これこそ栄養学

日本で栄養学に係る学部・学科を設置している大学・短期大学は 74校あるようです.

しかし,この記事にも書きましたように,これらの大学の中で,国際的な査読付き栄養学専門誌に論文を多数採用されたのは徳島大学のみでした(2010年12月 文部科学省 科学技術政策研究所調査による[PDF]). 日本の栄養学は 国際舞台では ほとんど存在感がないのです.

しかしながら 実は 日本は,栄養学を専門に研究する『栄養研究所』(現 「国立健康・栄養研究所」)を世界で初めて設立した栄養学先進国だったのです.戦前までは.

ところが戦後の日本では,調理スキルを学ぶ料理学校と 栄養学との区別があいまいで,『栄養』=『おいしい料理』だったため,栄養学は医学の一分野とはみなされず,したがって科学(Science)としての栄養学が発展してこなかったのです.

このため,根拠不明な『~~を食べればガンにならない』などという珍説や,『日本人はコメをよく食べるので長寿だ,モンゴル人は肉食なので短命だ』などという乱暴な議論が堂々とまかり通っています.

そのような状況なのですが,上述の徳島大学出身の奧村仙示(おくむら ひさみ)先生(現 同志社女子大准教授・大阪大学 招聘准教授)が,本年1月に開催された 第27回日本病態栄養学会で,『これこそ栄養学だ』という講演を行っていました.

 

書店に並んでいる通俗健康雑誌では,『蛋白質を摂るなら肉よりも魚の方が健康によい』などと書かれています. そして『食事の内容は 蛋白質何%,脂質何%がもっともヘルシーです』などとも書かれていて,話しは そこで終わってしまうのですが,この講演で奥村先生は『蛋白質・脂質そのものが栄養素なのではなくて,アミノ酸や脂肪酸に分解・吸収されて人体で利用されるのだから,バランスを論じるのであれば,食事から摂るアミノ酸・脂肪酸の構成まで考慮するべきだ』と述べました.その内容は,この論文で詳しく述べています.

Tsumura 2023

この論文では,食品交換表に従った食事を摂った場合,P/F/Cバランスではなくて,アミノ酸と脂肪酸のバランス がどうなるのかを詳細に検討しています.

すると面白いことに,魚だろうが,牛豚鶏肉だろうが,豆類だろうが,卵だろうが,蛋白質源として どれを食べても,アミノ酸組成という観点では 実はそれほど極端な差異はありません.たしかにアミノ酸バランスがもっともいいのは豚肉なのですが,他の蛋白質でもひどくバランスが悪いというほどではありません.

では,蛋白質の違いで何が大きく変わるのか,それはどの蛋白質を摂るかによって,同時に摂取することになる脂肪酸が大きく異なってきます.これは当然で動物性蛋白質には動物性脂質が,そして植物性蛋白質には植物性の脂質が含まれるからです. しかし,話をそこで終わらせないで,では その差を 脂肪酸レベルで見るとどうなのでしょうか.

Tsumura 2023 Fig.2

この図は 食品交換表に忠実に従って食事を摂った場合,食事から得られる脂肪酸の構成がどうなるかを推算したものです. 図中 HC/MC/LCは 炭水化物比率が 60/55/50の場合を示しています.

いわゆる日本食である食品交換表に準拠した食事では,もっとも多く摂取するのは C18の一価不飽和脂肪酸(オレイン酸等)= 37%,ついで C18の二価不飽和脂肪酸(リノール酸等)= 20%,そして C16の飽和脂肪酸酸(パルミチン酸)= 19% と,これだけで76%を占めており,それ以外は 多種の脂肪酸を少量ずつ摂ることになります.

こう解説されてみると,『健康のために 蛋白質は 何%(又は 何グラム)摂りましょう』というのはまるで正しくないことがわかります.必須アミノ酸をほとんどあるいは全く含まない蛋白質を毎日多量に食べても 必ず障害が起こるでしょうから. 目標として示すのであれば,アミノ酸スコア,脂肪酸スコアを示したうえで,それを実現できる食品・料理を例示すべきでしょう.

食品交換表は単にカロリーだけをみて『同じカロリーだから交換可能』としているだけの『カロリー交換表』です. アミノ酸・脂肪酸というレベルまで考えて正しく『交換』しているのではないのです.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    >食品交換表に忠実に従って食事を摂った場合

    わたしは食品交換表を購入したことがないので、中身をよく知らないんです。
    なので、質問です!

    食品交換表には、「たんぱく質源は、肉:魚:卵:大豆製品:乳製品=1:1:0.3:1:0.5を目安にしましょう」みたいなことが書いてあるんでしすか?

    わたしの知っている限りでは、食品交換表というのは80kcalを1単位として、豚肉なら○グラム、鶏肉なら○グラム、鮭なら○グラム、卵なら○グラム…という構成だけです。
    だからこそ「交換表」と言うわけで、豚肉○グラムは鮭○グラムに置き換えることができる、みたいな使い方をするだけだと思っていました。
    だとすると、3食のたんぱく質源は、肉・肉・肉の組み合わせもあるし、肉・魚・大豆製品の組み合わせもあるし、卵+乳製品・大豆製品・魚の組み合わせもあるわけです。そうすると、含まれる脂肪酸の種類は大きく異なると思います。

    Fig2の「食品交換表に忠実に従って食事を摂った場合」の脂肪酸というのは、どんな割合で各たんぱく質源を摂取しているのでしょう?

    あと、どんな食品を摂るかによって、脂肪酸だけでなく、ビタミンやミネラル、その他の微量栄養素も大きく異なりますよね。
    結局のところ、多様な食品を満遍なく摂取する、ということに尽きるのかなと思います。
    動物性も植物性もバランスよく多品種を。

    なかなか難しいですけどね〜

    • しらねのぞるば より:

      >食品交換表には、「たんぱく質源は、肉:魚:卵:大豆製品:乳製品=1:1:0.3:1:0.5を目安にしましょう」みたいなことが書いてあるんでしすか?

      そこまで明確に記載した表現はありません. ただ要所要所で,『魚は善,肉は悪』と感じさせるように記述しています. たとえば脂質の多い食品には黄色の警告マークを付けたり(第7版 p.63 以下同),肉の例示写真では,完全に脂身を除去して赤身だけになったものを示す(p.64)などです. これに対して 大豆製品(p.58)や 魚の例示(p.50)では,警告マークを付けたのは たらこ,塩鮭のみ(塩分が多い)だけです. パッと見では,「ああやはり魚や大豆が安全だな」と思わせるようになっています. 乳製品はその中間です.

      >Fig2の「食品交換表に忠実に従って食事を摂った場合」の脂肪酸というのは、どんな割合で

      実際の計算は,学会が発行しているガイドブック;

      糖尿病食事療法のための食品交換表 活用編第2版[2015]
      https://www.bunkodo.co.jp/book/XBIQPN1AL6.html

      に掲載されている15種の献立例について,1200,1400,1680,1800kcal の場合,そしてそれらの炭水化物比率 50,55,60%の場合のすべてについて,例示写真から材料を可能な限り特定して,その成分表から算出しています. とはいえ,これらの写真のSpec.が書いてあるわけではないので,例えば「そうめん」とあった場合は,三輪の手延べそうめんの成分表示を当てはめた,という具合です.

      >ビタミンやミネラル、その他の微量栄養素も大きく異なります

      おっしゃる通りです.食品交換表は,カロリー以外は 何も「交換」していないのです.