highbloodglucoseさんのブログ『高血糖な日々』 にて,メトホルミンがなぜ血糖値やインスリン抵抗性を下げられるのか[=作用機序],精緻に解説されています.
ここで解説されている文献は,メトホルミンの基礎的な生化学挙動を,各国の研究者が多大のエネルギーを費やして解明してきたもののうち,重要な節目となるものだけを厳選して解説しています.私もこれらの文献は 過去に読んではいたものの,完全に理解することは到底無理で,ただ論文中の 表や図から,「たぶんこういうことが書いてあるのだろうな」程度だったのですが,highbloodglucoseさんの詳細な解説で,個々の論文の位置づけがよくわかりました.大学医学部の市民講座や,社会人聴講などでも,ここまで徹底的に解説してくれるところはありません.
夏休みの読後感想文です
詳細はこの連載記事をじっくりと読んでいただきたいのですが, highbloodglucoseさんの解説や,この文献などを読んだ感想です.
私なりの感想は『メトホルミンは その強い還元性により,細胞内ミトコンドリアの電子伝達系を,抑制的に制御している』ということです.
生物の話なのに,『電子』というエレクトロニクス用語が出てきたことに違和感を感じられる人もいるかもしれませんが,生物細胞がエネルギーを生み出す/あるいは消費するのは,電子のやりとりである[酸化]←→[還元]反応だからです.人体のすべての細胞では,常に酸化還元反応が行われており,動的ながらも一定の平衡を保っています.
そこにメトホルモンのような強い還元性の薬剤が投与されると,少しだけ還元側に(つまり抗酸化 側に)平衡がズラされるのです.小学校の夏休みの宿題で,朝顔の花の汁に,お酢(=酸性)や灰の汁(=アルカリ性)を垂らすと,酸性側では色がピンクに,アルカリ側では青色に変わるという実験をやったことがあると思いますが,その[酸性]/[アルカリ性]を,[酸化性]/[還元性]と読み替えれば,理解しやすいです.
ルバーブ様 のブログ『ダニーデンでローカーボ、ローインスリンライフ』 では,組織間質液のpH低下がインスリン抵抗性を発生させているという京都府立医大 丸中良典教授の説を紹介されていますが,同じ現象を違う側面からみているのではないかと思います.
糖尿病薬としてのメトホルミンのきわだった特徴として,50mg/日というごく少量から,3,000mg/日 という大量投与まで,その効果が投与量に対してきれいに比例することです(用量依存性がある). これもメトホルミンが 酸化/還元 平衡をずらしているからだと考えれば,合点がいきます.投与量を多くすれば,単純にそれだけ平衡が傾くからです.このような用量依存性は,他の糖尿病薬ではほとんどみられません. 他の薬では 投与量を増やしても,どこかで飽和してしまうのが普通だからです.
コメント
紹介されているNatureの論文、実はメトホルミンシリーズを書き始めてすぐのころに読んだんですよ。
シリーズその1を書いたあとだったかな。
そしたら驚くことが書いてあって、ちょ、ちょっと待て!と慌ててしまい、これはもっと腰を落ち着けて、順を追って論文を読んでいく必要がありそうだということで、シリーズがダラダラと長くなってしまったのです。
とりあえず糖代謝編が一区切りしたので、次は脂質代謝、その次にこのNatureの論文を紹介する予定でした。なので、その伏線として、シリーズその1でアップした解糖系、クエン酸回路、電子伝達系の図の中に、リンゴ酸/アスパラギン酸シャトルとグリセロールリン酸シャトル(mGPDH)も描いておいたのです。こんなシャトルの機構なんか描かない方がスッキリして見やすかったんですけどね(笑)
最近の薬はターゲットを決めて特異的に作用する分子が開発されていると思いますが、メトホルミン(イメグリミンも?)幅広いターゲットに作用するということなんでしょうね。
用量依存的に効果が強まるのは、低容量でも効くターゲットから、高用量で効き始めるターゲットがあるからかなと思います。
ただ、酸化還元状態も、極端に人為的にいじるとよくないことが起こりそうですね。
> (mGPDH)も描いておいた
本当ですね.ど真ん中にあるのに 見落としてました.
>最近の薬はターゲットを決めて特異的に作用する分子が開発
別件ですが,Unger教授のチームが,ヒトモノクローナル抗体による グルカゴン受容体の 競合的antagonist (REMD 2.59)を開発しているようです.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2211124718301141
まだマウス実験の段階ですが,糖新生の抑制はもちろん,肝臓だけでなく,骨格筋でもインスリン感受性を高めることを見出したとあります. 例の「グルカゴンの反乱」の本(まだ入手していませんが)に書かれている画期的な新薬とは このことかも.著者の稙田先生は2017年に東京女子医大をリタイアして,現在沼津にクリニックを開業していますが,多分 Unger教授とは連絡をとりあっていたと思われます.
なお,『特定分子を標的とする』で思い出しましたが,どこかで読んだPaperで,「廊下の灯りがまぶしいからと言って,メインブレーカーを落としてしまっていいのか. たしかに廊下のランプは消えるが,冷蔵庫も火災報知器も全部止まってしまう」と書いて,スタチンを批判していました.