カロリー制限か糖質制限か

今月29日から岡山市で開催される第68回日本糖尿病学会 年次学術集会参加に備えて,岡山市内のお好み焼き店の事前調査と抄録集の熟読に取り組んでおります.

というのも今回の学会では,4本の特別講演・シンポジウム(41本もあります)の内から,最大でも6本程度しか聴講できないからです. 更に最終日の午後に行われる『特別企画プログラム~糖尿病とともに生活する人々の声を聞く』ものぞいてみたいです.となると ほとんどの講演は聴けないわけです. しかも会場はどれも岡山駅に近いとはいえ,タコ足配置ですから,こうなるとよほど厳選しないと せっかくの学会参加もモトがとれません.

その中でも,これだけは外せないというのが

これです. 『糖尿病運病病診療ガイドライン 2024』で,糖質制限食に言及したとはいえ,ガイドライン本文のあの表現では どうみても『糖質制限を推奨した』とは読めません,なぜなら 同ガイドラインでは,2013年3月18日に発表した『糖質制限は推奨できない』という声明 [★]に沿って,『炭水化物のみを極端に制限することによって体重やHbA1cの改善を図ることは,その効果のみならず,長期的な食事療法としての遵守性や安全性など重要な点についてこれを担保する科学的根拠が不足しており,現時点では勧められない』(p.43)と明記しているからです.

[★]もっとも 本日時点で,日本糖尿病学会のHPからは,この提言の本文(PDF)はなぜか削除されています.

そこで,このシンポジウムなのですが, 8本の講演が予定されており,その内 下記の3本は カロリー制限食(=エネルギー制限食)と,糖質制限食についてのものです.

S19-4の演者の北里大学 山田悟先生も呆れていますが,学会は長年にわたり延々と続けてきた『カロリー制限か糖質制限か』という竜虎の戦いをまだまだ続けるつもりなのでしょうか.

そもそも対置がおかしい

『カロリー制限か糖質制限か』という論争は,もう本当に 何度も何度も何度も 呆れるほど長く繰り広げられてきました.

その論争の過程では,『糖質制限食を推奨する人間は犯罪者である』などという,およそ学会会場の場での発言としては,耳を疑う罵倒が投げつけられる(私もその場で聞いておりました)という事態までヒートアップもしています.

しかし『カロリー制限か糖質制限か』という,この命題の立て方自体が そもそもおかしくありませんか?

『カロリー制限でなければ,それは必ず糖質制限』なのでしょうか? 『糖質制限は必ずカロリー無制限』なのでしょうか?

カロリー制限とは,食事の総カロリーをある規定値以下におさめることであり,糖質制限とは,食事中の栄養素の比率において糖質量を一定値以下におさめることです. なので,両者は全然独立した基準です.『カロリーを制限した糖質制限食』というものもありえるでしょう. 実際 糖質制限食を 普段実行している人ならば,またカロリーの摂りすぎにも気を使っているでしょう.逆にカロリーさえ制限すれば,その栄養素構成はどうでもいいのでしょうか? そんなわけはないですね.

結局,このシンポジウムで議論されている本当の主題は,糖尿病の食事療法として『カロリー制限か糖質制限か』ではなくて,『高糖質がいいのか,低糖質がいいのか』なのです. しかしながら,『糖尿病は血糖値が高すぎる病気なのだが,血糖値を上げる高糖質の食事がいい』では いかにも奇妙なので,ただ高糖質食を『カロリー制限食』と呼んで論点をズラしているだけにすぎません.

ですから,上記のS19-2の講演において,提示すべきなのは『高糖質の食事療法が糖尿病に有効である』という医学的根拠又はエビデンスでしょう.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    >[★]もっとも 本日時点で,日本糖尿病学会のHPからは,この提言の本文(PDF)はなぜか削除されています

    あらまあ、どうしたことでしょうね?

    糖尿病のガイドラインについて、NHKが一般向けに解説していましたね。
    「糖尿病・新ガイドライン」による対策法 新・食事療法 3大栄養素
    https://www.nhk.jp/p/kyonokenko/ts/83KL2X1J32/episode/te/96RMWLM85V/

    炭水化物制限が期間限定で認められたことを紹介しています。
    中身を見ると首をかしげる部分がいろいろありますが、これを見て、短期間でも炭水化物制限をしてみようと思う患者が出てくれば、炭水化物制限の効果を実感する人が増えるかもしれません。
    ただ、「炭水化物制限は、自己判断で行わず、必ず医師や管理栄養士に相談・確認したうえで行います。」とあるので、真面目に主治医に相談した患者は、医師から反対されて終わり、ということになりそうですが(苦笑)

