糖の流れ

「糖のながれ」という言葉を日本で最初に使ったのは 河盛隆造先生でした.

食後にはブドウ糖は門脈に流入し,分泌されたインスリンも門脈に流入する.

肝糖放出率は直ちに抑制され,同時に何より重要なことは肝がブドウ糖を取り込む,肝を通り抜けたブドウ糖によりはじめて末梢血血糖値が上昇する,軽度上昇した末梢血インスリンがブドウ糖を筋や脂肪細胞に取り込ませる,そして速やかに血糖値が下がる,これを繰り返しているのが健常人の状況であろう.

第45回 日本糖尿病学会年次学術集会 会長講演 河盛隆造

これを図にするとこうでしょう.

よくネット情報では,『食べ物中の糖質は血管により全身に流れて血糖値を上げますが,これらは 筋肉や全身の組織にとりこまれます』などと書かれています. そこで『筋肉を増やさないと血糖値は下がらない.だから筋トレだ,オールアウトだぁ,うわあぁ』となるのですが,食べ物から吸収された糖質がそのまま全身に流れるのではありません. 吸収された糖質は,ストレートに全身を巡るのではなくて,すべて まず門脈から肝臓に送り込まれるのです. 肝臓では,糖質はグリコーゲンに変換されるのですが,ここで「あふれた分」だけが全身の血管に送られます.

私見ですが,我々人類がまだ木の上の原始霊長類だったころは,毎日多量の糖質を摂っていたわけではなくて,平均的な日常摂取量は微々たるものだったと思います.

その頃は,食物から得た糖質はほぼすべてが肝臓にグリコーゲンとして蓄えられ,ただ日常必要な血糖は,肝臓の糖新生により常に適切な量が放出されていたと思っています.その時代では,肝臓のグリコーゲン貯蔵タンクは 決して満杯になることなどなかったでしょう.

ただし一年の内 秋になると,食べきれないほどの豊富な果実が一斉に熟すので,その時だけは 多量の糖質が肝臓に流れ込んできます. もちろん,肝臓でも筋肉でもグリーコーゲンは満タンになるので,余剰分を皮下脂肪に変換して蓄積し,来るべき冬に餓死してしまわないようにしていたと思われます.

また血糖は食べ物だけから補給されるのではありません. 人間は 数日~数ヶ月 絶食していても 水さえあれば死ぬことはありません.蓄えておいたグリコーゲンや内臓脂肪,皮下脂肪から糖新生やケトン体合成で生存に必要なエネルギーを確保できるからです.

「脳は多量のブドウ糖を消費するので,糖質制限食を行うと 脳が働かなくなります」とネットに書いている人もいますが,もしもそうなら,この人は睡眠時は絶食状態だったので起床時には意識不明に陥っており,毎朝 家族によってブドウ糖を点滴してもらい意識を回復しているのでしょう.

それにしても;

うぎゃあ!! たったこれだけの糖質量で どうしてこんなに血糖値が上がるの?

糖尿病人の 永遠の悩みですね. そうです,単純に 糖質量×3で食後血糖値のピークが完全に予測できるのなら 誰も苦労はしません.まったく同じもの,もちろん糖質量はまったく同じなのに,昨日と今日で食後血糖値が全然違う..これは私も結構頻繁に経験します. いったい何が起こっているのでしょうか?それを解明しようとこういう報告が出ています.

Woerle 2003

対象者は 平均年齢が 47±4歳の男性5名,女性6名です.BMIが示されていませんが,平均体重が 87±6kgとのことですから,仮に 11人の平均身長が180cmだとすると,平均BMIは 26.9となり,米国人してはスリムな人達です. しかし日本人の感覚からすると かなり豊かな体格です.なお平均体脂肪率は 25±2%なので,極端に肥満の人はいないと思われます.また この11人は 家族経歴含めて耐糖能は正常な人ばかりです. ただし,欧米人の常として,インスリンは日本人のレベルから見てドバドバと分泌されているはずです.

この11人に 体重に応じた食事を摂ってもらいました. 平均値としては 糖質 78g/脂質 10g/蛋白質 26gでした.そして食後6時間までの血糖値/インスリン/グルカゴンはじめ糖代謝データを追跡しました.

その結果はこうでした.

