レタトルチド~HbA1cへの効果

イー・ライ・リリーが開発中の新薬 レタトルチド retatrutide(開発コード; LY3437943)の臨床試験が進行しています. Phase3まで進んでいるものも多く,特に肥満解消に目覚ましい効果が注目されています.

脂肪がゴッソリと
怪しげなサプリの売り文句のようなタイトルですが,これはそうではありません.この記事で;GIP/GLP-1/グルカゴン受容体活性薬が開発中(イー・ライ・リリー; LY3437943 )と紹介しましたが,その臨床試験の結果報告が相次いでいます....

進行中の臨床試験では,肥満,およびそれに関わる症状(腎症,変形性膝関節炎など)への効果が評価中ですが,糖尿病に対する効果も期待されています.欧米白人では 『肥満』と『糖尿病』とほぼ同義語だからです.肥満が解消 又は 緩和できるのであれば,当然 糖尿病にも好ましい効果が期待されます.

レタトルチドの肥満糖尿病患者への効果を調べた臨床試験(Phase 2)結果が報告されています.

米国国立衛生研究所(NIH)の臨床試験データベース を見ると,NCT04867785 として登録されたこの第2相試験は Completed とあるので,すでに完了しています.

(C) Clinical Trials NCT04867785

またこの試験結果の概要は 医学専門誌 Lancetにも掲載されています.

Rosenstock 2023

2型糖尿病を有する18~75歳の成人で,HbA1cが7.0~10.5%、BMIが25~50kg/m²の患者で,少なくとも試験開始直前3ヵ月間は 食事・運動療法のみ,もしくは メトホルミン単独の投薬であった人を対象としています.試験開始時点では,対象者の平均年齢は 53~58歳,平均HbA1cは ~8.2%でした.

Phase2試験なので,安全な最適投与量を探るため,以下のように やや複雑な手探りの投薬処方(プロトコル)になっています.投与量によっては,最初の1週の投与量を少量で初めて,その後1週ごとに徐々に増やしています.なお,比較対象は プラセボ および 既存の週1回注射タイプのGLP-1受容体作動薬 デュラグルチド(商品名:トルリシティ)です.これらとレタトルチドの週1回注射とを比較しています.

NCT04867785 解説より作図

以上のプロトコルで行われた試験で,レタトルチドのHbA1c低下効果はこの通りでした.

NCT04867785 解説より抜粋・作図

レタトルチド 4mg群では 既存のGLP-1受容体活性薬 デュラグルチド(商品名:トルリシティ) 1.5mgと同等のHbA1c低下効果,そしてレタトルチド 8mg群以上では,それを上回る強力なHbA1c低下効果が達成されています.

では,このHbA1c低下効果は どのようにして達成されたのでしょうか? この試験の対象者はBMIが25~50kg/m²,つまり WHO基準では『過体重』あるいは『(高度)肥満』の人たちです(日本の基準では全員が『肥満』). NCT04867785の報告書に,対象者の血中インスリン値は示されていませんが,おそらくインスリン分泌量は,並外れて多いと推測されます. つまり GIP/GLP-1によるインスリン分泌促進は決定因子にはなっていないでしょう. それでは なぜレタトルチドはこれほどHbA1cを下げられたのか? それはこのデータから納得できます.

NCT04867785 解説より抜粋・作図

HbA1cの低下量とみごとに対応して,体重が減っています. つまり,『単純肥満型糖尿病は,多少でも肥満を改善すれば,速やかにインスリン抵抗性が改善し,HbA1cは劇的に下がる』ことが,ここでも証明されているとみるべきでしょう.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    レタトルチド 4mgは、デュラグルチド1.5mgと同程度にHbA1cを下げたのですね。
    一方で、デュラグルチドでは体重はほとんど低下していないですが(プラセボの方が効果がありそうw)、レタトルチド 4mgはそれなりに体重が低下しているようです。

