簡単に『治る』単純肥満型糖尿病
昨年の第63回 日本糖尿病学会でこういう症例が報告されています.
短期間の減量により耐糖能の改善が糖負荷試験で示された一例
第63回 日本糖尿病学会年次学術集会 2P-57-4
50代後半の女性の方です.この通りの高度肥満なので
10種類を越える薬を服用していました.糖尿病の治療ではなく,肥満外来を訪問した時に CT画像からあまりにも内臓脂肪が多いので,糖負荷試験を受けたところ,
空腹時血糖値は低いものの,60分以後の血糖値は200越えで 完全に糖尿病です.
しかもそのインスリン分泌量たるや 日本人離れしています(少し分けてほしい). これほど多量のインスリンを分泌して なおこの高血糖なのですから,完全にインスリン抵抗性があります.
この結果,入院治療が必要となり,2週間の食事・運動療法が行われました. 食事療法は 入院直後から摂取カロリーを減らしていって,もっとも低いときは 600kcal/日(!)という 超のつくカロリー制限食(= VLCD;Very Low Calorie Diet)でした.ご本人にとっては非常に辛かったと思います.
しかもこの食事療法に加えて,理学療法士が付き添って 運動療法(負荷のかかるエアロ自転車や院内歩行訓練など)までがんばったのです.その甲斐あって,2週間後に体重は 77.5kgとなりました. 依然として BMIは30を越えていますが,2週間の肥満治療を終えて退院直前には,糖負荷試験はこうなりました.
血糖値は 糖尿病型から境界型に改善しています.しかし,驚くべきところはそこではなくて,何と血糖値は下がったのにインスリン分泌量は半分で済んでいます. 元の体重から比べれば,わずか 3%ほどの減量,そしてわずか2週間の期間,それなのに これほどにも効果があるのです.
MODは単純肥満型糖尿病
この症例は,Ahlqvist分類では MODに相当するのでしょう.MODとは,Moderate Obesity Diabetes,日本では「軽度肥満性糖尿病」と訳されていますが,私は むしろ『単純肥満型糖尿病』[※]とする方が適切と思います. 『軽度』とか『単純』という言葉を頭につけるのは,肥満解消に応じて ストレートに糖尿病が改善されるからです.
[※] 同様に MARDは 「軽度加齢性糖尿病」ではなくて『単純加齢性糖尿病』と呼ぶべきと思います.
どれほど 高度に肥満であっても,MOD=単純肥満型糖尿病の場合は,肥満程度を軽減させるだけで,こんなに速やかに糖尿病が改善することがあります.もちろん 上記の症例は,学会報告されるほどですから,かなり特異なケースであって,すべてがこうだとまでは言えません. しかし これが肥満型糖尿病の典型であることは事実です.
この患者の場合 更に肥満から脱却してBMI=25付近にまでいけば,インスリン分泌能は十分なのですから,『寛解』もありえます. つまり MODは『治る糖尿病』なのです.
ただし,『簡単に治る』というのは語弊があります.
肥満を解消することは『簡単』ではないからです.
正確には,『もしも肥満を解消できるのであれば,このタイプの糖尿病は ほぼ自動的に改善する』という意味です.
そして そういう例もあるので,日本糖尿病学会には,『糖尿病治療はカロリー制限食だけでいい』と主張する人がいるのでしょう. しかし,それだけでいいのでしょうか?
[11]に続く
コメント
すごいインスリン量ですね。ほんと、分けてほしいw
太ることができる人というのは、それだけインスリン分泌能が高いということですよね。
不思議だなと思うのは、退院直前のOGTTで、血糖値はやはりまだ200 mg/dl近くまで上がり、下がりも遅いにもかかわらず、インスリン量がかなり低下していることです。
つまり、体は「血糖値をもっと下げよう!」と頑張るのではなく、血糖値自体はそこそこの改善で「インスリンの分泌量を減らそう!」という方向に先に動くわけですね。
この人が退院後にどのように変化したのかが気になります。
さらに減量して耐糖能が健常人並みになったのか、それとも、2週間の厳しいカロリー制限の反動で、あっという間にリバウンドしてしまったのか。
>肥満を解消することは『簡単』ではない
これですね。
きちんと減量できた人は、素直に賞賛します。
「痩せればいろんな生活習慣病がよくなる(若い人の場合は見た目がよくなる、の方が強いかな?)」と分かっていても、意志を強く保ち続けるのは大変ですから。
それに対して、減量の必要がない体型の場合は、生活習慣病の改善は遅々として進まないし、何をモチベにすればいいのか…と思ってしまいますね。
> すごいインスリン量
これに匹敵するのは,江部先生のブログで見かけた 金谷さんぐらいですね. ただそれでも30分インスリンは 195.2でした. 300超は海外の文献ではよく見かけますが.
>太ることができる人というのは、それだけインスリン分泌能が高い
肥満→脂肪増加→インスリン抵抗性増大→インスリン分泌量増加→肥満→... このループを続けられるということですよね. ただこの症例の場合,肥満とは言っても 80kgで,100kg超というわけではない.ということは,今回入院しなかったら,もっと進行していたかもしれません.
>不思議だなと思うのは、
最初の30分の出足は,入院直前/退院直前 共に ほぼ一致していますが,それからは まるで60分以降の血糖値頭打ちを予測したかのように,インスリン分泌を控えています.
このデータは,別館のこの記事にも書きましたように;
https://ameblo.jp/shiranenozorba/entry-12631257824.html
人体の血糖コントロールは,ただ各臓器がバラバラに自分の周囲の血糖値に 単純に反応しているのではなくて,『人体内では,脳を司令塔として肝臓・膵臓・消化管・筋肉などの各臓器が相互に情報交換して,恒常性を保ったり変化に対応している』(Metabolic Information Highway)の好例ではないかなと思いました.
>この人が退院後にどのように変化した
この症例では不明ですが,極端な低カロリーを強要する VLCD食は,何度もリバウンドを繰り返して 長期的には逆効果,つまりかえって肥満を高めてしまうという報告もあります.
うまく 低カロリー食を維持していければいいのですが. その点で,嵩は高いもののカロリーは低い,ヴィーガンやプラントベース食は,肥満を穏やかに解消するいい手段だと思います.
>それに対して、減量の必要がない体型の場合
そうなんですよ. 私も現在はBMI=21.7±0.5 で,ここから更にどうしろと言われても,重いバーベルを持ち上げたら ギックリ腰になるのが関の山.それくらいなら,この体重とこの血糖コントロールを,一生このまま維持できる,『自分の耐糖能の範囲の糖質管理食』で いいじゃないかと思っています.