グルコキナーゼ[5] 速度計の目盛りがズレたら

このシリーズ冒頭の記事で,車の速度計が壊れていたため,スピード違反に気づかなかった例をあげました.
そして,前回記事で,グルコキナーゼは,血糖値が今どれくらい高いのか/低いのかを示す『速度計』の役割を果たしていることを述べました.

そこで,もしもこのグルコース『速度計』の調子が悪くて,こうなってしまったとします.

血糖値が100mg/dlをはるかに越えていても,グルコキナーゼの活性が低下しているので,下流からみると『まだ血糖値は低いのだな』と判断されてしまいます.したがって,インスリンは分泌されず糖新生は活発に行われますから,ますます血糖値が上がってしまいます. 血糖値が180mg/dlを越えるころになって ようやく 糖新生が止まり,インスリン分泌も開始されることになります.

本当に『インスリン分泌不全』か

日本人の痩せ型の人では,糖負荷試験を行うとこういう例がよくみられます.

納光弘 『患者の立場での糖尿病臨床研究


血糖値は140以上に上がっているのに インスリン分泌は見られず,血糖値ピークをすぎてからやっとインスリン分泌が増えています.しかし その時にはもう血糖値は下がっているので かえって低血糖になっています.

従来の考えでは,これは『インスリン分泌低下』または『インスリン分泌遅延』であるとされてきました.

しかし,これまで見てきたように,グルコキナーゼの活性が低下していても この現象は説明できてしまいます.血糖値が100 mg/dlをはるかに越えてもそれが『血糖値はまだ高くない』と認識されれば やはりこうなるからです.

SU剤を使うと正常血糖値

もう一つの傍証は,この記事であげた 『SU剤をやめるとHbA1c急上昇/再開すると正常値に復帰』のこの例です.

第65回 日本糖尿病学会 P-94-5

高齢であるにもかかわらず,SU剤を投与すれば正常なHbA1cが達成できるのですから,これらの患者のインスリン分泌能はまだ十分あるのです. しかし,SU剤を服用しないと高血糖になってしまうということは,『体が高血糖になっていることを認識できなくなっている』と考えられます. これもグルコキナーゼの『目盛りがズレてしまった』と解釈できます.

グルカゴンが止まらない

2型糖尿病の患者では,食事又は糖負荷試験直後に 血糖値が上昇しているのにグルカゴンの分泌が止まらないという例がよく観測されます.

Kobayashi et al., Endocrine J 67:903-922,2020

上図の通り,糖尿病患者では,血糖値は上がっているのに[図 左] インスリン分泌は遅れ気味であり[図 中],血糖値を上げるグルカゴンは,健常者では 糖負荷試験開始後 ただちに低下しているのに,糖尿病群では 血糖値が上がってから30分たったあたりでようやく減りはじめます[図 右]. これも『100 mg/dlを越える血糖値になった』ことを感知できなくなっているとすれば 話は合います.

つまり,従来のなんでもかんでも『膵臓β細胞のインスリン分泌』だけで説明しようとすると どうしても辻褄が合わない現象は,『グルコキナーゼの目盛りがズレていたのですね』で説明できてしまうのです.

[続く]

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