    エネルギー制限食 vs 糖質制限食の長年の闘争は、いつまでも決着がつきそうにないですね。
    いっそのこと、ここにPBWFも入れて三つ巴の闘いをすればいいのに。エネルギー制限食の主張の中には飽和脂肪酸の制限も含まれているのだから、それを徹底している低脂肪高炭水化物のPBWFについても議論をするべきでしょう。高食物繊維でエネルギー密度の低いPBWFなら、エネルギー制限も実行しやすいですしね。糖質制限は飽和脂肪酸や塩分の摂取が過剰になりやすく、心血管疾患リスクを高める懸念があるとして反対するのであれば、PBWFについてはどのような理由で反対するのか興味があります。

    で、このディベートこそ、患者の前で堂々とやればいいのに。そして、それぞれの主張を聞いた上で、患者自身がどちらの食事療法を希望するかを投票で聞いてみたらいいのに。
    無知で愚かな患者は医師が正しく導かなければならないので、患者自身の意向なんて聞く必要はないんでしょうけど。

    • しらねのぞるば より:

      >NHKが一般向けに解説
      この番組は見逃しましたが,「今日の健康」を買って読んでみました. どちらかと言えば,「糖質制限食というものがあるが,それは絶対に長期にわたって行ってはいけない」と言う点を強調することが主眼だと感じましたね.1年以上続けると「血糖値がさらによくなる効果は証明されていない」とありますが,「悪化する」とも言っていないわけで,つまりは最初の改善が維持されていくのであれば,それのどこが悪いというのでしょうね. この効果に満足して通院しなくなる,というのを懸念しているのでしょうか.

      >ここにPBWFも入れて三つ巴の闘い
      「糖質制限食か,糖質無制限のPBWFか」という二者の対置であれば,非常にわかりやすいでしょう. この場合,PBWF食 推しのハーバード大学の文献も武器として使えますから,中身のある白熱した議論が期待できます. しかし,食品交換表も入れた三つ巴となると,食品交換表は 世界の栄養学文献のどこを探しても見当たらないので;

      https://ameblo.jp/shiranenozorba/entry-12799354083.html

      早々に予選敗退しそうですw

      • highbloodglucose より:

        >「血糖値がさらによくなる効果は証明されていない」

        そうそう、ここは首をかしげるポイントの一つですね。
        「さらによくなる」という表現だと、血糖値がどんどん改善していくことになるので、長期に続ければ低血糖になりそうですw
        「炭水化物制限で改善した血糖値が、そのまま長期間続くかどうかは証明されていない」ことの理由として、「炭水化物制限を2年、3年と続けられない人が多いから」とありますね。これを聞けば、普通の人なら「じゃあ、継続できれば改善したまま続くんじゃないの?」と疑問に思うはず。「どうせ続けられないのだから、最長1年までしか認めません」なんて、どう考えてもおかしな話ですからね。
        やっぱり、長年糖質制限を継続している患者のデータを積み上げて、早く論文を出す必要がありますね。

        >「糖質制限食というものがあるが,それは絶対に長期にわたって行ってはいけない」と言う点を強調することが主眼

        番組制作に当たっては監修が入っているでしょうから、監修者の意向が強く出たのかもしれないですね。

        >早々に予選敗退しそう

        その様子を、ぜひ患者の前でw

        >https://ameblo.jp/shiranenozorba/entry-12799354083.html

        過去記事を読み返してみました。

        >『全員に一律の食事を指示するなんて,もしもそれで糖尿病が悪化したら,損害賠償訴訟を起こされないの?』

        わたしは医師と管理栄養士の言うことをきちんと守ったら食後血糖値とHbA1cが悪化したのですが、これって損害賠償訴訟を起こすべきだったのかしら?
        いや、実際にはわたしは管理栄養士の言うことを聞きませんでした。なぜなら、白米や精製小麦粉、調理に砂糖は一切使わず、玄米、もち麦、全粒粉、ラカントしか摂取しなかったので。
        きちんと言うことを守っていれば、血糖値が改善したかもしれませんねぇ。

        • しらねのぞるば より:

          >監修者の意向
          このNHKの「今日の健康」,そして 次回学会でのシンポジウム,これらは 本年度発行予定の『糖尿病治療ガイド 2025(-2026)』の布石ではないでしょうか.昨年11月に発行した『糖尿病治療ガイド 2024』は,現時点では賞味期限が切れたわけですから.

          ひょっとしたら,次の治療ガイドでは 【短期間に限って】糖質制限食を指示することも可能,と記載するのかもしれません. 短期間を強調するのは,ほとんどの一般内科医は,「食品交換表がベスト. 糖質制限はもってのほか」と書かれてきた従来の治療ガイドを信じてきたのですから,それを あからさまにはひっくり返せないだろうと言う配慮です.

          >損害賠償訴訟
          米国の登録栄養士は,食事療法に関しては強い権限と責任を負っています. 患者の検査結果,食事の摂取状況を見て,食事療法をデザインし,インスリン単位の変更指示まで行います. この点に関しては 医師よりも上位なのです. したがって,不適切な食事療法を指示したために糖尿病が悪化したとなれば,本当に巨額の損害賠償訴訟を,患者と保険会社から起こされてしまいます.日本の管理栄養士は,医師法と栄養士法により,何の権限もないとされていますから,大きな違いです.