一般 医師向けの『糖尿病治療ガイド』の2014年版(=【G-2014】)と,最新の2020年版(=【G-2020】)を比較しています.
考察の最後は,実に長年にわたって学会が金科玉条としてきた『炭水化物比率=60%』はどうなったのかという比較です.
『バランス』という言葉が消えた
まず冒頭のタイトルで,従来の【G-2014】では『バランスのとれた食品構成』とあったのを,【G-2020】では『バランス』という単語をいっさい抹消しました.『理想的な栄養素バランス』のエビデンスなどなかったのですから,これは当然です. したがって 本文でも【G-2014】の『炭水化物,たんぱく質,脂質のバランスをとり』はなくなって,代わって『患者の病態・治療や嗜好を考慮し』て,栄養素の組成を決めなさいとなりました,
非常にイヤミな読み方をすると,従来は『患者の病態・治療や嗜好を考慮』する必要は感じていなかったのですね,ということになります.
炭水化物は40%でも可
そして,問題の栄養素比率では,【G-2020】には『指示エネルギー量の40~ 60%を炭水化物』とあり,これには驚きました, 『40』は『50』の誤植ではないのかと,念のため正誤表も確認しましたが,誤植ではありません. つまり 炭水化物40%もアリだよと書いているのです.
それでは 食品交換表と矛盾するではないか,と下の方を見ると,
食品の選択に際し,「糖尿病食事療法のための食品交換表第7版」(以下, 「食品交換表第7版」) (145頁: 付録参考書参照)を使うと,炭水化物割合が50~ 60%であれば
『糖尿病治療ガイド 2020-2021』 p.49
つまり,『50~60%の炭水化物を設定する場合には』という条件付きで,食品交換表が便利だよと言っているだけです.わざわざ『50~ 60%であれば』という一句を入れているので,上記の『40~ 60%』はやはり誤植ではなかったわけです.
食品交換表には 40%などの例はないのですからね.
ということは
ものすごく持って回った表現ですが,これは『食品交換表を使わない食事療法』の存在を,うっすらと示唆しているのですよ.
私はこれを読んだ瞬間,しばし感慨にふけりました.よくもまあ こんな文章表現を工夫したものだと.日本糖尿病学会は,糖尿病の専門家だけでなく,文学者まで 抱えているのですね.
しかし,こんなことは昨年9月に発行された『糖尿病診療ガイドライン2019』のどこにも書いてありません.『診療ガイドライン』の簡易版が『治療ガイド』なのに,これでは 逆転しています.
しかし,実はこれこそが,昨年5月仙台で発表しようとした『糖尿病診療ガイドライン2019』の元の文章だったのではないでしょうか? 食品交換表死守派の必死の抵抗で,『診療ガイドライン2019』では表現は後退したものの,その後 何か情勢の変化があって『治療ガイド』を発行する時点では,やはり当初の形に戻したのではないのかと推測しています.
この推測はテキトーに言っているのではなく,それをうかがわせる雑誌記事があったので,そう感じました.
[56]に続く
コメント
>炭水化物割合が50~ 60%であれば
この時点では「食品交換表」は50~60%の炭水化物を摂取する場合限定のガイドブックになったわけですね。
それ以外の場合も「患者の病態・治療や嗜好を考慮し」と認められ、「食品交換表を使わない食事療法」が少なくとも「暗黙の了解」となるはずだったのですね。
>食品交換表死守派の必死の抵抗で
これはADAでも同様の事が伺えます。
2019年のコンセンサス・レポートの段階よりもガイドラインではかなりトーンダウンしたように思います。
ADAのCEO、トレーシー・ブラウン氏は彼女自身が(スーパー?)糖質制限を実践していることもあり、かなりの期待感があったのですが、残念だった記憶があります。
この件に関して、真偽のほどは分かりませんが、食品ピラミッド、全粒粉神話のハーバード大学医学部公衆衛生大学院のウォルター・ウィレット教授の存在がささやかれました。
ウォルター・ウィレット教授の権威はかなり物のようです。
洋の東西を問わず、こう言うことは往々にして存在するのが常ですから、権威の世代交代を待つしかないのでしょうか。
それまでは糖質10%(=私)のn=1のガイドラインを作成しつつ自己責任で頑張るしかないですかねw
>「食品交換表」は50~60%の炭水化物を摂取する場合限定のガイドブックになった
そう思われます. 目立たない形にしたかったのか,あるいは妥協の産物か,経緯は不明ですが,ともかく 少し幅を広げることにしたようです.
>権威の世代交代
日本糖尿病学会は,一応現時点で 世代交代を完了した形です.しかし,重鎮の方々も いまだご健勝であらせられるので,まことに『喜ばしい』ことではあるのですが.