HbA1cは重視すべきだが

測定誤差

物理学や工学の分野では,実験を行うにあたり 測定器の精度を見積もることはきわめて重要です.

  • 曲がったものさしでは 正確に長さを測れません.
  • 不正確な温度計を使っていては 時に大事故を起こします.

したがって現場の技術者が測定器を与えられたら,その測定可能範囲と測定精度をまず確認します.『測定可能範囲は無限,かつ測定誤差はゼロ』の測定器などありえないからです.

SMBGは登場以来 広く使われていますから,「これくらいの誤差はあるものだ」とおおむねユーザーに認識されているでしょう.
一方 リブレは 血糖値の絶対値が信用できないだけでなく,推定HbA1cもあてにならないのですが,血糖値の変動パターンをリアルタイムで把握できるものと割り切れば 非常に有用です.

本ブログでは このシリーズ記事で,HbA1cの測定精度を調べてみました.

【HbA1cは『過去2か月の平均血糖値』ではありません】[1] [2] [3] [4] [番外]

記事でも述べましたが HbA1cの測定誤差は結構あります.(同一測定器での再現性誤差や,機器間誤差,測定方式間誤差など)
仮に同じ人がA病院で検査したら HbA1c= 7.1%だったのに,同じ日に別のB病院に駆け込んで測定してもらうとHbA1c= 6.8%だった,こんなことは十分ありえます.
病院あるいは検査機関で使われている測定器は高価なものですが,±0.3%程度の誤差や偏差は 常にあるからです.
重要なことは これらの測定器に表示される数値を鵜呑みにせずに,その測定限界を心得て 自分の血糖値管理に役立てるというスタンスでしょう.
実際 経験を積んだ医師であれば,ある時点でのHbA1cの数値だけですべてを判断するのではなく,過去の数値の推移や 他の検査指標など合わせて総合的に判断しているはずです.

とはいえ,忙しいから,あるいは糖尿病治療の経験が浅いために,HbA1cだけを見て判断する医師もいるでしょう. この場合 何が問題なのかといえば;

個人差

HbA1cが過去1~2ヶ月の平均血糖値を表すのは確かなのですが,個人差が大きいのです.

AさんとBさんとで,どちらも HbA1c=7.0%だったからといって,それは 二人の平均血糖値が同じだということを意味しません
また AさんのHbA1cが7.5%で,Bさんが 7.0%であっても 『Aさんの方が平均血糖値が高い』とは断定できないのです.

Diabetes Care 2008 Aug; 31(8): 1473-1478

この図からお分かりのように,HbA1cが 7%の人の 実測した平均血糖値は120mg/dl から200mg/dl まで広く分布しています.したがって 異なる人のHbA1cを比較するのは間違いです. HbA1cの上下が意味を持つのは あくまでも同一人の場合に限られます.

ガイドラインにはどう書いてあるか

しかしながら,このHbA1cの限界について 深く認識せずに,HbA1cの数値だけを過信している医師も実際にはいるようです.

では,日本糖尿病学会が発行している各種のガイドラインには,この点はどう書いてあるのでしょうか.

そこで 以下のガイドラインに HbA1cがどう書かれているかを調べてみました.

 

糖尿病専門医研修ガイドブック[改訂 第8版]

(C) 日本糖尿病学会

 

糖尿病診療ガイドライン 2024

(C) 日本糖尿病学会

 

糖尿病治療ガイド 2023-2024

(C) 日本糖尿病学会

 

高齢者糖尿病治療ガイド 2021

(C) 日本糖尿病学会

 

どのガイドラインを見ても,『HbA1cは,過去1,2ヶ月間の平均血糖値を反映する』と書いてあるだけで,すべて記述は同じでした.
すなわち HbA1cが平均血糖値とイコールであるとは書いていません

また,「HbA1cから平均血糖値が換算できる」などとは一言も書いておりません.
ですから,よく『HbA1cから過去の平均血糖値が算出できる』として示されているこの式は;

平均血糖値 = 28.7 × HbA1c - 46.7

どのガイドラインでも 一言も触れていません.

なお どのガイドラインでも.HbA1cと平均血糖値が大きく乖離する場合があるとして,

  • 急激に糖尿病が改善(又は悪化)した場合
  • 貧血(鉄欠乏性,溶血など)がある場合
  • 肝硬変
  • 透析
  • 異常赤血球

の場合には HbA1cは偽高値 又は 偽低値を示すと解説しています.

ですから,以上のガイドラインを素直に読めば,HbA1cを平均血糖値そのものであるととらえるのは間違いであるとわかります.

しかしながら,どのガイドラインにおいても,『HbA1cと平均血糖値との関係には個人差がある or 個人差が大きい』とまでは明示していません.

なので,ほとんどの医師は,HbA1cとは ズバリ平均血糖値そのものだとは誤解していないものの,個人差があるということまでは認識していないのではないでしょうか.

