日本人の膵臓は弱々しい

日本糖尿病学会の年次学術集会で同時開催される教育講演とは,糖尿病専門医(あるいは専門医をめざす医師)を対象に,明日からすぐに役立つ 糖尿病の臨床知識を基礎から体系的に丁寧に解説してくれるものです.

今回も 20本の教育講演が行われており,6/28までであれば,今から参加登録してこれらの講演を視聴することも可能です. 何十年も前の古い知識を振りかざして,明らかに痩せすぎの人に『糖尿病は過食と肥満だ』などと怒鳴りつける不勉強な医師は これらの教育講演を一度でも受講すべきでしょう.

教育講演は その性質上 基礎医学のテーマは少ないのですが,まったく皆無というわけではありません.今回も1本だけですが,非常に聴きごたえのある講演がありました.

欧米人と日本人の糖尿病を比較すると,欧米人はインスリン抵抗性主体型,日本人はインスリン分泌不全・膵β細胞機能低下型が主体です. 日本人は 欧米人に比べ,そもそも膵β細胞量が少なく,かつ機能低下を起こしやすい.それはGWAS(Genome-Wide Association Study = 全ゲノム関連解析)から,日本人に特異的な2型糖尿病疾患感受性遺伝子,つまり2型糖尿病になりやすい遺伝子が存在することからも裏づけられています.

Suzuki 2019

また この報告では;

Yagihashi 2016

そもそも米国人では 肥満と共に ある程度まではインスリン抵抗性に打ち勝つため膵臓重量も増えていくのですが[下図 左],日本人の場合は肥満と共に 膵臓体積比率は下がっていく[下図 右;左図とは異なる尺度に注意],つまり 膵臓の絶対重量はほとんど変わらないという違いがあります.

Yagihashi 2016 Fig.2

そのため 米国人型の糖尿病では 初期の段階では インスリン抵抗性に抗って インスリン分泌量は健常人()よりもむしろ増加しますが(),日本人の場合()はさしたる抵抗もできず,ズルズルとインスリン分泌能力が低下していきます.

Yagihashi 2016 Fig.4

この膵臓のインスリン分泌能力低下は,膵臓β細胞のどのような変化によるものかを検討した報告があります.

Rubio-Navaro 2023

マウスに高脂肪食を与えて 人為的に糖尿病を発症させると,膵臓β細胞の中でも 特に第1相インスリン分泌能が高い CD63高発現β細胞が真っ先に失われていくことがわかりました.

Rubio-Navaro 2023

 

ぐぬぬ... なるほど 日本人の膵臓の弱さは よくわかりました, ではどうしたらいいのでしょうか.

その回答となるのがこの論文です.

Del Prato 2005

糖尿病に限らず,何かと戦う時,たとえば戦争がその典型ですが,『戦力投入を惜しんで,逐次小出しにチビチビと増強しては,結局は戦果は小さく損害は大きくなる』これは最悪の戦術です. やる時は 最初から強力に一気に戦力投入した方が,結果として 戦果は大きく損害は小さくなります.

これは糖尿病の治療でも同じです.著者は この図を示して;

Del Prato 2005

血糖値の悪化を見てから その都度 小出しに治療を強化する(図 上)のではなくて,最初から思い切った治療をすれば,結果として 切ったカードはまったく同じなのに,良好な血糖コントロールをより早く より低く達成できる(図 下)と説いています.なぜならば,下の図では まだ膵臓が相対的に健全なので 早期に良好な血糖コントロールを達成できます.しかし,上のように小出しの治療強化では,最後の手段として非常に強力な治療を行っても,もはやその時には膵臓が疲弊してしまっているからです.

何も難しいことを言っているのではなく,これは 我々誰もが知っている風邪の治し方と同じです.風邪の症状が軽いうちに葛根湯でものんで 無理をせず休んでいれば 早く治ります. しかし風邪をこじらせてからあわてて病院に駆け込んでも重態になるかもしれない. これと全く同じです.

演者の白川教授は,以上の文献から,日本人の2型糖尿病の適切な治療戦略として,できるだけ早期から治療開始して;

を達成することが重要であるとしました.なお白川教授は 述べませんでしたが,上記3項目の内 最初の2つは 糖質制限食が正に適切であることの証明にもなっていると思います.

[★] 『日本人は農耕民族なのだから,糖尿病でも米を沢山食べてインスリンをどんどん出すべきだ』という人もいるようです,出したくてもインスリンが出ない人にどうしろというのでしょうか.

講演の最後には,膵島 研究の重要性が指摘されました.ここで紹介された論文では,実際の人間の膵臓細胞を用いて行われた研究が多いからです.

しかしながら この方面での日本の研究は非常に遅れています. 欧米では 研究用のヒト膵臓細胞検体の保存・配布システムが完備しており,研究者が自由に入手できるのですが,日本では そのシステムがないので,欧米から輸入するしかないのです. ところが海外からの輸送・通関などで 新鮮な膵臓細胞の入手は日本では困難です. しかも ここで見てきたように日本人と欧米人の膵臓は そもそもまるで 違うのですから,欧米人の膵臓細胞で 日本人の糖尿病は研究できません.
日本にも 効率的膵臓細胞配布システムの構築が望まれる,これがもっとも述べたかったことなのでしょう.


なお,この【教育講演6】は重要な情報がてんこ盛りでして,実は以上紹介した内容は この講演のごく一部にすぎません.講演では その他にも(というか そちらがメインでしたが)1型糖尿病の発症と進展で膵島がどう変化していくのかが詳しく解説されておりました.これはその一例です.

Cantley 2022

いや これ,たった30分の講演なのですよ. 充実ぶりが おわかりいただけたでしょうか.

コメント

  1. かかか より:

    「ちゃんと食べる」というのも、個人差が大きいですよね。自分の概念に当てはまらない他人の食生活が気に入らないというか。
    親世代は「男は食べてなんぼ」みたいに思っています。戦後を生き抜いてきた人はそう思うのかも知れませんが。「たくさん食べる人は頼もしい」「胃薬飲んででも食べなさい」みたいなことを言っていた。
    歯、膵臓、肝臓、胃、大腸。どれも個人差が大きいですね。適正と言われる質と量を食べても、うまく消化吸収されてないのでは意味がないと思います。

    • しらねのぞるば より:

      >たくさん食べる人は頼もしい

      これはたしかに真理でしょうね. 歳をとっても 健啖で何でも食べる..今年101歳になる母を見ていると,健康だからこそ食欲が衰えないのだなと思います.

      >適正と言われる質と量

      『適正』は 人によってまったく異なると思います. ですから『バランスのとれた食事』だとして,すべての人に 同じ量と内容の食事を押し付けるのは完全に間違っていると思います.

  2. かかか より:

    >健康だからこそ食欲が衰えないのだな

    心身ともに元気で食欲があるなら食べると良いと思います。食べることでさらに満足感も得られるでしょうし、「病は気から」というように、心が元気であることは健康の秘訣だと感じます。