論の押し付けは 何も結果に結びつかない.
  • だから一人一人まったく違うことを前提に『個別化食事療法』を行うしかないのだ

と強調していました.

[6]に続く

コメント

  1. ぴねこん より:

    ああ、やっぱりそうなんだ!という気持ちになりました。
    ブログ等で人の実験を見て、自分も試してみたけど思ったような結果にならなかったり、体調なのか日によって違う場合もあるし。
    栄養指導が難しくなりますねぇ。

    リブレを使って色々実験してみると、糖質量としては問題ないはずなのにどうも相性が悪いみたいという食材が出てくるので不思議でした。
    この差は、糖質の組成によるのかなぁとか、そんなことを考えてました。
    色々と試してやっていくうちに、自分にとってこれは大丈夫という鉄板が固定していくし、ある程度判断がつくようになってくる。
    それでも、あれ?ってことをしでかしちゃうんですけどね。

    私は面白がってあれこれ自分を使って人体実験と称して楽しんでますけど、結構面倒くさかったりするので、拒否する人も多そう。

    • しらねのぞるば より:

      糖質量という単一の数字だけで,あるいは P/F/C比という単純な相対値だけで,個人差を一切無視してきたのが従来の『糖尿病食事療法』でした.
      しかし,これだけリブレが普及して 患者自身が,「ちっとも教科書通りにならない」と気づいてしまった以上,もはや従来の 一律な『栄養指導』は不可能でしょう.

      この学会講演の通り, 今や 医師も管理栄養士も『個別化』が必須であること自体はよく認識しています.
      問題は,じゃあ 今後 具体的にどうするの? というところで足踏みしているようです.

  2. かかか より:

    75gブドウ糖とうどん1玉。うどんは60g程度の糖質量ですが。
    過去3回負荷試験を行いましたが、高くて132。うどん食べて2時間後、クリニックで200越え。
    「当然ブドウ糖75gの方が上がる」と思っているお医者さんも多いと思います。「糖尿病でなければ誰でも30分後が一番高い」と言われたこともあります。

    なので、食後高血糖に対しての一律のやり方では、効果が出ない人も多いだろうなと思います。

    • しらねのぞるば より:

      > 「当然ブドウ糖75gの方が上がる」と思っているお医者さんも多い

      頭で考えているだけだとそうなりますよね. 私もブドウ糖が一番早くあがる『はずだ』と思っていました.しかし,自分でミニOGTTをやってみると,必ずしも ブドウ糖がもっとも早いとは言えないし,AUCも最も大きいわけではない,さらに日によって相当異なる,等々 自分の体で確かめたデータの方を信用することにしました.

  3. highbloodglucose より:

    いろんな食品と血糖値の関係を示したグラフは、被験者はみんな全く同じものを摂取してるんですよね? つまり、クッキーなら同じクッキー、シリアルなら同じシリアルを?
    AUCの中央値(青の横線)は妥当な値かなと思うけれど、箱ひげで見るとかなりの幅があることがよく分かりますね。
    その中でもpita(ピタパン?)は個人差が大きいですね。不思議です。

    バナナとクッキー、ブドウ糖とパン、個人差がこんなにもあるんですね。面白いなぁ。
    これは何の違いを反映してるんでしょうね?
    論文ではなにか推測しているんでしょうか?

    • しらねのぞるば より:

      >被験者はみんな全く同じものを摂取

      被験者各自の食事記録からなので,同種の食品であっても それぞれは違うメーカーの商品だと思います.なので 炭水化物含有量にもかなりバラツキがあるのでしょう.

      >バナナとクッキー、ブドウ糖とパン、個人差がこんなにもある
      多くの因子が食後血糖値を左右しますが,この差は腸内細菌叢の違いではないかと書いていますね.