先月(11月8日) TBS系列で全国配信されている『健康カブセル! ゲンキの時間』という番組で,『まだ間に合う! 糖尿病対策』が放映されました.
とくにお粗末だったのが;
- Q.炭水化物を控えると糖尿病予防になる︖
- 先生曰く、糖尿病の発症に関係するのは炭水化物ではなく脂質。炭水化物を制限すると、短期的には血糖値や体重減少に効果がありますが、長期的な効果・安全性については分かっていないとの事。さらに、極端に炭水化物を減らすと、脳のエネルギーである糖が不足し、集中力の低下やイライラの原因につながるそうです。
- Q.痩せていても糖尿病になる︖
- 日本人は、内臓脂肪がつきにくい生活をしていたため、インスリンの分泌量が少ない体質なのだとか。そのため、そんなに太っていない人でも、内臓脂肪が増える事によってインスリンが働きにくくなり糖尿病を発症しやすいそうです。
糖尿病が脂質で発症するというエビデンスはありません. なので,そこをうまく『発症に関係する』で逃げています.
『極端に炭水化物を減らしても』脳のエネルギーは不足しないことは,厚労省の『日本人の食事摂取基準 2020年版』にもこう書かれている通りです.
脳は、体重の2% 程度の重量であるが、総基礎代謝量の約20% を消費すると考えられている5)。基礎代謝量を1,500 kcal/日とすれば、脳のエネルギー消費量は300 kcal/日になり、これはぶどう糖75 g/日に相当する。上記のように脳以外の組織もぶどう糖をエネルギー源として利用することから、ぶどう糖の必要量は少なくとも100 g/日と推定され、すなわち、糖質の最低必要量はおよそ100 g/日と推定される。しかし、肝臓は、必要に応じて筋肉から放出された乳酸やアミノ酸、脂肪組織から放出されたグリセロールを利用して糖新生を行い、血中にぶどう糖を供給する。したがって、これは真に必要な最低量を意味するものではない。
日本人の食事摂取基準(2020 年版) p.153 厚生労働省
この番組を見ていて,思わずカレンダーを確認してしまいました.『2013年にタイム・スリップしたのか?』と. まったくあの頃の学会主流の主張そのまんまです.
もちろんテレビ番組は 学会の公式発表ではありませんが,『糖尿病診療ガイドライン 2019』や『糖尿病治療ガイド 2020-2021』などの医師向けの資料では,既に路線転換を表明していますし,本年6月 日本糖尿病学会 新理事長に就任された 植木浩二郎先生も 『理事長挨拶』 の中で;
残念ながら、科学的根拠に裏打ちされ患者さんの病態や社会環境を考慮して個別化された食事療法や運動療法についての研究は、まだまだ進んでいません
と述べているのですから,患者を馬鹿扱いした こんな番組がまだ作られているとは,実に情けないことです.
また『痩せていても糖尿病になる︖』という質問に対して,『そんなに太っていない人でも、~糖尿病を発症しやすいそうです』を回答にしているのは,典型的な印象操作です.
この回答は『そんなに太っていない人でも』であって,『痩せている人』という質問の対象をはぐらかしています. しかし,この番組を見たほとんどの人は十中八九『痩せていても糖尿病になるのは内臓脂肪だ』と思うでしょう. そう思わせるように,うまく表現を工夫しています.
2021年 糖尿病治療は変わるか【完】
コメント
糖尿病の原因が脂質なら、脂質制限していた私はなぜ糖尿病になったのかと考えてしまいます。藤原道長さんはあの時代にかなりの高脂肪食を召し上がっていたのでしょうか…?
いつも勉強になる記事をありがとうございます!
以前からその傾向はありましたが,最近は特に 日本糖尿病学会の 医師向け/患者向けの『使い分け』が甚だしいですね.患者向けの資料では,相変わらず『食品交換表が唯一の糖尿病食事療法』という従来路線を維持しているのに対して,医師向けには『これまでの糖尿病食事療法にエビデンスは存在していなかった』と明言していますから.
これは『じゃあ 今後どうするのだ』というところで,学会内部でも意見が統一できていないからではないかと想像しています. 『食品交換表の指定する栄養素比率にエビデンスはないが,日本人の平均は目安になる』などというあいまいな表現しかできていないのはその証左でしょう.また これまで 『食品交換表が絶対だ』という学会の指示に忠実にしたがって栄養指導してきた管理栄養士からの反発があってもおかしくありません.
