第26回 日本病態栄養学会の感想[2] 食品交換表の問題点

【この記事は 第26回 日本病態栄養学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

合同パネルディスカッション41000万通りの個別化栄養療法の構築に向けて

今回の日本病態栄養学会参加は,ほとんどこの講演を聞くことだけが目的でした.この学会で講演したことは,ほぼ次回の日本糖尿病学会の予告編になっているからです.耳をダンボにしてみっちりと聴きました.

(C) bonbon

【4-1】糖尿病食事療法のための食品交換表の活用における問題点

冒頭の順天堂大 綿田先生の基調講演の概要です.
綿田先生は,日本糖尿病学会の食品交換表策定委員会の委員長であり,次回改訂の責任者です.

まず 現行の第7版 食品交換表[2013年 発行]の問題点を総括しました.

  • 食品交換表は 2013年の第7版から既に10年も経過している.
  • 2020年には 文科省が発行する日本食品標準成分表が7訂から8訂版に改訂された
  • したがって,現在 食品交換表と日本食品標準成分表とでは 食品の栄養成分表示に乖離がある.
  • 食品交換表は 食材を購入して自宅で調理することを前提にしているので,現在増えてきた 中食・外食には対応しきれない.
  • そして,もっとも問題なのは 現在最新版である第7版は,2019年に発表した『糖尿病診療ガイドライン 2019』をまったく反映できていないという点である.

したがって食品交換表の改訂が急がれるのだが,結論から言えば,まだ次期改訂の内容は定まっていない.以下 その理由を述べる.
 
まず食品交換表の歴史を振り返ると, 1965年に初版が発行されたが,これは簡素なものだった.

(C) 日本糖尿病学会

当時は 最低限必要な栄養素は必ず摂る,そしてそれ以上は本人の自由としていた.
したがって,1200kcalの[基礎食],これは固定して,それ以外は 体格・性別などで異なるが 好みに応じて自由に摂る[付加食] という二本立てであり,この考えは初版から第4版まで継続された[★]

[作図]しらねのぞるば

[★]食品交換表の初版~第4版までの歴史は,本ブログでも下記記事で詳述しました.

食事療法の迷走[5]1965年 食品交換表の登場1
食事療法の迷走[6]1965年 食品交換表の登場2
食事療法の迷走[7]1965年 基礎食と付加食
食事療法の迷走[8]食品交換表 第2版から第4版まで

ところが 食品交換表は 1993年の第5版で大きく変貌した.

(C) 日本糖尿病学会

1993年とは,まだ糖尿病の薬には ほぼインスリンとSU薬しかなかった時代である.この時代には薬の選択肢が非常に狭いので食事療法の比重が今とは考えられないくらい大きかった.食事療法だけで何とかしなければいけないという気持ちが強かった. 脂質の摂りすぎは肥満につながること,また蛋白質が多いのも腎臓によくないと考えて,それぞれ上限比率を規定した. すると必要なカロリーの残りは,炭水化物から摂るしかないので,炭水化物比率は 50~60%となった.
 
また当時はBMI=22が理想的体重と考えられていたので,これを全員がめざすべき標準体重とした.
 
ところが,BMI=22が最適とした根拠を見ると,実は当時の職域健康診断の結果を採用したものであった. しかしこのデータは30~59歳の勤労者が対象であり,高齢者はまったく含まれていなかった
 
しかし,最近の研究データを見ると,高齢者の全死亡率がもっとも低くなるのは BMI=25あたりであって,この面でも大きな齟齬が生じている.
 
更に第5版の時代には 糖尿病患者のカロリー消費は健常者よりも少ないと思われていたが,これも最近の厳密な測定では,糖尿病患者と健常者にはまったく差がないことが示された.
 
のみならず,第5版以降第7版まで 軽労作の活動係数を 25~30kcal/kgと見積もっていたが,これも実測してみると,通常のデスクワーク程度であっても,35~39kcal/kgであった.
 
つまり,食品交換表の第5~第7版では,糖尿病患者に設定するカロリー自体が あまりにも実態とかけ離れた低い設定になっていた.
 
第5版でP/F/C比率を固定したが,それを全員一律に糖尿病に適用していいのかという問題もある.
低炭水化物食,地中海食のように炭水化物比率の低い食事では短期間で体重が減少し,糖尿病患者ではHbA1cの速やかな低下がみられる. たしかに2年程度でややリバウンドするとか,長期間では継続できず脱落する人もいるという指摘はあるものの,全員がそうではない.継続できない人がいる一方で,継続できる人もいる. 脱落する人がいるという理由で 継続できる人まで禁止する必要があるのか.
 
一方 『糖尿病診療ガイド 2019』は現時点では国民健康・栄養調査 にて日本人のP/F/C比率の平均値を目安にしているが,平均値がそうだから全員の標準値になるというのは エビデンスとは言えず,根拠としては薄い.
 
それ以外にも現行の食品交換表には以下の問題がある[ぞるば:まだあるのかっ!]

  • 脂質をひとくくりにして総量を制限すべきとしている.
  • 果物の摂取量の上限を制限しているように読める.
  • 表3は肉・魚介類・大豆製品・チーズ,表4では酪製品としているが,これらを分けることに意味があるのか
  • 表6でキノコ・海藻類を除いて 野菜を1単位=300gとしているが,これは野菜の摂取量上限を定めているとも読めてしまう.

以上述べたように,食品交換表の改訂課題は山積している.しかしあまりにも多くの課題を一気に解消しようとしても困難であり,むしろ食品交換表の初版の精神にたちかえって,まず手軽でわかりやすいツールに還元すべきかと思われる.

座長:植木 日本糖尿学会理事長 コメント
制限一辺倒から,食品交換表 初版で打ち出していた『最低限必要なものは必ず摂取する』という考えに戻るべき時期かもしれない.


私が初めてこの学会に参加してみた頃,食品交換表[※]にいささかでも異論を唱えるなどありえない雰囲気でした.

[※] 第5版以降の正式な名前は 【糖尿病食事療法のための食品交換表】です.

しかし それから10年以上たった今,ご覧の通りズダボロです.

ただし『それみたことか』『けしからん』ではなくて,これこそが科学 Scienceなのです.不動の定説と見えたものが ここまで評価が変わっても,合理性・論理性を突き詰める科学ならば当然起こりうることです.科学とはその99.9%が失敗の歴史です.

ではこの食品交換表を/そして糖尿病食事療法を今後どうしていこうとするのか,次回は その議論をみていきます.

[続く]

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