日本糖尿病学会は日本人の糖尿病にどう取り組んできたのか

仙台の第62回糖尿病学会が近づいてきたので その準備のために,これまで日本糖尿病学会では,インスリン分泌不全についてどのような研究成果が発表されてきたのかをまとめてみました.

なお,ここで取り上げているのは,インスリン分泌・膵β細胞不全だけにテーマを絞った シンポジウムですが,実際に出席できたものは少ないです.というのも 糖尿病学会では30~40の会場に分かれて,特別講演・シンポジウム・口演発表が同時進行で行われるので,すべてに参加することは不可能です.これまでは主として食事療法に関するものが第一優先,ついで2型糖尿病の症例報告を第二優先としてきたので,これらのシンポジウムについては,よほど興味あるもの以外は出席しておりません.なお食事療法に関する学会の様子は,過去に江部先生のブログにて報告しておりますので,そちらをご覧ください[記事末尾にリンク先を掲載しておきました].

第55回 糖尿病学会 シンポジウム1  2型糖尿病のインスリン分泌不全

  • S1-1 Regeneration of the endocrine pancreas can it lead to β cell replenishment in daiabetes?
  • S1-2 亜鉛の流れと2型糖尿病体質 SLC30A8/ZnT8の機能解析より
  • S1-3 メタボロミクスによるインスリン分泌機構の解明
  • S1-4 Effects od glucokinase activator(GKA)
  • S1-5 Roles of mutiple Rab27a efectors in insulin granule exocytosis
  • S1-6 GSK-3 enhances ER strss-induced apotosis

私にはさっぱりわからない生化学用語が飛び交っていましたが,上記のシンポジウムで議論されていたことを,『暴論』流に車で例えると,こういうことかと思います.

車の調子が悪くなり,エンジンがかからなくなったので,修理工場に出したところ,さっぱり返事がない. どうなっているのかと工場に行ってみたら,整備工が出てきて『いやあ,お客さん,自動車のエンジンってぇのは,一体どうやって動くものなのか,そこから調べているところなんですよ』と言われたようなもの.

なるほど今は調査段階(=インスリン分泌不全の解明)であって,これでは修理(=インスリン分泌不全の治療)なんてすぐにできそうにないなと思いました. まして『膵臓細胞の再生』などとは,もう車を買い替えろと言ってるのに等しいです.

第56回 糖尿病学会 特別シンポジウム7 膵β細胞研究の進化と展望

  • SS7-1 基調講演:膵β細胞シグナリング研究の進化と展望
  • SS7-2 多能性幹細胞から膵β細胞への分化を制御するシグナル
  • SS7-3 膵β細胞におけるオートファジーの意義
  • SS7-4 膵β細胞におけるアポトーシスとミトコンドリア依存性壊死の分子機序
  • SS7-5 神経シグナルを介した膵β細胞量制御機構
  • SS7-6 増殖およびアポトーシスの制御による膵β細胞量の調節機構

これも分子生物学のパレードで私の理解の範囲を越えていましたが,唯一 期待したのは 最初の膵β細胞シグナリングでした.最近 膵臓β細胞でのインスリン分泌を誘発するのは,単に血糖値上昇だけでなく,脳中枢神経からの信号(Signaling)も関与しているとの説があり,その面での研究がどこまで進んでいるのかを知りたかったからです.

この話は,再び車に例えれば,動かなくなった車は,エンジンがいかれているのか(膵β細胞の壊死),それともエンジンは正常なのだが,ただ点火のためのケーブルが断線しただけ(膵β細胞シグナリング)の2つの可能性があり,後者なら修理(治療)は可能であるからです.ただ講演の内容は,実際には膵臓の発生・分化・再生や,膵臓細胞内部における信号伝達が主体でした.

第57回 糖尿病学会 シンポジウム25 膵β細胞はいかにして死んでいくのか?

膵臓β細胞の自己消滅(アポトーシス・オートファジー)機構の解説でしたが,それを今更解説してもらっても私には手遅れなのでパスしました.

