糖尿病の精密数理モデル[3]

グローバル監査法人であるPWC(PriceWaterhouseCoopers LLP)が 発表した『2型糖尿病の発症をコンピュータで予測する』文献の内容です.

Sarkar 2018

この予測プログラムは膨大なシミュレーションです. つまり 全身の代謝状態とその変化について 必要なデータと予測式を当てはめてシミュレーションしています. まずこの図を見れば その規模がわかるでしょう.

Sarkar 2018 Fig.1
HOMA モデル

この図の下にチョコンとつけたのは HOMA計算で用いた シミュレーションのデザインです. まるで規模が違うことがよくわかりますね.

そうです. 本当に全身にわたる代謝を対象にしているのです. これは 前回記事で紹介した米国特許USP10,398,389[PDF]の明細書にも書かれていますが,『人体はすべてバランスで成立しているのだから,血糖値の変化を予測するだけでも,全体を見ないと意味がない』としています.やる時は徹底的にやれと言っているのです.
しかも,この予測デザインでは 人体と外部とのやりとり(食事・運動・呼吸など)も含めたうえで,カロリー収支と質量収支も平衡するものとして計算しています. 生成したカロリーはどこかで消費されるのであり,カロリーが余れば何かに蓄積される,ここまで計算しなければ体重の変化は予測できない. 体重の変化が予測できなければ,インスリン抵抗性も予測できない,したがって血糖値の変化も予測できない...という具合です.

そして,この表は PWCモデルにおいて登場する物質・分子・生体内信号の一覧です.

Sarkar 2018 Fig.1

HOMAモデルがインスリンとグルコース(血糖)しか考えていないのに対して,けた違いですね.

微分方程式

この予測のアルゴリズムは 『現時点である値が次にどう変化するかは,[直前までの蓄積値] 及び/又は [直前までの変化値]に係数を掛けたもので決まる』という基本的考えです. 次に起こる変化は,直前までの状態に左右される,というわけです. なので,予測式には微分方程式(常微分方程式)を使っています.

微分方程式というと逃げ出したくなりますが,もう少し お付き合いください. 微分方程式には 我々に非常に身近なものがあるのです.
それが これです. 『貧乏人の微分方程式』と呼ばれています.

M(t) とは,時間t における 所持金額です.
そして 左辺の dM(t)/dt とは 時間あたりの所持金額の変化(=微分)です.お金を使えば 時間がたつにつれ所持金額は減っていきます.しかし,そのお金の使いっぷりは,右辺の所持金額の大きさにより変わります. つまり[右辺が大きい]=[沢山お金を持っている]ならば気が大きくなって バンバン お金を使います.貧乏人の貧乏人たる所以です. 逆に[右辺が小さい]=[所持金が乏しい]と あまり金を使わなくなります. この微分方程式は それを表したものです. 右辺の係数 K は所持金の多寡に気分がどれくらい影響されるかの係数です.

この方程式を解くと,こうなります.指数関数ですね. M0は初期値,つまり最初に持っていた金額です.

所持金は指数関数的に減少していくのです.まずまず実感通りではないでしょうか.

ところで上記の係数 K は通常 正の値をとる(K>0)のですが, 稀に K<0 の人がいます. これは お金を沢山持っていればいるほど,お金を使わなくなる人です.こういう人はケチ お金持ちと呼ばれます.

グラフにすると一目瞭然ですね.最初は 同じ百万円を持っていても 10年後はこうなります.

上記の実例の通り,微分方程式は 変化の様子を表すものです. そして PWCの論文では 上図に登場するすべての要素について その変化を微分方程式で記述しています. この式です.

Sarkar 2018

こうなると もはや声も出ませんね. これはある組織(たとえば肝臓)における ある物質(たとえばグルコース)の濃度変化は,それまでのその物質の流入率と,その物質が他の物質(たとえばグリコーゲン)に転換された累積量によって決まる,ということを表しています.

ただし これは 一般式であり,それぞれの要素によって一部変形しており,バリエーションは50近くあるようですが,まあ勝手にやってください.

[続く]

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