第62回 日本糖尿病学会 年次学術集会 【食事療法関係 その6完】

今回の学会の目玉はなんといっても 【Featured Symposium 5】『ガイドラインからみた食事療法の課題と展望』でした.本来であれば,このシンポジウムで 治療ガイドランの改訂が発表され,その改訂点について詳しい説明が行われるはずだったのでしょう.そして シンポジウムが終わり,参加者が会場を出てみると,手際よく 医学書販売コーナーには新ガイドラインが並べられており,日本で一番早くそれを買うことができる,そういう手はずだったはず. しかし,ガイドラン改訂に強硬に反対する人はいたようで,改訂版発行は延期となりました.(『夏頃まで延期』とも聞きましたが,どうなるかはわかりません)

ただそれでも この学会に参加すべく遠路はるばる仙台に来た甲斐はありました.

そこで,このシリーズ記事の最後として,新ガイドラインの食事療法の部分だけに絞って感想を述べます.

もはや従来の路線は維持できない

江部先生のブログへのコメント で『今度の学会では糖質制限のトの字も出なかった』と [都内河北 鈴木]さんが憤慨しておられましたが,私は逆の感想です.

『改訂原案だ』とことわりつつも,

一律規定から個別設定へ

と,門脇理事長が『カロリー設定の数字や標準体重レベルの手直しという,小手先の数字いじりではなく,原則を転換するのだ』と明言した意義は大きいと思います. 別記事でも取り上げますが,糖尿病に限らず,世界の医療は “Personalized Medicine” ,すなわち『医療の個別化』が大原則です.患者個々の状態もろくに診ずに,ただ よいとされている薬や手術を無条件に適用する,そういう時代ではなくなったのです.

もちろん,日本糖尿病学会は 何年も前から 個別化医療が重要だと強調してきました. ところが学会がどうにも説明に窮する泣き所があるのです.

日本と世界の糖尿病治療

日米の比較をあげましたが,米国の流れは世界の潮流ですから,この図は欧米と日本との比較でもあります.
薬物療法を見ると,米国は 第1選択薬のメトホルミンをすべての患者にまず投与して,その結果によって,薬の変更または追加,あるいはインスリンを検討せよというガイドラインです. それに対して,日本のガイドラインは,患者の年齢・病態などを詳しく見たうえで,それに最適と思われる薬を『医師自身が考えて』決定せよ,とあります. この薬物療法だけを見れば,明らかに 日本の方が個別化医療の面で進んでいます(*).

(*)もっとも米国で第一選択薬を指定しているのには,妥当な理由があります. 米国人の糖尿病のほぼすべては肥満によるインスリン抵抗性糖尿病であると決めつけても間違いではなく,メトホルミンから治療を開始するのは合理的です. しかも経口糖尿病薬として歴史も長いので,どんな副作用がどれくらいの発生頻度で出るかもよくわかっており,かつ安価です. 米国では医療費の患者負担は決して軽くありませんから,効率・経済の観点からも,メトホルミンの指定は合理的なのです.ただ 今後 SGLT2阻害剤の長期安全性が確認され,かつもっと安価になれば,第1選択薬になる可能性はあります.

しかし食事療法は

日本は米国とまったく逆です.学会が『個別化医療の重要性』を叫べば叫ぶほど,この矛盾はいかにもまずいのです. しかも欧米白人でメトホルミンを第1選択薬にしたような合理的理由がありません.

食事療法を,患者の年齢・体格・病態に応じて個別に決定することの何が悪いのか?

と問われると何も言えないはずです. 薬物療法では個別化必須だといい,食事療法では 患者に一律だというのは,どうみても説明できないからです.

すると,食品交換表はどうなるのか

食事療法:新ガイドラン案では,食品交換表で真っ先に書かれていた(第7版 p.6);

摂取エネルギー量=標準体重 × 身体活動量

これを廃止するとしました.これは 実質上食品交換表の根底を廃止するものです.
では,どうするかと言えば,『患者の病態をみて,医師がよく考え個別に決定する. これは医師の裁量にかかっており,一律規定はしない』と説明されました.栄養士法 第5条の5は;