第58回 糖尿病学会 シンポジウムム9   2型糖尿病成因解明の新展開

この回のみ,どうしても開催場所(下関)での日程がとれず,不参加でしたが,演者の顔ぶれからして遺伝子中心の話だったはずです.

第59回 糖尿病学会 シンポジウムム9 膵臓β細胞不全の分子機構

  • S9-1 Regulation of pancreatic beta cell mass through T2D susceptability genes
  • S9-2 Effects of metformin on pancreatic beta cells
  • S9-3 Mechanism of pancreatic beta cell failure from studies of several diabetic model mice
  • S9-4 Function analysis of T2D susceptibility gene
  • S9-5 Mechanism of beta cell reduction in T2D — from pathological investigation of human pancreas —
  • S9-6 Identification of a mammalian glycerol-3-phosphatase:Role in metabolism and signaling in pancreatic beta cells and hepatocytes

S9-2 でメトホルミンは,肝臓での糖新生を抑制することが知られていますが,実は 膵臓β細胞のアポトーシスを抑制しているの【かも】しれない,という講演は興味を惹きました. なお,メトホルモンは肝臓での糖新生抑制効果が完全に確かめられており,その作用機構は,つい最近まで 『AMPキナーゼ(AMPK)を活性化するから』が定説だったのですが,そのAMPKをノックアウト(AMPKを作れないよう遺伝子操作した)マウスでも,メトホルミンはきちんと糖新生を抑制するので,話はご破算になりました.登場から既に60年を経過してもなお,実はその薬理機序がいまだに不明という謎の化合物がメトホルミンです.

S9-3では糖尿病モデルマウスで,β細胞不全は肥満が関与しているとの解説がありましたが,それなら肥満でインスリン抵抗性があるにもかかわらず,バンバンとインスリン分泌している白人はどうなのだ,と思いました. 末期状態ではそうなるというのならわかりますが.

このシンポジウムでは,唯一 S9-5が 日本人と白人の糖尿病ではまるで別のメカニズムがあるのだとして,その原因をさぐる研究を紹介していましたが,その原因については酸化ストレスだけではないようだというだけでした.

S9-6の講演は.カナダ モントリオール糖尿病センターのMarc Prentki博士でしたが,なにしろ抄録冒頭がこうですから;

Obesity is the major conntributor to insulin resistance, islet β-cell failure and type 2 diabetes.
肥満こそが,インスリン抵抗性,膵β細胞不全 及び 2型糖尿病の主因である.

『それだけか?』とヤジを飛ばしたくなります.

第60回 糖尿病学会

この回では,インスリン分泌不全をテーマとしたシンポジウムはありませんでした.それどころか 『シンポジウム S4:インスリン抵抗性』とそこだけに力点を置いていました. 内容は,S4-5が典型的で,「2 型糖尿病を発症する主たる原因の1 つに,肥満や高脂肪食による全身臓器で生じるインスリン抵抗性がある」

日本人ですら,肥満と高脂肪食が糖尿病の主因なんだそうです.

第61回 糖尿病学会 S8:インスリン抵抗性の病態から治療への展開

昨年の学会ですが,ここ数年 学会はインスリン抵抗性にのみ注目しています.このシンポジウムの抄録を見ると;

S8-1『インスリン抵抗性は2 型糖尿病患者に認められる中心病態のひとつであるが,その治療法はいまだ完全には確立されていない』
S8-3『現代における過食と運動不足による肥満は高齢化社会において著しく健康を阻害する要因となっている.』

などと書かれていたので,聴講しようという意欲がわきませんでした.

第62回 糖尿病学会 (本年)

そこで,今年の 第62回 糖尿病学会のプログラムを見ると ,シンポジウム8に『膵β細胞機能の新たなメッセンジャー:その生理と病態』というのがありますが,膵臓の中で何がどうなっていてインスリン分泌が制御されるのか,というきわめて基礎的な研究成果の紹介のようですから,多分 今すぐ具体的に何かの治療につながるということではなさそうです.

【参考】過去の糖尿病学会報告 ~主として食事療法と2型糖尿病症例報告に関して~

第55回(2012年)

第56回(2013年)

第57回(2014年)

第59回(2016年)

第60回(2017年)

第61回(2018年)

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