有用なものさしかも

HbA1cは重要な指標だが,非常に高い精度があるわけではない

数多くの糖尿病患者を診断・治療してきて経験豊富な医師であれば こう認識しているでしょう.

そうであれば,HbA1cは 『医師の見分け方』については いい「ものさし」になるかもしれません.

HbA1cの数値だけを絶対視して,0.2~0.3%の変化で『上がった/下がった』と騒ぐような医師であれば,糖尿病診療の経験の浅い医師なのだろうと見分けられるからですw

『先生,HbA1cの測定誤差や個人差はどれくらいあるのですか』と尋ねてみるのもいいかもしれません.「そんなものはない」と答えるような医師であれば...

 

 

コメント

  1. highbloodglucose より:

    >HbA1cは重要な指標だが,非常に高い精度があるわけではない
    >数多くの糖尿病患者を診断・治療してきて経験豊富な医師であれば こう認識しているでしょう

    とは言え、HbA1cが6.9%だと「7%未満なのでこのまま維持しましょう」、7.1%になると「7%未満になるよう、もっと頑張りなさい」と言われるんですよねぇ…
    HbA1c 7%の壁は大きいです。

    • しらねのぞるば より:

      >7%の壁

      空腹時血糖値の変動が激しいことはよく知られるようになってきたので,細かい数字の変化に目くじらをたてる人は少なくなりましたね.
      それに対して たしかに HbA1cは短期間では変わらないものなので,病態把握には むしろこちらを重視するのは正しいと思います. ただ 誤差による変動をどこまで意識しているんでしょうね. この記事にも書きましたが;

      https://shiranenozorba.com/2019_03_13_significant/

      偶然による数値浮動に惑わされないためには,Trendで判断するべきだと思っています.

  2. highbloodglucose より:

    誤差による変動を考慮したり、右肩上がりのトレンドなのかを見るのも重要ですが、一律で「HbA1c 7%未満なら合併症の心配はない」としているところに疑問を感じるんですよねぇ…

    (平均血糖値150 mg/dLで)HbA1c 8.0%の人と、(平均血糖値170 mg/dLで)HbA1c 6.8%の人では、後者の方が合併症リスクが高いんじゃないかと思います。でも、CGMを使用しない限りは平均血糖値のデータは得られません。なので、後者は「7%未満をこのまま維持しましょう」と言われ(もしかしたら「よく頑張ってますね」と褒められさえする)、前者は「このままでは合併症が出ますよ!食事に気をつけて、運動をしなさい!」と怒られる、もしくは「薬を増やします!」と言われると思います。

    ACCOD試験の事後解析で、high-glycatorの場合は強化療法がリスクとなり得ることが示されたわけですが、これを念頭に置いて診療している医師はどれくらいいるんでしょうね。糖尿病専門医でも、あまり意識していないような気がします。
    もちろん、インスリンやSU薬を使っていなければ、低血糖リスクは低いでしょうけど…

    • しらねのぞるば より:

      >一律で「HbA1c 7%未満なら合併症の心配はない」

      そう,これは まったく間違ってますね. 6%だろうが 8%だろうが,血糖値の乱高下の有無を見ていないのですから. TIRも同様で,仮にTIRが100%でも その範囲内での血糖値の変動が大きい人と小さい人とでは,合併症のリスクはまるで違うと思います.

      しかし,血糖値の乱高下を取り上げると,必然的に食後高血糖をどうするかということになり,つまりは食事療法に触れざるを得なくなる,これを避けたいのではないでしょうか.

      • highbloodglucose より:

        >仮にTIRが100%でも

        これ、おそらく、わたしたちと医師たちが見ている光景が違うのが原因だと思います。
        つまり、わたしやぞるばさんは「TIRの範囲内でも80 – 180 mg/dLの変動幅を繰り返している患者と、130 – 160 mg/dLの変動幅で維持している患者の違い」に注目するのですが、医師たちは「TIR 70%以上の患者と、70%未満の患者の違い」に注目しているわけです。なので、「TIR 70%未満に比べればTIR 100%は完璧だし、70%以上と比べても100%なら完璧と評価できる」と考えているのだと思います。
        それくらい、TIRが低い患者って多いのだと思います。
        実際、わたし自身、180 mg/dLを超えることがよくあるので、TIR 100%にはなりません(たとえ糖質制限をしていても、です)。

        求めているレベルが違うので、話がすれ違ってしまうんでしょうね。
        仕方がないことではあるけれど、その患者のレベルに沿った、きめ細やかな指導をしてほしいものです。「ほかの患者に比べたら、あなたは上出来だよ」と言われても、こちらが求めているのはそんなレベルの話じゃないですからねぇ…

        • しらねのぞるば より:

          日内血糖値変動については,学会でも合併症リスクとして時々取り上げられはします. しかし その変動は食事によるものが大きく,しかも食後血糖値を完全に抑え込める手段がない(超超超超超超速効性インスリンでも発明されない限り)ことはよくわかっているため,いつもリスクの指摘だけで話が終わってしまいますね.