さて,いよいよこのPWC論文の目玉である,『シミュレーションにより糖尿病発症を予測する』の部分です.
個人別プレディクション(=Prediction;予測)
前回までの結果で,監査法人PWC社が開発したプログラム(以下 PWCモデル)は,DPP試験参加者の3年間の体重,HbA1c,インスリン値,空腹時血糖値の推移を ほぼ実測データ通りに再現できることが示されました.
そこで,DPP参加者の最初の2年間終了時点から,それから1年たった時点でのバイオマーカー値(体重,HbA1c,インスリン,空腹時血糖値)を 予測できるかどうかを 対象者個人ごとにテストしています.
結果はこうなりました.
図の表現が分かりにくいですが,左側はプラセボ群,右側はライフスタイル介入群です.
両図とも,丸いドットは,個人ごとの予測値と実測値との誤差[NRMSE],緑 又は 青の実線はその集団全体の予測/実測誤差[NRMSE],そして赤の破線はバイオマーカーの標準測定誤差です.
つまり,PWCモデルの予測誤差は,測定法自体に内在する誤差と同等あるいはそれよりも小さいのだから,精度よく予測できたのだと主張しています.
NRMSE=Normalized Root Mean Squared Error;正規化二乗平均平方根誤差
これにより,ある時点までのデータだけで算出した『その人独自のシミュレーション』から.その後の糖尿病の推移を予測できることを証明したのです.HOMAではできなかった『時間軸の要素』を PWCモデルでは可能にしたわけです.(一年後の予測を『長期(long-term)』と呼ぶのは少し厚かましいとは思いますが)
これは実用上,つまり臨床的には非常に大きな意義を持ちます. 現在では どんなに丁寧に医学検査を行っても将来の変化はわかりません. せいぜい あいまいにリスクが大きいとか小さいとか言えるだけです.そこに時間軸の要素はありません. 『いつ起こるかは神のみぞ知る』です.
ところが,このPWCモデルでは 『現状の生活を続けると何年後にこうなるだろう』と予言できるのです.もちろん現状では まだまだ未完成ではありますが.
以上 ここまでの内容をまとめれば,以下の通りです.
人体全体を対象にして できるだけ精緻なシミュレーションモデルを作り,それを実測値でFittingしたうえで 対象者の個人ごとに将来を予測させてみたら,よい一致がみられた
あー 長かった.以上が PWC論文の内容でした.
これでやっと シリーズ冒頭の坂根論文に進めるわけです.
[続く]
コメント
個人の体格差やインスリン抵抗性やインスリン分泌量などを深く考慮してから、処方を決める先生はどれくらいいるのでしょう。
おしなべて高い人、食後にかなり高くなる人とでは、HbA1cが同じでも、体へのダメージを減らすために血糖値を下げてやりたいタイミングは違うと思うのですが…とりあえずHbA1cが下がればいいという感じですかね。
>深く考慮してから、処方を決める先生
ほとんどいないと思います. 専門医ならともかく,空腹時インスリン値まで調べようとする内科医は稀でしょう.
ほとんどのクリニックでは,まずHbA1c値を見て,それが高ければ,患者の体格をチラリと一瞥し,肥満ならSGLT2阻害薬,そうでなければ DPP-4阻害薬,この二者択一でしょうね. まあ それでおおむね正解だとは思いますが.
>体へのダメージを減らすために血糖値を下げてやりたいタイミングは違う
そうですよね. 空腹時血糖値を下げる薬は 今ではいろいろありますが,食後血糖値を下げるには インスリンかα-GIだけと,極端に選択範囲が狭まります. しかも α-GIはそれほど強力ではありません.
なので,糖質を減らした,又は糖質吸収を遅延させるような食事をするしか妙案がありません.