第64回日本糖尿病学会の感想[24完] 教育講演

学会の『教育講演』とは

日本糖尿病学会の年次学術集会では,最新の医学情報や治験にかかわる講演だけではなく,糖尿病専門医 (および 糖尿病専門医をめざす一般内科医) に向けて基本的な知識を整理して解説する『教育講演』というものが毎回 必ず開催されます.

各テーマに沿って,期間中に 合計 20~30本の教育講演が行われるのが通例です. 教育講演の最初と最後に『聴講証明』を受けると,専門医として所定の単位取得として認められます. 忙しい専門医には,この教育講演だけをそそくさと聞いて帰られる先生もいます.

教育講演では 極端な話,糖尿病の知識がゼロの人でも理解できるように基礎から丁寧に解説してくれるので,私も学会に野次馬参加し始めた頃はよく聞いておりました.

ただし,教育講演は その位置づけからして,去年と今年で 内容がガラリと変わることはありえません. あくまでも『教科書的知識』の説明会なのですから.

異例の教育講演

ところが 今回の教育講演で,非常に毛色の変わったものがありました.

『教育講演6 EL-6 食事療法』

題名だけみれば異例ではありません.この題名の教育講演は ほぼ毎年行われています.『糖尿病治療の根幹は食事療法』だからです. しかし 私は最初に2,3回聴いただけで,以降はパスしてきました. 内容は 毎年ほぼ同じで『食品交換表の解説』にすぎなかったからです.

ところが今年の食事療法の教育講演を聞いて驚きました

食事療法の解説で真っ先に登場したのが,『食品交換表』の初版だったからです.

食品交換表 第1版
(C) 日本糖尿病学会

そもそも 日本糖尿病学会の専門医向けの教育講演において,いくら『基礎からていねいに』とはいえ,今更 56年前の食品交換表の初版にまでさかのぼって『糖尿病食事療法の歴史』を解説する必要があるのでしょうか? 教育講演とは,専門医ならば知っておかねばならないごく基本的なことを淡々と解説するものなのですから.

日本における糖尿病食事療法の歴史を知りたければ,『しらねのぞるばの暴言ブログ』でも見ていれば宜しい.

しかも その後かなりの時間を割いて『食品交換表の歴史』,とりわけ初版から最新版の第7版に至るまでの経緯が 詳細に説明されました(食品交換表の歴史については,本ブログのこの記事以降もご参照ください).

そしてその解説は,過去及び現在の食品交換表は,何も間違ったことを書いていたわけではないという弁明でした.

そういうことか

ここまで聴いて,『あ,そうか』と気づきました.

【以下は,ぞるば個人の印象です. 教育講演でこのようなことが説明されたわけではありません】

2019年に発行された『糖尿病診療ガイドライン 2019』(以下GL-2019)では,『糖尿病患者の食事療法は個別化されるべきだ』と明記されました.

おそらくそれについて,全国の糖尿病医療関係者から疑問・質問が殺到したのでしょう.その中には『今まで食品交換表は理想の食事療法だから,患者には一律に同じものを守らせろ,例外は認めないと言ってきたのは間違っていたのか,あれは嘘だったのか』という非難もあったと想像されます.

この教育講演は,食事療法に関する基本的な知識教育というよりは,なぜGL-2019がああいう表現になったのか,それを釈明する異例の内容でした.おそらく過去に食品交換表 編集に携わってきた先達にはかなり批判や疑問が投げかけられたので,その方たちを擁護する必要があったと思われます.

そして結論は

この教育講演では,肝心の『現在 推奨されるべき食事療法』の結論として,

現在 日本糖尿病学会は,炭水化物比率~40%程度の『軽度糖質制限食』であれば全否定するものではない.

それは『糖尿病治療ガイド 2020-2021』にもこう書いたし,

さらに 2020年3月に学会機関誌『糖尿病』に掲載した「コンセンサス ステートメント」では;

半年間の軽度糖質制限食(130~150 g/日)はHbA1cや肥満の改善に有用であるといえる

糖尿病 第63巻 p.94

とも表明している.ただ その適用についてはくれぐれも慎重にしてほしい,これが現時点で 学会が譲れるギリギリの線である,ということなのでしょう.しかし,それでは『糖尿病患者の食事療法は完全に個別化されるべきだ』というGL-2019の記載と矛盾します.

糖質の多い食事に対する立場を曖昧にしたままで「血糖値が高ければ投薬」というのは,糖尿病治療の基本から外れている

という指摘は,今学会で 参加者から 何度も出されました.

「過去の経緯はやむをえなかった」というのであれば,それはそれとしておきましょう. しかし,ではこれから具体的に『食事療法の個別化』をどう進めていくのか,いったい いつまでこの中途半端なスタンスを放置していくのだろうか,という疑問が最後まで残りました.

第64回日本糖尿病学会の感想【完】

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