肥満パラドックス [3完] めざせ 縄文ビーナス

BMI=36の日本人と聞いて

どういうイメージを思い浮かべますか? ほとんどの人は ものすごい肥満体だと思うでしょうね.実際 日本でも米国でも BMIが35を超えれば『高度肥満』に分類されています.

しかし,この例をご覧ください.

現在 十両の炎鵬は小柄ながら 自分よりもはるかに大きな力士を投げ飛ばしますが,

身長 167cm,体重 102kgなのでBMIはなんと 36.6なのです.

意外でも何でもありません. 炎鵬 関の例は,BMIという一つの数字指標だけでは その人の体形・体組成を表せないことを意味しています.
データは公開されていませんが,あの力強い相撲を取れる 炎鵬 関は,だらけたぞるばとは比較にならないほどの筋肉量なのでしょう. ただし,体脂肪率という相対値でみれば低いかもしれませんが,あのつやつやの肌は,皮下脂肪の量もまた多いと推察されます.

つまり BMIの高低はそれだけでは体形を表していないし,体脂肪が多いと決まったわけでもありません.

炎鵬 関に限りませんが,相撲取りの人は なにしろフラフラになるまで激しい稽古をするので,皮下脂肪は多くても 内臓脂肪はほとんどないそうです.実際 相撲取りの人の体脂肪率は 20%程度であり,普通のオジサンよりは はるかに低いのです.

脂肪がすべて悪ではない

よく議論されるように脂肪には,皮下脂肪と内臓脂肪があります.

  • グリコーゲンは ポケットの小銭
  • 内臓脂肪は普通預金
  • 皮下脂肪は定期預金

と言われるように,体を動かすと,まず肝臓や筋肉のグリコーゲンが真っ先に消費され,グリコーゲンが枯渇すると内臓脂肪が分解されてエネルギーに代わります. そして内臓脂肪も底を付けば,皮下脂肪を取り崩します.

すなわち,別に筋トレとは言わずとも,よく動いている人には 内臓脂肪は貯まりようがないのです.
内臓脂肪には およそいいことはありませんが,エネルギーが必要になれば真っ先に消費される脂肪なのですから溜め込まなければいいのでしょう.そして皮下脂肪は最後の手段です..

人間の体がこうなっているのは,皮下脂肪が『飢餓時に備えた貯蓄カロリー』だからです.
我々人類が 氷河期で絶滅しなかったのは 余剰カロリーを皮下脂肪として蓄える遺伝子を獲得して,絶食状態でも生き延びられたからです.

太目の人は,一般にやせ型の人よりも体脂肪率が高いですが,体脂肪すべてが悪ではありません.
適度な皮下脂肪を持つ人は,皮下脂肪が少ない人よりもガン生存率が高いと報告されています.

Ebadi 2017

このことは 高齢になって病気にかかった場合,『皮下脂肪として蓄えていたエネルギーが多いと病気と闘えるが,少ないと 早々に体力消耗してしまう』ということを意味しているのでしょう.中年以下で この効果が目立たないのは,まだ体力そのものが高いからです.しかし高齢になると 『まさかの時の予備燃料』が多いか少ないかで運命が分かれてしまうのかもしれません.

また皮下脂肪それ自体は 内臓脂肪よりも健康に及ぼす影響は少ないですが,さらにその皮下脂肪が『どの場所についているか』が重要なようです.というのも この文献の通り;

kissebah 1982

下半身の脂肪,つまりヒップや太ももについている皮下脂肪は,上半身の脂肪(上腕,腹部)よりも耐糖能への影響が小さかったのです.

そして 体重が重く,BMIが高いとしても,それが皮下脂肪か内臓脂肪か,さらに体形によっては健康に及ぼす影響が異なるのです.内臓脂肪が少なく,つまり腹囲が細いのに 体重が重いのは それは下半身に付いた『お肉』でしょう.したがって健康的な肥満は この記事で述べた Waist-Hip Ratio(腹囲と尻周りの比率)の小さい人です.

