2日目 5/21の午後はこのシンポジウムを聴講しました.
シンポジウム 15:多様化する糖尿病への医療個別化を目指して
糖尿病に限らず,すべての疾病治療は,患者を慎重に検査・診断したうえで『個別化治療』を行うのは当然のことですが,『糖尿病診療ガイドライン 2019』(以下 GL-2019) では従来にも増して個別化医療が強調されたところから,医師だけでなく すべての医療職種から見た 『個別化糖尿病治療』を検討しようという趣旨です.全部で6本の講演がありましたが,最初の2本が印象的でした.
【15-1】糖尿病の多様性と医療の個別化の必要性
GL-2019以前の診療ガイドラインでは,
すべての人は 一律にBMI=22が『標準体重』であり,年齢に関係なく BMI=22を目指すべき
としていました.これが GL-2019では,中年より若い人は BMI=22を『目標体重』とするが,それより高齢になるにしたがって,むしろBMI=25に近づく方が 総死亡率が低いことから,中年までと高齢者とでは 目標とするBMIを変えていくのが適当と解説されました.
なぜ従来は BMI=22?
ここからは講演と離れますが,ではなぜ 以前は一律にBMI=22でなければならない. それより低くても高くても『健康的ではない』とされていたのでしょうか?
いろいろ調べたのですが,どうやら 1991年に出されたこの文献だけが根拠のようです.
そしてこの文献を見ると,日本人男女 合計 4,565人を調べた結果,たしかに男性では BMI= 22.2,女性では BMI =21.9が もっとも『健康的』であったとしています.
その根拠は 文献中のこのグラフなのですが,
横軸は BMIです.しかし 縦軸が『1人あたりの疾病数』という 見慣れない指標になっています. 通常このような『もっとも望ましいBMI』を論ずる時は,縦軸は『総死亡率』をとるべきです.
なぜ,こんな縦軸になったのかは,文献に書いてあります. これは 1980年代の職域健康診断の受診者データを調べた結果なのです. したがって,その対象者は 30~59歳,つまり現役世代です.相対的に若い人ばかりです.そして その世代において,肺疾患・心疾患・高血圧・糖尿病など10の病気の内,いくつを持っているかを集計したものだったのです.もちろん そういう世代ですから,総死亡率など集計できません.
ところが,ここで見出された『もっとも健康的なのはBMI=22』という,その数字だけが独り歩きして[★],60歳を越えて,70歳,80歳以上の高齢者にまで『BMI=22を目指しましょう』が従来のガイドラインになってしまったのです.
[★] この文献には,きちんと『対象は30-59歳である』と記載しています.
もちろん どんなに高齢になっても 若者並みの若さと体力を保持していることは理想的でしょう.
しかし だからといって,すべての高齢者に 若者の基準をそのままあてはめてきた 従来の基準は到底科学的とは思えません.
【15-2】臨床検査値からみる糖尿病の多様性とその評価 ― 臨床検査部からの情報サービスの必要性を考える ―
臨床検査の専門家による講演でした. 患者は 通常 臨床検査技師と直接会話を交わすことは少ないし,仮に検査結果をその場で尋ねても,(検査数値を解釈するのは『医療行為』であり医師の領分なので)『先生に尋ねてください』とあしらわれるだけです.
この講演で強調されていたのは,『検査結果の数字だけで機械的に判断するのは危険』ということでした. eGFRを例に挙げて,高齢者で著しく筋量が低下し,したがって血清クレアチニンが低下すると,みかけのeGFR値はすばらしいものになります.しかし,その場合でも患者を一瞥すれば,どうみても健常でないことはわかるでしょう.
