ケトン体は『飢餓時だけに生成される非常エネルギー』なのか[6]

ケトン体は飢餓状態,つまり人体の非常事態の時のみ作られる代替エネルギーである

という情報はまだまだ多いです.
これではまるで,ケトン体は キッチンの隅っこに置いてある消火器のような扱われ方です.非常時には使われるが,普段は 使われていないというわけです.

しかし,それは間違いです.ケトン体は空腹時でも満腹時でも,食事中ですら常に肝臓で作り続けられており,全身に循環して 体内の臓器で消費されています.

ただし,前回記事

ケトン体は 成人の1日の必要カロリーの5~20%をまかなっている

と書きましたが,どの臓器でも同じように利用しているわけではありません.ケトン体が大好きでバカスカ消費する大口ユーザーもいれば,あまり使わない小口ユーザーとがあるのです.

ラットの細胞実験のデータになりますが,臓器別のケトン体消費量は下記の通りです.

各臓器1gあたりの1時間のケトン体消費量のデータです.心臓のケトン体消費量だけがとびぬけて多いことがわかります.
つまり 心臓はダントツのケトン体大口ユーザーなのです.

働き者

心臓は体全体に血液を循環させるポンプの働きをしている大変重要な臓器です。1回の収縮で約60ミリリットルの血液が送り出され、1分間に60~80回収縮し、約5リットルの血液量が全身に送り出されています。

1日の血液拍出総量では 6キロリットル!!,これは 実に中型のタンクローリー1台分です.

この心臓を動かしている筋肉=心筋の運動量は 大変なものです.なにしろ生まれてから死ぬまで ただの一瞬も止まらないのですから. この運動をまかなうために心臓は毎日 自分自身の重量の70倍ものATPを必要とします

一方で『脳は もっともエネルギーを大食いする臓器』だと言われますが,

「脳力アップ」によって、より良い人生を送れる可能性が高まる理由
運動は脳の機能を押し上げて、感情コントロールさえしてくれるという。運動によって「脳力」がアップする、知られざるメカニズムとはどんなものか。人が生きていくために最も重要視されている「実行機能」への影響から考えよう。

脳の重量は約1.4kgなのに比べて,心臓の重量は 200~300gしかありません.ですから重量当たりでは 上の図の通り,実は脳のエネルギー消費量は心臓の1/7にすぎません.

また骨格筋も重量当たりのエネルギー消費量では こんなものなのです.
血糖値低下やダイエットには 『カロリー消費だ』『筋トレだー』『オールアウトだあ,うわあー』 とはしばしば叫ばれますが,骨格筋が総量ではエネルギー消費がもっとも多いとしても,骨格筋の総重量が 20kg(女性)~30kg(男性)もあることを思えば,筋肉の「重量あたりのエネルギー消費」は実は少ない方に属するのです.

では,なぜ心臓の筋肉(心筋)は,エネルギー源をケトン体に頼るのでしょうか?(もちろん主としてケトン体,脂肪酸を使うだけであって,グルコースをまったく使わないわけではありません→後述)
心臓は 全身に血液を送り出すために 1日に約10万回拍動し,一生の間には40億回以上も打ち続けることになります。この心筋が もしもエネルギー源をグルコースやグリコーゲンだけに頼っていたらどうなるでしょうか?.マラソンレースが典型ですが,人体はいくらブドウ糖及びグリコーゲンを貯めこんでいても,おおよそマラソンの30 kmあたりで枯渇します. つまりブドウ糖(及び グリコーゲン)は すぐに使い果たす燃料なのです.だから絶対にガス欠・エネルギー枯渇に陥ってはならない心臓は,常に変動してあてにならない糖代謝ではなく ケトン体で動いているのです.

また上の図で,横隔膜や腎臓のケトン体消費が大きいことも頷けます. 横隔膜は 呼吸のために常に動いています. これも運動です.腎臓は運動していないように見えますが,腎臓は 老廃物排泄のために 一瞬たりとも休めない臓器であり,心臓と同じです.腎臓が一日に濾過する血液はドラム缶一杯分であり, この濾過・再吸収にも多大なエネルギーが必要なのです.特に腎臓の近位尿細管はATPをドカ食いするようです.

生体腎におけるエネルギー動態イメージング法の確立―近位尿細管のエネルギー代謝が腎予後を決定する― | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構

血中ケトン体濃度が低く見える理由

ここまでのことは昔から知られていることです.
ではなぜ『ケトン体は飢餓時の際にのみ代替エネルギーとして生成される』と言う人がいるのでしょうか?

それは 血中ケトン体濃度は普段はきわめて低く,長期の絶食下では血中ケトン体濃度が急に上昇するからでしょう.私も時々ケトン体濃度を測りますが,通常は測定下限未満です. ただ 絶食ではないのですが,前日の食事がほぼ糖質ゼロだった翌朝では やっと 0.3~0.4mmol/dl 程度になります.

【注】この電極はケトン体の内,β-ヒドロキシ酪酸のみを測定します.

しかし,『普段の血中濃度が低い』『だから,普段はケトン体は使われていない』と考えるのは間違いです.それどころか,むしろその逆で ケトン体は作られるそばから消費されてしまうので,血中濃度は低いのです. この記事の末尾で『ケトン体は各組織細胞にスムーズに配送され,取り込まれる』と述べたことを思い出してください.

ケトン体は 常時盛んに合成されているのですが,すばやく全身に循環して,心臓のようなケトン体の大口ユーザがただちに消費するので いつも血中濃度が低いようにみえるにすぎません.

The concentration of ketone bodies in the blood represents the balance between their production by the liver and their utilization by peripheral tissues.
ケトン体の血中濃度は, 肝臓での生成と周辺組織の消費とが バランスしているだけである

Robinson 1980

[7]に続く

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