腸には メトホルミン[4]

ここまでの おさらいです

糖尿病薬としては,現在も多くの国で第一選択薬であるメトホルミンの主効果は,

  • 肝臓での糖新生抑制,及び
  • 筋肉などの各臓器におけるインスリン抵抗性改善主作用

とされてきました.

またメトホルミンの薬理動態(=薬剤の体内への吸収から,体内における代謝・分解,そして体外への排泄の総称)は;

  • 小腸上部で投与量の約50%が吸収されて門脈から肝臓に到達
  • 一部は 血管を通じて全身に循環
  • 最終的には,分解されることなくそのままの形で,腎臓を経由して尿に排泄される
  • 小腸で吸収されなかった,残りのメトホルミンは便として排泄される

と解説されてきました. ほとんどの糖尿病患者は,現在でも病院から以上のように説明されているでしょう(単に『血糖値を下げるお薬です』という杜撰な説明は論外として).

しかし,メトホルミンを服用していた糖尿病患者が癌検査のため,PET検査を受けたところ,造影剤である18F-FDGが,癌ではないのに腸(特に大腸)の内面に密集していることが発見されたことから

  • 小腸上部で血管にとりこまれなかったメトホルミンは,約2日間かけて腸壁内を徐々に移動する
  • メトホルミンの服薬は1日数回なので,次第にメトホルミンは腸壁に高濃度(血中濃度の約30~300倍)に蓄積していく
  • 腸に滞在するメトホルミンは,近隣血管からブドウ糖を強く取り込む

肝臓に回らなかったメトホルミンはほとんど何の働きもしていないと思われていたのですが,実はこちらでも一仕事しているのです.

お問い合わせがありました

『腸の表面のメトホルミンは.2日間かけて排泄される』という点につき,

私はお通じがいいので,メトホルミンの移動は そんなに 遅くないと思います

というお問い合わせがありました.『最終的には便と共に』という表現が誤解を招いたのだと思いますが,腸のメトホルミンは,「食物と一緒に腸の中を流れていく」[下図 左]のではないのです.腸の内側の表面細胞の中に取り込まれて(ちょうど吸い取り紙に染み込んだインクのように)[下図 右],この状態でゆっくりと移動していくのです.

取り込まれた糖はどうなるのか

腸壁のメトホルミンが糖を取り込めば当然血糖値を下げる方向です. しかし無限に糖を取り込めるわけもありません. 取り込んだ糖をメトホルミンはどう処分しているのでしょうか?
結論から申しますと,メトホルミンが取り込んだ糖は,その場で嫌気的解凍により,乳酸に分解されているようです.このことは前々回の記事で;

Metformin and the intestine

メトホルミンを服用した人の腸の表面細胞を内視鏡で採取し,その細胞を培養しておいて,ここにブドウ糖液を添加すると,乳酸に変化していることで確認されました.

嫌気的解糖については,highbloodglucose様が,ブログのこの記事 で,グルコース分解からエネルギーを得るプロセスを図で詳細に解説しておられます.図の右上,グルコースを粗く分解したピルビン酸が,ミトコンドリアに運ばれずに,乳酸に変換されてしまう経路が嫌気的(=無酸素)解糖です.

ものすごく荒っぽく書くとこうなります.

通常 酸素存在下であれば,ピルビン酸はさらにミトコンドリアに運ばれて,最終的には水と炭酸ガスにまで分解されてしまいます.これは燃焼と同じことですから,非常に高いエネルギーが発生します. 一方 酸素がない場合 は (嫌気性雰囲気).ミトコンドリアの出番はなく,ピルビン酸は乳酸に変換され,最終的には肝臓に運ばれて糖新生の原料となります.

何かに似ていませんか

以上の話はどこかで聞いた話ですね. そうです. つまり無酸素運動と有酸素運動の違いなのです. 短時間で激しい筋肉運動(100mダッシュ や バーベル挙げなど)を行っている時,筋肉は内部の糖(ブドウ糖orグリコーゲン)を無酸素で分解してエネルギーを得ています. ただし無酸素運動は有酸素運動に比べてエネルギー効率 が非常に低い(*)ので,長時間は継続できず,結局 筋肉はすぐに疲れてしまいます(いわゆる オールアウト).この時 筋肉には糖を分解した乳酸が溜まっています.乳酸が「疲労物質」と呼ばれるゆえんです.

(*)無酸素では,グルコース1分子から,人体の「ガソリン」であるATPは3個しか取り出せませんが,有酸素では,最大38個のATPが取り出せます.

つまり,腸の表面細胞に身をひそめたメトホルミンは,近くの血管から糖を取り込んで,あたかも筋肉が無酸素運動をしたかのように,乳酸に変えているのです.

これもメトホルミンの血糖値低下作用です.肝臓での糖新生を抑制するだけでは, それ以上 血糖値を上げないというだけですが,こちらの腸での働きは,積極的に血糖値を下げているのです.ますますメトホルミンの方角には(だから,どっちだ?)足を向けて寝られません.

[5]に続く

コメント

  1. くつわ より:

    さすが我らがメトホルミンですね♪

    一つ疑問があります。
    この作られた乳酸は、腸壁細胞内で活用・処理されるのか
    それともすぐに血中に放出され肝臓行きなのでしょうか?
    そんなに心配する量ではないと思うのですが、気になりました。

    • しらねのぞるば より:

      >この作られた乳酸は
      腸壁内での乳酸濃度が高まるにつれ,血管にあふれ出て 最終的には肝臓に行って 糖新生の原料となるようです. つまり,筋トレで筋肉内に発生した乳酸と まったく同じ処理のようです.
      筋トレで乳酸アシドーシスになることはないように,こちらでもそのおそれはないと思います.

      なお,これ以降の記事でどこかで取り上げるつもりですが,「メトホルミンを服用していると レジスタンス運動の効果が出にくい」という文献を highbloodglucoseさんが検討していましたが,多分これも関係していると思います.
      ビバ☆筋肉部 としては気になるところですね.

      • 西村 典彦 より:

        メトホルミンの副作用について

        https://www.min-iren.gr.jp/?p=32468

        メトホルミンの影響で電子伝達系が抑制された結果、過剰なピルビン酸は乳酸に代謝されて筋肉に貯蔵されることになり、結果、乳酸が蓄積することになります。つまり、メトホルミンは解糖系の促進で乳酸を作り出し、一方でミトコンドリアの機能を妨害し乳酸を蓄積させる、という、2方向から乳酸アシドーシスを引き起こす作用を持ち合わせた薬剤ということができるでしょう。

        と言うのがあり、解糖系促進で乳酸ができるけどミトコンドリア機能が阻害されているので乳酸を消費しない。その両方で乳酸アシドーシスをおこすと言う機序が書かれていますが、まぁ、リスク&ベネフィットを考えるとそんなに高い頻度では発生しないと言う事でしょうかね。

        • しらねのぞるば より:

          従来は,メトホルミン投与による肝臓での乳酸増加は,肝細胞ミトコンドリアの阻害【だけ】と思われていたのが,実は 腸間膜からの乳酸もあるのだとわかったわけです. とすれば,『では,肝臓には回さずに,腸だけにメトホルミンを届ければいいではないか』となりますよね? このシリーズ記事の見せ所はそこです.