加齢と糖尿病[5] 糖尿病とテロメア長

テロメアとは,遺伝情報を記憶している染色体の末端を延長するように付属していて,『保護テープ』の役割を担っています.

1つの細胞が2つに分裂するたびに 染色体も同じものが二組必要となりますから,染色体の複製(コピー)が行われます. ただし,もしもこの時にテロメアがないと.染色体は末端が切り捨てられて,どんどん短くなってしまいます[末端複製問題].こうなると遺伝情報が失われてしまいますが,テロメアがあると,テロメアの末端が切り捨てられるだけで,染色体にまで影響が及びません.これが『保護テープ』の意味です.もちろん,テロメアは細胞が分裂するたびにどんどん短くなっていきます. そして 残ったテロメアの長さが,その細胞の寿命を決定しています.

なお,このテロメアによる染色体の保護効果発見は,2009年のノーベル賞を受賞しています.

テロメア長は個々の細胞の寿命の決定因子ですが,その人の『老化』の尺度であろうとも言われています.高齢者のテロメア長は若い人よりも短いからです.

また,脳卒中や心筋梗塞を発症した人のテロメア長を調べると,健康な人よりも有意に短いので,テロメア長からこれら循環器系疾患発症のリスクを推定できるとも報告されています.

糖尿病とテロメア長

では,糖尿病とテロメア長との関係はどうなのでしょうか?
糖尿病を発症した人は,健常人に比べてテロメア長が短いのでしょうか? あるいは,テロメア長の短い人は糖尿病にかかりやすいのでしょうか.
これを調べた文献もまた多数あります. ところが,困ったことに,上記の循環器系疾患ほどには 結論が定まっていないようです.

関係がある

たとえばこの文献では,

Transl Res 155: 166–169

米国ボストンの糖尿病患者白人424と健常者432人(いずれも白人)とで,白血球の染色体のテロメア長を比較したところ,糖尿病の人の方が有意に短いとう結果でした.
ただし,正常人の中でテロメア長の長短に対応した症状は,特に見られませんでした(これは正常人の定義を非常に厳密にしているからかもしれません). よって,テロメア長が短いと糖尿病になりやすいのか,逆に糖尿病だからテロメア長が短くなったのか,そのどちらであるかは不明としています. いずれにせよ,糖尿病の人のテロメア長は短かったのです.

関係ない

一方で,この文献では;

Diabetes 2012 Nov; 61 (11): 2998-3004

平均年齢60歳前後の 閉経後の女性を6年間追跡して,糖尿病を発症した1,675人を,初期状態で一致する2,382人の糖尿病非発症者と比較したCase-Control研究です.

ご覧の通り,どの人種においても発症者/非発症者のテロメア長に有意差はありませんでした.

どっちやねん

このようにテロメア長と糖尿病との関係について,結論が定まっていません.

そこで,多数決ではないですが,糖尿病とテロメア長との関係を調べた多くの文献を集めて,その結果を総合的にまとめたもの(=メタ解析)がこれです.

テロメア長と糖尿病との関係を調べた論文9本の結果をまとめたものです.横軸は,左にいけば『テロメア長が短いほど糖尿病になりにくい』,右にいけば『テロメア長が短いほど糖尿病になりやすい』,真ん中の1.0の点が『どちらでもない=無関係』です.横軸の目盛りは対数であることに留意してください.

9本の論文のデータを1つの実験であったと仮想的に統合して結果を判定したものが 一番下の『Overall』です. 真ん中の1.0より右にあるので,やはり『テロメア長が短い人ほど糖尿病発症しやすい』ということになります.
ただし,この図からもおわかりのように この結論はかなり微妙です. 9本の論文中5本で,結果の95%信頼限界(=左右に伸びる線)が 真ん中の『1.0』をまたいでいます. つまり統計的にはテロメア長と糖尿病との関係で有意差を見いだせていないのです.


糖尿病とテロメア長との関係について,ここまでの結果では もう一つ決定打に欠けていて,すっきりしません.ボクシングで言えば,ノックアウト勝ちではなく,判定に持ち込んで(=メタ解析で) 辛うじて優勢勝ちといったところでしょうか.

[6]に続く

コメント