第26回 日本病態栄養学会の感想[7] 症例報告から-2 中性脂肪が下がらない

【この記事は 第26回 日本病態栄養学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

遺伝子変異

家族性コレステロール血症」という症状があります. LDLコレステロールが常に高くなってしまう病気です.「家族性」という名前から,いかにも家族の誰かが原因を作っているかのように誤解されやすいですが,これは英語の Familial Hypercholesterolemiaを直訳したからであり,実際は完全に遺伝性の病気です.

遺伝子変異により 本来肝臓に存在するLDL受容体が欠損していて,LDLが分解処理されずに蓄積してしまうため,食事や生活習慣などとは一切無関係にLDL値が高くなってしまいます.

DNAは父親からのものと母親からのものが一対になっています.したがって遺伝子変異にも2つのパターンがあります.

LDL受容体を作れない遺伝子を両親から共に受け継いだ場合はホモ型(右図),すなわちDNA対の両方がLDL受容体を作れないので,LDL値が常時非常に高くなります. 一方 両親のうちのどちらかが正常遺伝子で,他方が変異があった場合には,ヘテロ型(中央)となり,ホモ型よりは症状が軽くなります.

ただし,軽いとは言っても,ヘテロ型のLDL値は 健常者の2倍以上であり,ホモ型がさらにその2倍以上なので,放置していたら 若年のうちから急速に動脈硬化が進行します.

原因が遺伝子変異ですから,治療法は対症療法,すなわちスタチン投与となります.

今回の 第26回 日本病態栄養学会にて,これと似た症例が報告されていました.

O-178:脂質制限により血糖が改善した1症例

太田綜合病院 渡邉悦子先生からの報告です.

事前に発表された口演抄録には『血糖の改善が見られず,中性脂肪が高値の患者に脂質制限食を指導したところ,血糖が改善した』とあったので,てっきり食事療法により改善した糖尿病症例かと思ったのですが,実はこの人は遺伝子変異が原因のLPL(リポ蛋白リパーゼ)が作れない「LPL欠損症」だったのです. LPLは血液中の中性脂肪を分解する酵素なので,これが作れないと 中性脂肪が信じられないくらい高くなります. 通常 中性脂肪の基準値は 50~150mg/dlですが,LPL欠損症では桁違いに高くなります. この報告症例では ピーク時には 4,000~7,000mg/dlにもなっていたとのことです.

血液中にこれほど中性脂肪が増えると,血管中の脂肪粒が組織を物理的に圧迫して 急性膵炎を起こしやすくなります. 実際 この人も最初に発生したのは急性膵炎でした.その時点ですでに中性脂肪が高いことは判明していたのですが,膵炎の結果だと判断されたようです.

その後,血糖値が高いことから糖尿病の治療は受けていたようですが,白内障手術の時に,血糖値だけでなく あまりにも中性脂肪が高いので遺伝子検査をして初めてLPL欠損症(ただしヘテロ型)と判明したようです.

これも原因が遺伝子によるものですから,治療は対症療法,すなわち 脂質を極度に制限する食事療法を採用するしかなく,症状の改善をみたようです.これがタイトルの『脂質制限により血糖が改善した』の意味でした.しかし,口演のタイトルと内容とがまるで一致していない症例報告でしたね.


以上の2つの遺伝子変異に基づく病気は,ホモ型はもちろん,ヘテロ型であっても かなり深刻な症状を起こすパターンです. 遺伝子変異症のすべてがこうというわけではなく,ヘテロ型では ほとんど正常人と変わらない あるいはまったく無症状のものもあります.

ところで 「家族性コレステロール血症」でも「LPL欠損症」でも,ホモ型は 百万人に一人またはそれ以下ですが,ヘテロ型は意外に多くて 数百人に一人ほどの頻度と見積もられています. つまり それほど珍しくないのです. ただしヘテロ型では ホモ型ほど症状が激しくない人もいるので,見過ごされやすいのでしょう.

暴飲暴食しているわけではない,それどころが,医師の指示をきちんと守って食事にも気をつけているのに,健康診断のたびに いつも『LDLや中性脂肪が高すぎる』と指摘されている人は,ひょっとすると ヘテロ型の遺伝子変異を持っているのかもしれません.

[続く]

コメント

  1. highbloodglucose より:

    演題の要旨を見て、これはどういう症例なのか詳細が知りたいと思っていました。
    LPL欠損症であれば納得ですね。
    単に要旨に書き忘れたのか、それとも演題登録のタイミングでは遺伝子検査をしていなかったのか…
    それにしても、ヘテロで中性脂肪が4,000〜7,000 mg/dLにもなるなんて、これがホモだったらどこまで高値になっちゃうんでしょう?

    遺伝的にLDL-cや中性脂肪が高くなってしまうヘテロ接合体は数百人に一人って、結構な割合ですよね。
    また、日本人にはHDL-cが高値となるCETP欠損症がありますよね。これもヘテロの人が50人に一人と推定されているので、かなりの割合です。HDL-cは「善玉コレステロール」と呼ばれて高ければいいように考えられているけれど、100 mg/dLを超えるようだとCETP欠損症が疑われるとか。
    CETP欠損症だと、HDLが無駄にコレステロールを抱え込んでいるだけなので、HDL-cが高値というのは健康にいいとは言えません。(大量飲酒によるCETP活性低下も同じ)
    ですが、あまり話題になりませんね。
    家族性コレステロール血症やCETP欠損症は比較的身近な遺伝子変異なのだから、これらの数値が高値の場合はサクッと遺伝子検査をすればいいのに…と思います。

    • しらねのぞるば より:

      この人は,途中 治療中断(拒否)の期間が数年間あったようです.網膜症など合併症が出た時だけ病院に来るという具合だったようです.

      >数百人に一人

      昔は遺伝子検査は高価でしたが,現在では 遺伝性であり,かつ指定難病と医師が判断すれば保険適用は認められるようですね. 5000点ですから,本人負担は 15,000円で随分安くなったものです.

      >CETP欠損症だと

      CETP欠損症は難病ではあってもまだ指定難病ではないようです.想定される患者数が多すぎるからでしょうね. したがって保険では検査できないようです.CETP欠損症はホモ型では HDLが150をはるかに越えるようですが,ヘテロだと 50-150くらいとあり,

      https://www.nanbyou.or.jp/entry/643

      そして 結構な頻度ですから,私も ヘテロかもしれません.なにしろはるか過去まで遡ってみても 50以下になったことがないのですから.