【続】[2型糖尿病]は存在しない[9] 誰も気づかなかったのか

【以下の記載は,Wagner論文の内容紹介ではなく,しらねのぞるば個人の推論(=暴論)ですので,そのつもりでお読みください】

危険なSIRD

糖尿病予備軍の段階では,たしかに多少血糖値は高いものの,HbA1cもそれほど悪くないので,『肥満の人にありがちな 軽度の糖尿病』とみられて,『食事や運動に気をつけてください. まだ投薬は不要でしょう』と診断され,本人も主治医も楽観していたところ,どんどん腎症だけが悪化していく...

これが Ahlqvist博士が警鐘を鳴らした SIRD(=Severe Insulin Resistance Diabetes;重度インスリン抵抗性糖尿病)です.

この話が厄介なのは,たしかに『肥満の人にありがちな 軽度の糖尿病』(MODModerate Obesity Diabetes;軽度肥満糖尿病)も実在するからです. MODの場合は,食事・運動療法だけで肥満を解消すれば,せいぜい少量の投薬だけで みるみる改善していきます

ところが MODSIRDとを見分ける手段は,早期からインスリン抵抗性が強いかどうか,あるいは 患者の遺伝子を解析して『糖尿病に関連する遺伝子』をまったく持っていないかなどですが,通常の糖尿病初診ではもちろんそこまで見ることはなく,ただ血糖値・HbA1cをみるだけです.それでは まず見分けるのは不可能でしょう.

誰も気づかなかったのか

しかし,SIRDがそれほど特異な病態を示すのであれば,数的には少数であるとしても,これまでの糖尿病治療症例で,医師は誰も気づかなかったのでしょうか?

日本糖尿病学会 報告例

そこで調べてみると,日本糖尿病学会でこんな症例が報告されていました.

JDS62-2-10-20-血圧上昇と腎症発症
 (C)日本糖尿病学会

2型糖尿病と診断された477人を,2年間追跡した結果の報告です. この内,67人が糖尿病腎症を発症しましたが,それは 自宅で測定した 早朝の収縮期血圧(SBP)の最高値の上昇とよく相関していたという報告です.
上記は概要ですが,この研究の内容が 下記文献で詳しく説明されていました.

観察研究対象者に,記憶機能付きの血圧計を貸し出して,

OMRON HEM-7080-IC
(C) オムロン ヘルスケア

2週間にわたり,毎朝夕にそれぞれ3回の血圧測定を行ってもらいました.結果は本人も自己記録しますが,この研究では 血圧計のメモリに記憶された数値のみを採用しています. その結果,早朝(起床後1時間以内,かつ朝食前)/夕方の の血圧測定結果を見ると,早朝の収縮期血圧(SBP)の最高値のみが,腎症の発症ともっとも相関していた,という報告です.

このことは Wagner論文で,『危険なクラスター6』 は,腎洞脂肪が多く,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)が活性化されて,インスリン抵抗性・血圧上昇がみられたことを想起させます.

つまり,クラスター6では,[インスリン抵抗性]-[高血圧]-[腎症] ,これらがすべてつながっているのです.

日本腎臓学会 ガイドライン

このこと自体は良く知られていたことのようです.たとえば日本腎臓学会は 2013年の『慢性腎臓病(CKD)ガイドライン』でこう推奨しています.

レニン-アンジオテンシン系阻害薬(RA系)は,正常血圧の糖尿病性腎症の進展を抑制するので,正常血圧であっても使用することを推奨する

CKD診療ガイドライン 2013 p.96 日本腎臓学会

つまりRA系の高血圧薬は,血圧が高くない人にも 糖尿病性腎症進行の防止効果があるのです.ただ,保険診療では,正常血圧の人に高血圧薬を処方できず,全額自己負担となってしまいます.このためでしょうか,この年以降のガイドラインから,この記述は削除されています.


以上のことから,Ahlqvist分類のSIRD,Wagner分類のクラスター6に相当する症状は,経験的には 既に日本でも知られていたのだと思います.

ただ,それが 独立した疾病であるとは思われず,単に『2型糖尿病の多様な病態の一つ』と思われていたのでしょう.

[10]に続く

コメント

  1. highbloodglucose より:

    SIRDとMODを早期に見極めることが重要なんですね。
    ところで、肥満のSIRDの人が減量したらどうなるのでしょう?
    BMI 25未満にまで減量できたとしても、やはり腎症のリスクは残ったままなのでしょうか。

    福井先生たちの報告も興味深いですね。
    SBPだけが相関するというのは、何を意味するのでしょう?
    この、SBPだけが高かった人たちの体型は、過体重以上だったのでしょうか。
    だとしたら、減量すれば血圧も下がり、腎症のリスクを低下させることができる?

    2年間で477名中67名が腎症を発症したということですが、結構な割合ですね。
    進んでしまった人というのは、HbA1cではなくSBPとの相関が見られたということですよね。
    血糖コントロールだけではなく、血圧コントロールも重要というのは以前から言われていることだけれど、それに加えて脂質コントロールも考え出すと本当に大変。
    あちらを立てればこちらが立たず…という感じで、もうウガーッ!と叫びたくなります(苦笑)

    • しらねのぞるば より:

      >SIRDとMODを早期に見極める

      たしか かなり昔に 江部先生のブログで,

      『医師の言う通り忠実に 食事療法・服薬を守っていたのに,突然透析を言い渡された. 医師に質問したら「そういう段階になっただけ」と,まるで透析になるのは定食コースのように言われた』

      という悲痛なコメントがありました.

      現在の糖尿病診療ガイドライン 2019によれば,

      『糖尿病性腎症は,慢性的な高血糖状態に起因した細胞・組織障害と腎血行 動態異常の結果生じる腎疾患である』(p.145)

      という認識なので,SIRDの患者が『肥満だが,罹患履歴は浅い. 血糖値もHbA1cもさほどひどくはない. だから 腎症のリスクはまだまだ低い』とみなされてしまったら ひどいことになりそうです

      >ところで、肥満のSIRDの人が減量したら

      SIRDが,糖尿病の結果としての腎症ではなくて,腎症から発した高血糖だとすれば,減量は腎臓の異所性脂肪低減につながるので 効果が期待できると思います.

      >SBPだけが相関するというのは、何を意味

      論文 Discussionでは,家庭測定のSBPは,血圧不安定のもっとも敏感な指標であり,糖尿病性腎症と血中一酸化窒素(NO)の産生低下とが,内皮細胞機能障害を引き起こし,これが血圧の不安定性につながっていると記載していました.

      >年間で477名中67名が腎症を発症したということですが、結構な割合ですね

      このKAMOGAWA Studyは,京都府立医大病院などの大病院の患者が対象です.大病院ですから紹介患者が主体で,軽症の人はそもそも最初から少なかったのだろうと思いました.

      >もうウガーッ!と叫びたく

      まあまあ,じっくり考える時間だけは十分あるのが糖尿病ですからw