    体重減少効果がデュラグルチドと同程度のレタトルチド 0.5mgではHbA1c低下はかなり小さかったようですし、デュラグルチドとレタトルチドでは作用機序が大きく違いそうです。不思議。

    デュラグルチドは1.5mgの高用量でも体重減少効果がほとんどないなら、非肥満の日本人糖尿病患者にぴったりな気がします。が、通常は0.75mgしか出してもらえないんですよねぇ… まあ、高用量になると薬価が高くなるから、0.75mgで我慢しておきますか…

    • しらねのぞるば より:

      >デュラグルチドとレタトルチドでは作用機序が大きく違いそう

      私もそう思います. ところで,チルゼパチドとレタトルチドのアミノ酸配列は実によく似ています. 特に先頭から3~20番目までは ほとんど同じです. なので,レタトルチドの GLP-1/GIPRAとしての機序はほぼ同じなのでしょうね. 一方で デュラグルチドの分子構造は,その他の GLP-1RA(バイエッタなど)が低分子タイプなのに,巨大なたんぱく質に2個のデュアルアゴニストをぶら下げていますね. なぜ この構造なのか 調べても どこにも説明がないので 不思議です.

      • highbloodglucose より:

        インタビューフォームによれば、デュラグルチドはGLP-1類似アミノ酸配列の後ろにIgG4のFcドメインを結合させることでクリアランスを低下させ、さらに、抗体産生及び免疫学的細胞傷害の原因となる高親和性Fc受容体との相互作用を抑制するためにIgG4 Fc領域に改変が加えられている、とあります。
        このペプチドがホモダイマーを形成するので、さらにサイズが大きくなってしまうんですね。
        デュラグルチドは週1回投与のGLP-1RAとして最初に開発されたので、試行錯誤の結果、このような大きな分子になってしまったのかも

        その後、ノボがセマグルチドを開発したことで、イーライリリーも負けじとチルゼパチドでは修飾鎖を低分子量の脂肪酸に変更したのかもしれませんね。(しかし、ノボはペプチド薬を経口投与できる修飾まで開発してしまった!)

        興味深いのは、デュラグルチドは日本での維持用量は0.75mgです(昨年やっと1.5mgが承認されましたが)。 逆に言えば、それくらいの用量でも効果が認められるわけです。

        一方、セマグルチドやチルゼパチドの維持用量は5mgです。HbA1cへの効果で言えば、2.5mgでデュラグルチドより少し効果が大きいくらいでしょうか。

        分子量で比較すると、デュラグルチドは約63000、セマグルチドやチルゼパチドは4000〜5000ほどと、デュラグルチドの方が13〜15倍大きいです。
        デュラグルチドはサイズがデカいくせに、質量は小さくてもいい。
        つまり、低モル濃度ですむということですよね。

        この違いは、デュラグルチドの方がGLP-1受容体への親和性が高いからなのか、それとも、ホモダイマーを形成していることで、より効率よくGLP-1受容体に結合し活性化することができるからなのか?
        サイズがデカいデュラグルチドは血液脳関門を通ることができず、中枢神経には作用しないとされていますよね(だから体重低下作用がほとんどない)。にもかかわらず、しっかりHbA1c降下作用があるのは、肝臓や膵臓などのGLP-1受容体に効率よく作用することができるからかもしれませんね。

        • highbloodglucose より:

          すみません、セマグルチドの維持用量は0.5mgでしたね。
          デュラグルチドのサイズはセマグルチドの15倍ほどなので、やはりデュラグルチドの方が低モル濃度で効くことに変わりはなさそうですが。

        • しらねのぞるば より:

          >後ろにIgG4のFcドメインを結合させる

          なるほど,あの巨大な浮袋は そういうものだったのですか. 機能別にモジュールを寄せ集めて分子設計するというアプローチは,化学屋には とてもわかりやすいです.

          >にもかかわらず、しっかりHbA1c降下作用がある

          ですよね. だからあのGLP-1/GIP ユニットをさらにModifyして,グルカゴンRA活性も付けてもらいたいです.