管理栄養士は、傷病者に対する療養のため必要な栄養の指導を行うに当たつては、主治の医師の指導を受けなければならない。

と定めているので,決定権は医師にあるのです. しかし,これまではその決定範囲に制約がありました.食品交換表は,学会自身が制定・発行したものだからです.もちろん一般社団法人である日本糖尿病学会が何を定めようとも,医師はそれに従う義務はないのですが,それにしても 万一にも医療訴訟になった場合に,ガイドラインの存在は医師にとっては重荷になります

糖質制限食をどうするか

『カロリー設定を一律・機械的に設定するのは個別化医療に反する』とした以上,食品交換表のもう一つの原則である『炭水化物は50-60%,蛋白質は1.0-1.2g/kg,残りを脂質で』(第7版 p.7)という,いわゆる P/F/C 栄養素比率はどうなるのでしょうか? この点に関しては,今回 明示的に廃止するとはアナウンスされませんでした. しかし,

  1. 高齢者の蛋白質不足はサルコペニアを招く.
  2. 高齢者は蛋白質吸収が低い
  3. だから 高齢者の蛋白質摂取量は増やさなくてはならない

という3段論法が強調されました. しかも ご丁寧にも (1) 食事療法シンポジウムだけでなく,(2)学会初日の会長講演,(3) 2日目のシンポジウム10『高齢者糖尿病療養指導』および(4) 3日目午前のFeatured Symposium3『糖尿病診療における4P』と,実に4回にもわたって取り上げられています. つまり,

『食品交換表の推奨するP/F/C比率は高齢者にそのまま当てはめてはいけない』

これをまず確定させるのでしょう. 高齢者には,と条件をつけて,しかも 従来のやり方ではサルコペニアを推進しているようなものだとまで指摘されれば,これに反対するのはむずかしいでしょう.食品交換表改訂委員長が石田先生から交代したのは,理由があると見ています.

食品交換表の2大原則が個別化医療対応となれば

カロリー設定の一律規定を廃止して個別判断,P/F/C比の一律規定も高齢者により個別判断,つまり『個別医療の観点から,主治医がすべてを決定する』となるでしょう.そうなれば,医師が『この患者は,病態から見て糖質を X g/日にすべきだ』と管理栄養士に指示することも可能になる,つまり個別化医療の一環として,糖質制限を行う医師がでて来ても何らおかしくはない. 『糖質制限食には定義がない』と騒ぐ向きもいるでしょうが,それには『医師が個別に判断すればいいでしょう?』ですませられます. スーパー糖質制限食だろうが 緩い糖質制限食だろうが,個別判断に基づくのならありえることになる.患者の病態を見て判断できないのなら,それは医師ではありません.ただの石です.

最初から食事療法ガイドランに『糖質制限を認める』と書こうとすると,猛反対が出るだろう.しかし,この手順なら外堀をすべて埋められるから,最終的にそうするための準備を今学会で行ったものである,これが私の感想です.

もっとも,これだけ反論の余地などなさそうな今回の改訂案に対して,それでも反対する人はいるようですから,いっそ その言い分を聞いてみたいものだと思います. おそらく芸術の域に達した詭弁でしょう.

鹿児島大学 納先生の予言

食品交換表は理想の糖尿病食です

などと,『理想的』という絶対価値観の言葉を使ってしまった以上,引っ込みがつかなくなったため,周回遅れになってしまったわけですが,納先生はご自身のHP にこう書かれています

患者の立場での糖尿病臨床研究
その10) 私は糖質制限食を勧る 2013年3月28日 記

『糖質制限食』が一般の糖尿病患者の食事療法に広く取り入れられつつあるので、今回の日本糖尿病学会の声明(*)には、『糖質制限食』を実施している多くの患者さん方も違和感を覚えたことと思う。 いずれ、日本糖尿病学会も欧米の流れを後追いして、今回の声明を引っ込めざるを得なくなると思うが、この様に無茶な声明を出してしまった以上、それはだいぶ先のことになるかもしれないと憂慮している。

(*)2013年3月18日に糖尿病学会が出した『日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言』

納先生がこう書かれたのは,実に今から6年も前です. 不幸にして先生の予言は完全に的中しました.

第62回 日本糖尿病学会 年次学術集会 【食事療法関係 完】

コメント

  1. 元道(ゲンドウ) より:

    はじめまして!

    元道(ゲンドウ)と言います

    「努力ゼロの健康法則」というブログを書いています

    前回の記事のタイトルは
    ランキング1位だったマルコさんの
    ことでしょうか?

    なんで抜けちゃったんでしょうね