悪魔から天使に
ケトン体は 昔から有害物と思われてきました. 糖尿病でケトアシドーシスを起こした人の血液から 高濃度で検出されるからです.たしかにケトン体は(アセトンを除いて)アセト酢酸やβーヒドロキシ酪酸という有機カルボン酸,つまり酸性物質ですから,高濃度になれば血液のpHを危険なほど下げてしまいます.しかし,酸性物質だから毒物だというなら,お酢の主成分である酢酸だって有機カルボン酸ですから,毒物ということになるでしょう.有機カルボン酸には それ自体は毒性はありません.
れっきとした病院の糖尿病教室 資料には『油の燃えカス』などと書いてあるようですが,これも『何の役にも立たない有害物』という意味でしょう.
しかし,近年ケトン体の評価は変わりつつあります.しかも正反対に.
かつては 悪魔のように忌み嫌われていたケトン体は,今や 守護天使のようにありがたい存在だと言われるようになりました.
その経緯と現状をまとめたのがこの文献です.
ここまでの記事で,ケトン体が 心疾患, 腎症,そしててんかんに治療効果を有することを調べてきました.ここ数年の文献をみると このような報告が相次いでいます.しかし ケトン体の効果はそれだけにとどまりません.
体脂肪を落とす
厳格な低カロリーのケトン食を行うと,体重が減少するのは当然ですが,なにしろケトン体は 脂質を分解して作られるので,体内の脂肪は落ちていきます.特に腹部の皮下脂肪に優先して,肝臓・膵臓などの異所性脂肪が消失する[PDF]のが特徴です.ケトン食とは 脂質が90%以上なので 脂質を食べているようなものですが,『脂質を摂るとそのまま脂肪になる』が間違いであることは,この例だけを見てもわかります.脂肪がつくのはカロリーオーバーが原因だからです.オーバーカロリーであれば,脂質・糖質・たんぱく質のどれでも皮下脂肪として蓄えられてしまいます.
血糖値を下げる
ケトン食は ほぼ糖質ゼロですから,これは当然ですね. ただ結果として超低GI食をやっているわけですから,インスリン分泌が劇的に減り,インスリン抵抗性も解消されます.
BMIが25以上の糖尿病 又は 非糖尿病の人について,ケトン食と通常の低脂質食とを比較した複数の試験のメタ解析の結果によれば;
肥満であっても そうでなくても,また 糖尿病患者でも そうでない人でも,どの場合においても,一般に ヘルシーと思われている低脂質食よりも 高脂質のケトン食の方が,空腹時血糖値や,HbA1c,HOMA-IR値がよく低下したのです.
メンタルヘルスへの効果
機序は不明ですが,ケトン食は,アルツハイマー型認知症の機能改善に有効だったという報告があります.
また,パーキンソン病,パニック障害,不安障害,うつ病などの 脳 and/or 神経症状改善に効果があったという報告もあります.
世の中には どら焼きを一度に十個食べても血糖値はピクリとも動かない人がいるかしれません.
しかしそれ以外のほとんどの人は,高糖質の食事を続けていれば,たとえ糖尿病でなくとも常に血糖値は大きく変動します.これがメンタル面での健康にいいわけはないでしょう. その観点からみると,高糖質食の対極にあるケトン食は,いわばどら焼き十個の人にも負けず劣らずに 一日の血糖値はフラットに安定しているのですから,メンタル疾患に有効であるとは頷けるところです.
[16]に続く
コメント
>世の中には どら焼きを一度に十個食べても血糖値はピクリとも動かない人がいるかしれません.
そうなんです。健康診断の1時間目にカツカレー1人前を食して採血した知人がいますが、結果血糖値は110mg/dLだったそうです。
世界にはブルーゾーンと言われる長寿地域があり、戦前の沖縄もその一つですが、食事の60%がさつまいもで高炭水化物食です。
こういう事を根拠に高炭水化物食が長寿食だとの主張もありますが、遺伝子レベルで高度に炭水化物に適用した人が、炭水化物メインの食事をした場合にのみ長寿であると私は考えています。
ブルーゾーンの長寿者は高炭水化物食にもかかわらず肥満しておらず、インスリン分泌が少ない事が想像できます。要するに超低インスリン抵抗性の遺伝子が必要なのだと思います。上記の私の知人もそうなのかもしれません。
したがって、その他の多くの人にとってはやはり、低炭水化物、高タンパク食の方が健康寿命は長いと思いますが、中途半端な糖質制限食はダメだと考えています。
中途半端とは、ちょこちょこ炭水化物を食べてしまったりして、ケトン体ができない糖質制限です。糖質制限食は糖質が減る事よりもケトン体が増える事による効果が大半だと考えています。
>戦前の沖縄
戦前の沖縄の写真集を見たことがありますが,庶民はみな痩せてましたね. 沖縄は米は自給できないですから,庶民の主食には芋類(『ンモ』=田芋)がほとんどで,祭りの時だけ豚を一頭 屠り,肉は皆で食べ分けて,ラードは保存食としていたようです.
ただ当時は 日の出から日没まで働きずめだったし,高温の気候も相まって,消費エネルギーも大きかったのでしょう.
激しい運動は数時間でグリコーゲンが枯渇して,ケトン体も数mMになるそうです.