糖尿病の精密数理モデル[1]

なんだかよくわからないタイトルですね.

冬休みの宿題にウンウンうなって読み解いた文献のご紹介です.

(C) なゆみ さん

そのきっかけは,ケアネットのこの記事でした.

糖質制限or脂質制限、向いている食事療法を予測/京都医療センター|CareNet.com
米国糖尿病予防プログラム(DPP)やフィンランド糖尿病予防研究では低脂肪食が糖尿病に有効との報告がある一方で、糖質制限が減量に有効であるとの報告もある。それでは、目の前の患者さんにどのような食事療法を指導していけばいいのだろうか。 この問題...

京都医療センター(旧 国立 京都病院)の坂根先生のグループの発表です.
糖尿病の食事療法の効果には個人差があり,糖質制限食に向いている人と,脂質制限食に向いている人とがある』という内容なのですが,ではそれをどうやって調べたのかというと;

PwCグループが開発した膵臓・肝臓・脂肪など臓器間のネットワークを含めたシミュレーションモデル(機序計算モデル)を用いて

数理モデルで行ったようです.しかしその機序計算モデルがどういうものかまでは,書かれていません.
非常に興味を惹かれますが,その引用文献を見ると,こはいかに これが 結構な難物なのですよ,奥さん(<誰?)

怖い蟹

(C) アッサム さん

数理モデルとは

そもそも数理モデルとは,人体内部起こっている状態とその変化を数式でシミュレーションして解析することです.定性的に健康だとか不健康だとかいうのではなく,定量的に つまり数値で健康状態を表現できます

その代表的なものが,糖尿病の人にはおなじみのHOMA数値です.

HOMA-βとは
HOMA-IRとは

当ブログでもHOMAの仕組みを紹介しましたが,

1985年にMatthew博士が 血糖値に直接関係する人体内の臓器を,それぞれ独立した部品であるとみなして,そして各部品の動作は 完全に数式で表されるものとして,計算機シミュレーションによって,糖負荷試験の結果数値だけで,その人のインスリン分泌能力とインスリン抵抗性を数値化しようとしたのです.

Matthews 1985

その数値モデルはこのようにデザインされました.

Wallace 2004

詳細は 前記の当ブログ記事をご覧ください. 各「部品」の動作は,グラフに示したように数式化されています.この計算結果から,糖負荷試験のデータをグラフに当てはめるだけで,その人のインスリン分泌能(HOMA-β)とインスリン抵抗性(HOMA-IR)が数値で,つまり定量的に推算できるようになったのです. これは大きな進歩でした. ある治療・投薬を行った場合,それが糖尿病の病態をどの程度改善したのか,また改善されたのはインスリン分泌能なのか,それともインスリン抵抗性なのかを区別して評価できるようになったからです.

HOMAの問題点

しかしながら,Matthews博士がデザインした上記の図を あらためて眺めると,多くの問題点もみえてきます.

  • 血糖とインスリンしか考慮していない
  • 血中脂質,血中アミノ酸,グルカゴン,ケトン体などを考慮していない
  • 食事により流入する栄養素,組織代謝や運動により消費される栄養素を考慮していない
  • 平均値でのみ記述しているので.個人ごとに異なるインスリン感受性・インスリン抵抗性を評価していない
  • 脂肪組織における代謝を無視している
  • HOMA = Homeostatic Model Assessmentという名前の通り,人体の恒常性を数式表現したものであり,ある一瞬の静的な平衡状態だけを見ている.つまり 食事や運動,組織形成など 常に変動している人体の動的な平衡を表してはいない
  • 個人差は まったく評価できない. 糖負荷試験から得た血糖値,インスリン値がまったく同じ数値なら,それ以上の個人差はないものとみなされる

したがって,Aさんが高脂質の食事をしつつ運動した場合,Bさんが 高蛋白質に傾いた食事を続けた場合などに,血糖値や体重がどう変化していくか,すなわち時間軸に沿った変化が計算できない

もちろん これはMatthews博士が手抜きしたのではなく,当時(1985年)は まだコンピュータと言えば 大型電算機の時代でした.当時最新のIBM S/370ですら,メモリ容量はたった16MB!!(16GBではありません)

現在の安価なPCよりもずっと非力だったのです. よって この程度に簡略化したモデルでないと計算処理能力がパンクしてしまうので やむをえなかったのです.

IBM System 370

しかし,現在は スパコンもあり,コンピュータの計算能力は当時とは比較になりません.
この計算能力をフルに活用して,ありとあらゆる要素を組み入れたシミュレーションが可能なはずです.もはや現在のコンピュータは 複雑・膨大な計算などまったく ものともしません.じゃあ それをやってみようじゃないか,というのが冒頭の記事でした.

[続く]

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