『そっかぁー! じゃあ尻をデカくすればいいんですね!』とほざいたN君は正しかったのですw

更に一般に体重が重ければ,立ち上がるにせよ歩くにせよ,同じ動作でもより多いエネルギーが必要になります. つまり体重が重い人は,それだけで 『自重トレーニング』を毎日やっているようなものです.

よく食べ,よく動く人が 体重が太目であっても,それは結果として自然に『自重トレーニング』をやっていることになり筋肉が保持されているのでサルコペニアになりにくい,つまり高齢になっても体力を保持しやすい.したがって病気にかかっても死ににくくなっていると解釈できます.

以上ですべての肥満パラドックスが説明できるわけではないでしょうが,肥満パラドックスが高齢者のみに観測されるといこうことは.皮下脂肪が大きく影響しているのでしょう.

上半身が細く,逆にヒップと太ももが豊かな『縄文のビーナス』は,実は『健康で長生きできる 理想的な肥満の姿』を表していたのかもしれません.

国宝 縄文土偶

肥満のパラドックスの論争はまだ始まったばかりで結論は出たわけではありません.
今後のデータと議論を見守りたいものです.

肥満パラドックス 【完】

コメント

  1. highbloodglucose より:

    若く健康なときは、体脂肪は健康に対してどちらかというと悪影響を及ぼす。しかし、加齢やがん罹患などで体がダメージを受けている状況では、体脂肪はむしろ生存の助けとなる。ということでしょうか。
    物事を単純に「善悪」で語ることができない例のひとつかもしれませんね。

    同じようなことを示す論文が、ドクターシミズのブログで紹介されていました。急性心筋梗塞または急性代償不全心不全を発症して入院した患者において、LDL-C 100 mg/dL以上の高脂血症を有する方が、高脂血症がない場合よりも死亡率が低い、という内容です。
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31843818/

    ドクターシミズはブログで触れていませんが、論文のイントロには、「一般集団のコレステロール値は新しい心血管イベントを予測しますが」とあります。その上で、「この正の関連性が急性心筋梗塞や急性代償不全心不全の発生後も持続するかどうかは不明」であるために、高脂血症との関連を調べたのが研究目的のようです。
    その結果、高脂血症を有する方が死亡率が低かった、と。

    また、一般集団においてLDL-Cは140 mg/dLくらいが総死亡率が一番低いという報告もあります。

    つまり、若く健康な間はLDL-Cは低い方がいいが、加齢や疾患を罹患して体がダメージを受けている場合は、むしろ、少し高めの方が生存の助けとなる、ということかもしれません。(高ければ高いほどいいというわけではないと思います。あくまでも「高め」程度)
    興味深いのは、上記論文で、急性代償不全心不全の患者では高血圧を有している方が死亡率が低く、高血圧かつ高脂血症だとさらに死亡率が低くなっていることです。高血圧も、ある条件の下では生存の助けになるのかもしれません。

    もちろん、この論文では、真にLDL-Cが低いと問題があるのか、高い方がいいのかは不明です。ストロングスタチンで無理矢理LDL-Cを低下させたことが死亡率上昇につながっているのかもしれません。スタチンを使わず、食事療法などで自然とLDL-Cが100 mg/dL未満となっている場合は、むしろ生存に有利なのかもしれません。高血圧も同じで、降圧剤によって無理矢理低下させている状況がよくないのかも。

    こういう研究の解釈は難しいですね。自分自身の主義主張に合うよう、好きに解釈できてしまうので。

    • しらねのぞるば より:

      「定説」が揺らいでいる時の議論ほど面白いものはないですね.

      この肥満パラドックスは,従来の 『若者だろうが,年寄だろうが,健康指標は同じ』という硬直性に冷水を浴びせているわけです. 80歳だろうが90歳だろうが 17歳の高校生が健康の基準だ,というのはあまりに雑駁で乱暴な決めつけだと思います.
      また たった一つの指標だけで,健康と不健康を切り分けることの矛盾が露呈している点も面白いです. 人体の生化学は本当に複雑なのに,単純な指標だけで すべてを説明しようとしてきたことは無謀だと思います.