Woerle 2003 Fig6を翻訳

測定法の詳細は略しますが,この測定結果では,6時間の間に 食事由来の糖質 75g 及び 体内由来の糖質 23g(= ほぼ肝臓・腎臓での糖新生による) 合計 糖質98gが体内で処理されました.その内,43gが水とCO2になって体外に排出され,44g(=32 + 12)が体内に貯蔵されて,残りの11gだけが血糖に回っています.もちろんこれは健康で体格のいい 中年の米国人の場合ですから,誰でもこうなるわけではありませんが,たしかにこの『糖の流れ』から考えて,食事から得た糖質が 全量そのまま血糖値になるわけではないことがわかります.なったら大変です.たとえば 糖負荷試験では 75gのブドウ糖を一気飲みしますが,もしもあのブドウ糖がそのまま血中に流れるのだとしたら, (男性の血液量を5リットルとして) 75g ÷ 5000ml = 15mg/ml,すなわち 1500mg/dlも血糖値が上がることになります. 糖負荷試験のたびに一人死にますね.

この結果から見ると,食後の血糖値は単純に食事の糖質量だけで決まらず,燃焼・貯蔵に回る分との兼ね合いだと言えます. 体内組織における燃焼(これは筋トレだけとは限りません.内臓組織もエネルギーを消費しますから)と,その時の貯蔵余力の大小によっても左右されるのです.

またこの実験では糖代謝だけを見ていますが,蛋白質のアミノ酸代謝はグルカゴンによって司られているので,ここでさらにグルカゴンが大活躍すると糖新生を盛んにして グルコースをより血糖に回す方向に働きます.

この実験に相当する日本人のデータを探したのですが,見当たりませんでした. 日本人の健常人と 糖尿病(肥満型,痩せ型)とのデータがあれば,それぞれに適した食事療法を科学的に議論できるのでしょうけどね.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    >我々人類がまだ木の上の原始霊長類だったころは,毎日多量の糖質を摂っていたわけではなくて

    その時代のアフリカ大陸の気候がよく分からないけれど、今の類人猿の環境に似ていたとすると、熱帯雨林だったのかなと思います。1年中果実や木の実が実るので、それを主食としていたのではないでしょうか。食料から豊富に得られるため、体内でビタミンCを生成する能力を失ったのでは?
    それに加えて、昆虫などを食べていたのではないかと思います。

    樹上生活から離れ地上で生活を始めるようになってから、果実を豊富に得る機会を失い、動物性のものを摂取する割合が増えたと思います。大型動物を上手に狩れるようになるまでは、捕まえやすい昆虫や水辺の貝などの生物で食いつないでいたのでは?と想像していますが、実際のところはタイムマシンで過去に行って確認するしかないかな?

    乾燥したサバンナや寒冷なヨーロッパに住んでいたヒトは、1年を通して糖質を豊富に含んだ食料を得るのは難しかったでしょうね。なので、動物性の食料がメインだったと思います。
    温暖で湿潤な気候に住んでいたヒトは、タロイモなどのいも類を入手できていた可能性が高いと思います。
    ヒトはあらゆるものを食料に利用して生き延びてきたと思うので、地域によって食生活がかなり異なっていたのではないでしょうか。

    あとは、農耕が始まってからの1万年の間に、どこまで代謝が糖質依存に順応できたか?ですね。
    それよりも、ここ60年の日常活動量の激減の方が影響が大きいのかも。
    山へ柴刈りに行って、川に洗濯に行く生活をしていれば、腹いっぱい米を食っても問題ないのかも〜

    • しらねのぞるば より:

      インドネシアの密林に住む もっとも原始的な霊長類といわれるメガネザルの生態をテレビで見ていたら,主食は木の葉で,手の届くところにある葉っぱを食べてはモグモグやりながら別の枝に飛び移って,というのをくり返してました.それを見て『究極の分食スタイルだな』と思いました. 一日中 常に少量の糖質が 連続的に補給されるからです.

      >乾燥したサバンナや寒冷なヨーロッパに住んでいたヒト
      もっとも重大な種 生存の危機は 氷河時代だったと思います. なにしろ1年の内9か月以上は厳冬で 絶食状態になりますからね.短い夏の間に どれだけ食いだめ=肥満できるかで 生死が分かれたでしょう.