第63回日本糖尿病学会の感想[6] 大規模試験

感想[5]は ブログ別館 に掲載しました.

大規模試験とは

  • 『HbA1cをどこまで下げれば,どの合併症の発生確率をどこまで下げられるのか』
  • 『その目標を達成するには,どのような治療法が最適なのか』

などといった疑問には,10人や100人のデータでは到底 答えは出せません.

そこで,欧米では 厳密に実験[調査]条件をデザインして,数万人×数年~10年以上にわたり データを蓄積する大規模試験や調査が行われてきました.ここまで大規模になると,偶然に左右されにくい,信頼性のある結論が得られます.

このブログでも一部引用しましたが,世界では DCCT,ADVANCE,ACCORD, UKPDS, DECODE などという 大規模試験/調査が 行われてきました.

しかし そのような大規模試験を行うには,必ず 多数の医療機関が共同して行う必要があります. これは単にデータ数を増やすという意味だけではありません. 少数の医療機関だけでは,そこで起こり得る偏り(Bias)から逃れられないからです. したがって,できるだけ多数の,時に国をまたがってデータ蓄積が行われます.

大規模試験が完遂されると,そこから得たデータの価値は大きいものです.上記の大規模試験は,実施されたのは40年以上も前のものもありますが,今でもそのデータは引用されるほど信頼性の高いものです.

日本では

大規模試験には 膨大な労力と 途方もない資金が必要になります. 残念なことに 日本では この点でまったく実力不足であり,上記のような大規模試験は行えませんでした. 世界の糖尿病医学文献で日本から引用されるのは,被験者わずか110名の Kumamoto Study ぐらいのものでした. Kumamoto  Studyは試験のレベルは高かかったものの,データ数が少ないので統計的信頼性では 世界の大規模試験とは比較にもなりませんでした.

しかし,いつまでも海外の大規模試験には頼れません. 欧米の糖尿病患者のデータをそのまま日本人に適用できるのかという問題があるからです.

そこで,ようやく 日本でも長期・大規模の試験・調査が行われるようになってきました.

シンポジウム27

今回の学会でのこのシンポジウムは,日本人糖尿病患者を対象にした,日本人による大規模調査の現状と将来計画をまとめて解説したものでした.個別にはよく文献でも引用されるのですが,まとまって解説してもらえたのはありがたいです.

ここでとりあげられた各調査の内容は下記の通りです.

JDCP study 日本糖尿病学会
JDDM 糖尿病データマネジメント研究会
JDCS Japan Diabetes Complications Study
J-DOIT3

いずれも日本の糖尿病患者を対象にして,患者・治療・臨床データを,長期・大規模に集積して,日本人に適した最適の治療法を確立することを目的としたものです.

これを聴いていて,やはり 欧米の白人のデータをそのまま日本人に適用するのは 不合理だなとつくづく思いました.

欧米の糖尿病の医学文献を読んでいると,『肥満 → 糖尿病 → 心疾患死』,もうこの一直線だけを考えていればいいのですが,たとえば日本人は 糖尿病であってもなくても 心疾患死で 亡くなる人は欧米の数分の一です(昔は1桁以上の差がありました). それよりは 今でも 脳卒中の方が圧倒的に多いのです(これも昔は白人の20倍くらいでした).

極論を言えば,欧米の糖尿病は 肥満メカニズム・インスリン抵抗性,そして 心疾患死亡率だけを研究していれば,糖尿病の治療法開発はできます.しかし,日本の糖尿病患者で心疾患で亡くなる人は少数派なのですから,それを指標にしていては 的外れなものになりかねません.

したがって,日本人だけのデータを信頼性高く蓄積していくのが現在及び将来予定されている『日本の大規模試験』なのですが,ここでも障害になるのは,日本のIT活用の貧弱さです.

今回のPCR検査データのとりまとめでも露呈しましたが,これらの大規模試験には,電子カルテデータの自動収集システムが必須です.しかし,現状は試験に参加する国内の各医療機関では,カルテのデータを手入力でシステムに打ち込むという,二度手間を行わねばならないため,労力と時間のムダ,しかも データの欠落や入力ミスから逃れられません.

デジタル庁の発足は,糖尿病治療という一点だけを見ても急がれると思います.


学会の感想記事は,本館・別館に交互に記載しています.

次回 感想[7]は 別館ブログにあげる予定です.


コメント

  1. 西村 典彦 より:

    >これも昔は白人の20倍くらいでした

    脳卒中での死亡は、欧米と比べてあまりにも違いすぎるため、国外の研究者からは間違いではないかと言われていたほどです。
    人種(遺伝子=先天的)と生活習慣(文化=後天的)によりこれほどまでに違うのであれば、糖尿病を含む生活習慣病に言及するなら、やはり同じDNAと文化を持った者同士の比較でなければ意味は半減するでしょう。極端な事を言えば、ネズミの実験との比較と大して変わらない程度の信頼度ではないでしょうか。
    現に糖尿病においてはアメリカのような大半が肥満型の場合と日本の非肥満型では、同じ治療方針では結果は出ないでしょう。しかし、現状は「右へ倣え」的な治療方針と検査方法です。

    >デジタル庁の発足は,糖尿病治療という一点だけを見ても急がれる

    カルテが一元管理されるだけでもビッグデータとして価値があるものになります。いろんな切り口で即座にデータを眺められますから、今まで見えなかったもの、あるいは思い違いをしていたことが見えてくるでしょう。大いに期待したいところですが、すんなり行くでしょうか。

    • しらねのぞるば より:

      現在日本でも SGLT2阻害薬の使用が増えています. もちろん 若くて肥満タイプ,つまり『米国型』糖尿病の人にはよく効くというのが主な理由ですが,ただ同時に『この薬で 心疾患のリスクを低減できるから』という理由を挙げるのは おかしいと思っています. 日本の糖尿病患者の死因第1位は癌ですし,心疾患死よりは脳卒中死の方がはるかに多いのですから.

      >すんなり行くでしょうか

      西村様も経験されていると思いますが,現場に省力化・無人化を目的としたシステムを導入する際,もっとも抵抗するのは それまでの実務担当者です. 『仕事のやり方が変わる』これだけで反対されます.『今までこの方法でやってきたのに,新しいやり方を覚えるのが面倒. 手間はかかっても今までのやり方のままでいい』 現場からこういう声が上がると,事情をよく理解できない(理解しようとも思っていない)役員クラスは『現場の反対が強いシステムを導入して 本当に大丈夫か?』などとなります.