脂質で発症するかはともかくとして、「糖尿病を予防するための食事」を考えるならば、低脂肪食もアリだと思っています。多くの人は糖質制限食を継続するのは困難で、ついつい高糖質+高脂肪の食生活となりがち。その場合、「揚げ物は避けましょう、脂身の多い肉は避けましょう」という脂質制限の方が実行しやすいのだと思います。それに、脂質の方が高カロリーであるのは間違いないので、高糖質+高脂肪では簡単に摂取カロリー過多となって体重が増加します。すると、糖尿病を発症しやすくなるでしょうね。
もちろん、低脂肪食であったとしても、単純に食べすぎれば太ります。
玄米を丼に3杯、低脂肪だけど砂糖たっぷりの饅頭とか食べたら、やっぱり太ると思います。
太れば糖尿病を発症するでしょうね。
「糖尿病発症を予防するための食事」というのは、要するに「体重が増加しにくい、継続しやすい食事」であればいいのだと思います。それに加えて、動物性・植物性バランスよく食べ、たんぱく質・ビタミン・ミネラルを過不足なく摂取することがポイントになるんでしょう。あと、いくら高糖質食と言っても、砂糖や果糖ブドウ糖液糖の摂取は控え、でんぷん質で摂取することが必須なんでしょうね。
一方、すでに糖尿病を発症してしまった場合の食事はどうでしょう?
肥満、過体重の患者であれば、やはり「体重を減少させる、継続しやすい食事」がいいと思います。
BMI 22未満で、さらにインスリン分泌が低下しているような患者の場合は、これ以上体重を減らす必要はありません。さらに、高糖質+低脂肪食というのは確実に食後高血糖になります。食後高血糖を避けようと思うと、どうしても糖質量を減らす必要があると思います。
でも、たとえ毎食後に高血糖になったとしても、HbA1cが7%未満であればいいとするのが現在の糖尿病治療ですよね。
食後高血糖に注目して治療を進めない限り、高糖質+低脂肪食のまま変わらないんだろうなと思います。
「油ものはどうしても オーバーカロリーになりやすいので 控えましょう」と,どうしてこう言わないんでしょうね.
私が 最初に会った管理栄養士は開口一番 「揚げ物と肉は毒です」でした. たしかに そう言わないと通じない人もいるのでしょうが,だからといって『全員 一律に』申し渡すようでは,『個別化医療』など ほど遠い話だと思います.
>HbA1cが7%未満であればいい
最近読んだ 弘世貴久先生の著書『糖尿病薬物療法の裏ワザ・豆知識』(南江堂)には,こうありました.
『血糖値だけをみて,下がったら治療成功,上がったら治療失敗などと語っている医者はダメだ』
患者は数字ではないのですからね.
私もこの番組を見ましたが、糖質制限が商売になる時代に、未だにこんな内容の番組が成立するのかと唖然としました。
>炭水化物を制限すると、短期的には血糖値や体重減少に効果がありますが、長期的な効果・安全性については分かっていない
炭水化物ではなく脂質と言うなら、「炭水化物を制限する=脂質が増える」のは当然ですから、「分かっていない」ではなく、「発症リスクが高くなる」と言い切るべきです。
>そんなに太っていない人でも
前述の「分かっていない」も、この「そんなに太っていない」も奥歯にものが挟まったような表現でごまかすしかないのでしょう。
この番組に限らず低糖質食についての効果、危険性は「分かっていない」と言う表現を頻繁に目にしますが、いつも違和感を感じます。
「分かろうとしていない」と置換えると納得できる文章になりますw
本当に分かりたければ、まずは医師や研究者自身が試してみればよいだけではないでしょうか。
ネズミを使う必要はありません。使ったにしても、後でご自身で試してみてはいかがかと思います。なぜしないのでしょう。
倫理的に無理な実験でも大した危険性を伴うものでもないわけですから「やる気」の問題だけではないでしょうか。
そう言う私は「糖質制限+低カロリー食」の実験継続中(もうすぐ4ヶ月)。
昨夜は、肉料理を腹いっぱい食べる機会がありましたが、かなり食が細くなっているように感じました。一般的には「胃が小さくなった」と言われたりしますが、胃はそんなに簡単に小さくなったりしないそうで、脳が満足感を感じるかどうかの違いのようです。
来月は、コロナ対策の上、スキーに出かけます。運動に対する影響を観察してみたいと思います。その翌週には、クリニックで検査の予定です。数値の変化も併せて考えてみたいと思います。
>未だにこんな内容の番組
日本糖尿病学会の「個別化医療」の方針を貫徹させるなら,まず こんな十把一絡げの粗雑な解説番組をなくすべきだと思います.
糖尿病予防の啓蒙が目的なら,血圧と同じように,『一家に一台 血糖値測定器』キャンペーンを行うのが もっとも効果的だと思います. 血圧が高いとよくないことは医学知識のない素人でもわかります. とすれば,血糖値を家庭でも自己測定して,自分で判断せよといえばいいのですから.