また,糖尿病性腎症の例では,従来から良く知られている『古典的な』進行では,微量アルブミン尿→明白な蛋白尿→腎機能低下 だったのですが,アルブミン尿がまだ ほぼ正常なのに,突然 腎機能が急速に低下していく,DKD(=Diabetic Kidney Disease;糖尿病性腎臓病)の存在が注目されています.これでは予測が非常に難しいものです. そこでこの講演では,エコーによる腎臓サイズから,そのようなDKDの予兆を読み取れるのではないかという提案が出されておりました,
私見ですが,正常アルブミン尿の段階なのに,急激に腎機能が悪化するDKDとは,実は この記事で紹介した Ahlqvist博士の『SIRD』(Severe Insulin Resistant Diabetes;重度インスリン抵抗性糖尿病)と同じものではないかと感じました.
[5]に続く
コメント
>縦軸は『総死亡率』をとるべきです
確かに、この手の統計値では総死亡数とするのが一般的ですね。
しかし、総死亡数の中にはころんで骨折が原因で寝たきりになり、結果として短命になったと言うものも含まれます。
逆に言えば、BMI=25の方が長寿であると言うデータには、脂肪が多い方がクッションになって骨折リスクが低減すると言うような事も含んでいるとどこかで見たことがあります。
さらには、何らかの体調不良で食欲が落ちた場合も多少脂肪が多い方が元から痩せているよりも少しは長寿になるでしょう。
したがって、何もリスクになるイベントがない場合にもBMI=25が良いのかどうか疑問が残ります。
要するにBMI=22よりもBMI=25の方が健康寿命が長いのかどうかは分かりません(と言うか知りません)。
実際、どうなんでしょうね。
>BMI=22よりもBMI=25の方が健康寿命が長いのかどうか
たしかに 最適BMIは 健康寿命で判断されるのが理想的ですね.
東北大学の『科研費補助金分担報告書 健康寿命の延伸可能性に関する研究』を見ると,宮城県大崎市の65歳以上の高齢住民 12,669名を調査したところ,もっとも健康寿命の長かった BMI=25~27を基準とすると,これより BMIが低くても高くても 数か月から2年以上 健康寿命が短かったようです.ただし BMI=23~25でもほとんど差はありません.下記で,マイナス数字は,基準よりも健康寿命が短かった 平均月数です.
BMI<19 -24.3月
19~21 -16.5
21~23 -8.1
23~25 -0.8
25~27 0.0[基準]
27~29 -2.3
≧29 -17.7
大人数の調査で,かつ追跡率も高い(98.8%)ので 信頼できる結果だと思います. ただ報告中でも述べられていますが.健康寿命が長い/短いという差を生んだ原因までは調査していません. 病気罹患履歴までわかれば さらにいいのですがね.
こういう面でも,全人口ベースの医療情報データベースが存在しない日本の限界です.
腎機能に関しては、わたしも血清クレアチニン値によるeGFRで判断して大丈夫なんだろうか?筋肉量が少ないから、シスタチンCの方がいいんじゃないだろうか?という疑問をずっと抱いています。
尿中アルブミンについては半定量でノーマル判定が続いており、尿たんぱくはマイナス、尿潜血もマイナスなので、大丈夫だろうとは思うんですけどね。
でも、一時は糖尿病性腎症第3期と判定された過去があるので…
>エコーによる腎臓サイズから,そのようなDKDの予兆を読み取れるのではないか
ということは、サイズの変化がありそうなのですね?
それは、腫大するのでしょうか、それとも萎縮するのでしょうか?
わたしは泌尿器科クリニックで半年ごとにエコー検査を受けていて、ついこの間も検査を受けたところです(特にネタもないのでブログに書いていませんが)。
そして、腎臓は腫れてなくきれいだ、との医師の言葉から察するに、腫大しているかどうかを問題視しているように思います。
泌尿器科の医師が「きれいだ」と言うなら、腎機能については問題ないと考えて大丈夫ですかねー?
正常アルブミン尿なのに急速に腎機能低下が進行するDKDは,ここに詳しいですが,
https://www.m3.com/open/clinical/news/article/601432/
この講演で 北陸大学 油野友二先生は 現時点では DKDを見分ける適切なバイオマーカーが存在しないということが問題と述べておられました.そこで,仮説ですが,腎臓サイズが初期から小さい人は DKDに進む可能性があるのではないかということでした.