2009年12月に DPP-4阻害薬が日本でも発売されました.
DPP-4阻害薬は,食事により直ちに消化管から分泌されるインクレチンの効果を増強して,血糖値が高くなった時だけインスリン分泌を促進する
これは日本人の糖尿病に多いインスリン分泌不全タイプには理想的な薬と思えました.
したがって発売後 ただちに全国の病院では,この新薬を実際の患者に投薬し,その結果が 2011年5月の第54回 日本糖尿病病学会[札幌]で続々と報告されました.
ところが,その症例報告のほとんどは『それまでの糖尿病薬の主力であるSU剤に,DPP-4阻害薬を投与してみたらこうなった』というものでした.
期待の高まっていたDPP-4阻害薬なのに,なぜそうなったのでしょうか? なぜ SU剤をすなおにDPP-4阻害薬に切り替えてみなかったのでしょうか
その理由はこの論文を読んで納得できました.
2002~2020年の,2型糖尿病患者にどのような経口薬が処方されてきたのかをまとめたデータです.
一人の人に 複数の薬が処方されることもあるので,合計は100%を越えます.
この図から言えることは,DPP-4阻害薬が登場するまでの長い期間,日本で糖尿病を治療する医師の選択肢は少ないものでした.
DPP-阻害薬が登場するまでは,日本の2型糖尿病患者の70%以上に SU剤(スルホニルウレア)が投与されていたのです.当時は,血糖値を直接的に下げる薬としては,インスリンかこのSU剤しかなかったのです.たしかにビグアナイド,チアゾリジン,α-グルコシダーゼ阻害薬という薬もありましたが,これらは服用を続けていれば その内血糖値が下がるだろうという薬なので 速効性はありません.
しかし,SU剤の投与を継続していればそれで十分かというと,SU剤は長期間にわたり服用していると,次第に効き目が鈍ってきて,じわじわとHbA1cが上がってきます.仕方なく投与量を増やすと,一時的にHbA1cは下がりますが,またしばらくすると悪化して...という具合に,SU剤増量→HbA1c悪化→増量の繰り返しとなります.ついには 最大用量(=その薬に許可されている最大の投与量)に達してしまい,それ以上の増量ができなくなります.これがSU剤の『二次無効』[★]という現象です.
[★]『二次無効』:ちなみに『一次無効』とは,その薬を投与し始めても最初から まったく効かなかった場合のことです.
しかも,上記論文の補足データ [WORD] を見ると,DPP-4阻害薬登場直前の時点では,SU剤を投薬されている人の4人に一人は,最大用量を服用していたのです. 最大用量ですから,もうそれ以上の増量は不可能です.『これ以上は 打つ手なし』つまり手詰まり状態でした.
まさにこの時,DPP-4阻害薬が華やかに登場したのです.
しかしながら,現在でもそうですが,新薬が登場した直後は,その実力がよくわかりません.
たしかに臨床試験での投与結果は製薬会社から示されていましたが,それは 試験対象者の年齢・病態を予めきれいに揃えて,かつ肝臓・腎臓などに特に障害はなく,さらに合併症が発生していない人という,いわば『優秀な患者たち』と呼ばれる人達を対象にしたものです. ところが今 医師の前にいる患者は,長年糖尿病治療を受けていて,年齢も罹患履歴もバラバラです.この人達にDPP-4阻害薬をどのように投与したらいいのか,マニュアルはありません. それは手探りで試していくしかないのです.
いくら有望な新薬だという触れ込みであっても,長年SU剤の投与を続けて,しかもそのSU剤を増量しても なかなかHbA1cが下がらなくなった,そういう患者にいきなりスパッとSU剤の投与をやめて,DPP-4阻害薬一本に切り替える..これは なかなか勇気のいる行為でしょう.まかり間違えば 患者は突然の高血糖=ケトアシドーシスに陥るかもしれません.
しかし,あらたに登場したDPP-4阻害薬は,ただ血糖値が上昇した時だけインスリン分泌促進するだけで低血糖は起こさない,というふれこみだったので,当時のほとんどの医師の選択は,長年継続してきたSU剤に加えて,この新薬でHbA1cをもう一段下げられるのではないかと考えたのです. 当時の状況をみればこれは当然で,だからこそ全国多くの病院で『従来のSU剤を維持したまま,次の一手としてDPP-4阻害薬を追加投与』という治療処方が行われたのです.これが 第54回日本糖尿病学会で『SU剤にDPP-4阻害薬を追加投与した症例』の報告が多数を占めた 理由でした.
しかし,ここで衝撃的な事態が発生します.
[続く]
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