医学専門誌の食事療法の記事[3]

専門誌『公衆衛生』で糖質制限食が特集されました.

(C) 医学書院

公衆衛生 2019年12月号

医学雑誌ですから,一般書店でみかけることはまずありませんが,病院・大学医学部ではよく購読されている雑誌です.この号では【栄養と健康 -糖質制限食を中心に-】という特集を組んでいます.
内科専門誌でも,糖尿病専門誌でもない,公衆衛生分野の雑誌でこのような特集が選ばれたことに驚かされます.

『公衆衛生』とは,「地域・自治体などが組織的に活動して,住民の健康増進を図る」こと,つまり『病院の中』にとどまらない分野です.その公衆衛生の専門雑誌が,広く食事療法ではなく糖質制限食だけを,しかも単発のトピックス記事ではなく特集としてとりあげるということは,自治体や保健所においても,もはや糖質制限食が無視できなくなったことを意味する象徴的な記事だと思います.

以下に紹介するように,この特集の各記事の著者はその分野を代表する先生ばかりです. この特集は,必ずしも糖質制限食を一方的に喧伝するのではなく,根拠とともに メリット・デメリットを中立的に論じています.

「健康的な食事」は「健全な情報源」から [東京大学 佐々木敏]

データ栄養学の権威,佐々木先生の論評です.

  • (1)食物繊維の糖尿病予防効果はあるか
  • (2)緑茶カテキンでどれくらいやせるか
  • (3)低糖質ダイエットで糖尿病は改善するか

などの疑問を,論文発表されたデータから論じています.
ところが,(3)を報告した論文の一例で;

(C) Nutrition, Metabolism and Cardiovascular Diseases

『 低糖質食と低脂質食とを 15ヵ月間比較したが,心血管代謝危険因子には有意差はなかった』というのが論文結論です.
しかし佐々木先生は このような結果になったのは,被験者に糖質や脂質の摂取量を詳細に指示しても,試験終了時点では皆同じような食事内容になってしまっていたことを指摘して,『同じものを食べているから,同じ結果になるのは当然』と述べています. これは今年5月の糖尿病学会でも講演された 通りです.

結局 この記事で佐々木先生が言いたかったのは,『食事療法で 完全な比較試験など不可能. 薬剤のRCTでは当たり前に行われているRandom化やDoubleBlind化が不可能なのだから』という持論なのでしょう.
だから【健全な情報】を基にすべきだ,というわけです.

ゆるやかな糖質制限(ロカボ)の有効性と安全性 [北里大学 山田悟]

本年9月に公表された『糖尿病診療ガイドライン 2019』で,食事療法については『患者ごとの個別化』とは書いたものの,相変わらず『エネルギー制限食』(カロリー制限食)の骨格は変えなかったことについて;

わが国の食事療法学は,科学的根拠ではなく,因習によって成立している

と,強く批判しています.

更に 糖質制限食が,糖尿病・肥満・高脂質症・高血圧に対して有効であったという20件あまりの論部を紹介しています.

一方,糖質制限食の安全性については, 『欧米のコホート研究や,げっ歯類(注:ラット・マウス)の動物実験結果で,糖質制限食を否定しようとしてきた』 と手厳しいです.マウスに低糖質・高脂質の餌を与えたら代謝異常をきたした,という論文はよく見かけますが,蛋白源としてカゼイン,脂質源としてパルミチン酸などを多量に含む餌は,(野生マウスが決して食べるものではないので)

『牛の餌である干し草をライオンに食わせるようなもの』

という矛盾に気づかないのかと追及しています.

糖質制限食の課題 [金沢大学 篁俊成/ 金沢医大 櫻井勝・中川秀昭/ 滋賀医大 三浦克之]

上記の山田先生の記事に対して,糖質制限食の懸念・デメリットを強調する記事です.この雑誌の編集部がバランスをとったのでしょうか.
やせ型の人では,高GIの炭水化物を摂る人ほど,また肥満の人では炭水化物摂取の絶対量が多い人ほど,糖尿病の発症率が高かったという観察研究結果を紹介しています.

さらに続けて下記2つの報告をあげて

17人の肥満者に P/F/C = 15/35/50の食事を4週間,続けて P/F/C = 15/80/5の食事を4週間続けたら,体重低下は前者で-0.8kg,後者で-2.0kgと低炭水化物食の減量効果大だったが,体脂肪量の低下はどちらも同じ(-0.5kg)だった.

Am J Clin Nutr 104:324-333, 2016

19人の肥満者に P/F/C = 20/50/30の低糖質食事を,および P/F/C = 20/10/70の食事をそれぞれ6日間続けたら,体重低下は前者の方が優位に大きかったが(-1.85kg vs -1.3kg),体脂肪量の減少には有意差がなかった( -0.529kg vs -0.588kg).

Cell Metab 22: 427-436, 2015

糖質医制限食に減量効果はあっても,体脂肪は減らないと主張しています. ところが上記の2文献はいずれも同じグループ(Hall KD et al)の報告であり,しかも非常に少人数の症例なので,大規模の試験で かつ他の研究者の報告でもそうなのかが示されていません.

最後に糖質制限食を採用すると,必然的に蛋白質摂取量が増えることの障害を懸念しています. ただその根拠の一つとして挙げたのが,まさに上の記事で 北里大学の山田先生が『ライオンに干し草を食わせる実験』と酷評した動物実験です. もちろん 高蛋白食を継続すると,肝臓での糖産生が亢進したというヒトの報告例も根拠にあげています.

[4完]に続く

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    糖質制限反対派はSGLT2阻害薬の効果をどのように評価するのでしょう。

    私は、基本的にスーパー糖質制限ですが、さらなる制限をすると微量栄養素も制限してしまう弊害を考え、ある程度の糖質の食事で、そこからSGLT2阻害薬で選択的に糖のみを排泄する方法を試みました。
    結果、血糖値は安定し、ケトン体は最高で5000μmol/Lを超え、非常に体が軽く感じるようになりました。早朝空腹時血糖値も下がり、血糖変動の平滑化に大いに役立ちましたが、これは超スーパー糖質制限と同じ効果だと思います。

    糖質制限もSGLT2阻害薬の種々の効果も結局は体内から糖を減らした結果得られるもので効果は同等と思われますが、糖質制限反対派は、SGLT2阻害薬の種々の効果も否定するのでしょうか。

    • しらねのぞるば より:

      その質問は おそらく多くの人からされるのでしょうね.
      糖尿病学会幹部の回答はこういう感じです.たしか 京都府立医大の福井道明先生か 順天堂大学の河盛隆造先生が雑誌記事にこう書いておられたように思います.

      『SGLT2阻害薬では,食事からとりこまれた糖質の一部が,肝臓門脈を経由して肝臓でのグリコーゲン合成のため取り込まれる. しかし 最初から糖質を減らしてしまうと,肝臓でグリコーゲン欠乏に陥るおそれがある』

      ずっと以前はこういう回答もしていたのですが,

      『糖質制限は,血中ケトン体が増加するから危険だ』
      『糖質制限では,人体が危機を感じて肝臓での糖新生を亢進させてしまう』

      これらはSGLT2阻害薬でも同じことが起こることがわかってからは,ピタリと言わなくなりました.
      学会幹部の発言の変遷をまとめてみると結構面白いです.