食事療法と運動療法とは糖尿病治療の両輪であって どちらも必要です.
医師が患者を糖尿病だと診断したら,まず食事療法と運動療法だけを指示して経過を見るのが正しい治療であり,そこをすっとばして 直ちに投薬に走るのは 治療の基本から外れています(ただし診断時点でもう重篤な状態であれば別です).
では,食事療法は,どういう方法がベストなのか? これは 世界のどこの国でもすったもんだしています. ただし その中でも 30年近くにわたって繰り広げた 日本糖尿病学会の食事療法の迷走は特筆ものでしょう. しかもまだ続いています.
私の考えは,『健常人ならともかく糖尿病患者なら,食後血糖値の急上昇を防ぐために 糖質摂取量は 自分の耐糖能に応じて決めるべきだ』であり,これさえ守れば それ以外はまったく個人個人で異なっていて当然と思っています.画一的な食事療法や,すべての患者に有効な理想食事など存在するわけがないと思っています
運動療法
運動療法についてもはっきりとした『標準療法』があるわけではありません.食事療法と同様に エビデンスを求めることは困難でしょう.まして画一的な『糖尿病運動療法』などありえません. 個別化された食事療法 と同様,運動療法も個別化されているのが当然と考えます.つまり『これさえやれば万人すべてに有効』という理想の運動療法というものはないと思います.
運動のパターンには有酸素運動とレジスタンス運動(=筋トレなど)とがありますが;
- (1) 有酸素運動と筋トレのどちらも行うべきである
- (2) 有酸素運動だけでよい.筋トレは不要.
- (3) 筋トレだけでよい.有酸素運動は無用.
- (4) どちらも不要
(4)は まずありえませんね. (2)の意見も見たことがありません. 現在 圧倒的大多数は(1)を支持しています. しかし(3)を強く主張する人は少数ながらいます. 筋肉が増えれば,つまりブドウを取り込む筋肉を増やせば,確実に血糖値やHbA1cが下がるのだ,という主張です.それは正しいのですが,往々にして『有酸素運動では絶対に血糖値やHbA1cは下がらないから時間の無駄だ』とまで主張されると,どうしてそこまで力をこめてまで断定したいのだろう?と不思議に思います.
コクランレビューでは
コクランレビュー Cochrane Review は,『世界でもっとも辛口のレビュー』と呼ばれます. 一つのテーマについて,それに関する論文を集めてレビューした結果を発表しています. 『辛口』と呼ばれる理由は,評価する論文の取捨選択にあたり,徹底した信頼性評価とバイアス排除を行っているからです. その方法も公開されていますが,いささかでも信頼性に欠ける,つまりバイアスを含んでいるとみなされる論文は容赦なく切り捨てられて 評価対象になりません.
その世界で一番厳しいコクランが運動療法についてレビューを行っています.
2型糖尿病患者の運動療法について,HbA1cが下がるか,内臓脂肪は減るか,コレステロールを減らすには...などと14の指標について ぞれぞれ運動療法の効果を評価したものです.
ご注目いただきたいのは,本文中 【方法】(Method)の項に記載されている『評価対象論文の採用基準/排除条件』(Inclusion criteria/Exclusion criteria)です(原文;p.3~4).
- [採用基準]
- 2型糖尿病において、有酸素運動、フィットネス、段階的レジスタンストレーニングの運動と運動なしを比較したすべての無作為化対照試験(RCT)を検討した。
- 一過的な運動ではなく、継続的な運動トレーニングの効果を評価するので、8週間以上の試験を対象とした。トレーニング期間が8週間未満では、HbA1cや体格の変化を示すには短すぎるからである。少なくとも6ヶ月の介入後のフォローアップがあれば理想的であったが、これは研究を組み入れるための絶対的な基準ではなかった。
- [排除条件]
- 以下の研究は評価対象から除外した.
- 単発性の運動
- 運動の介入にさらなる詳細がなく身体活動の増加の推奨のみが含まれる研究
- 運動介入が直接監督されていない又は十分な文書化されていない研究
- 実験群にのみ,対照群には適用されていない食事の変更またはカウンセリングなどの共同介入があった研究。
特に排除条件の最後の項目は重要です. 運動介入の効果を高くみせるために,介入群にだけ きめ細かい食事指導やコーチング・カウンセリングを行い,対照群には何も行わない,つまりバイアスのかかった研究が多いからです.特定の運動療法に効果があったと主張する論文にはこれが非常に多いのです.
件名から判断して運動療法の効果を報告している論文(総計 2,101報)をこの基準で精査したところ,厳密な比較になっていると判定されたものはわずか14報だけでした.この14報を対象にしてメタ解析を行っています.
各種指標への運動の効果
運動を行わなかった場合を対照群として,各種の運動を行った場合のHbA1c低下効果は下の通りでした.
図に示したように,有酸素運動(●)のみの場合,筋トレ(●)のみの場合,両者を併用した場合(●+●),そして気功(〇)を行った場合,いずれも運動によるHbA1c低下効果はほぼ認められました.したがって これらを総合評価した結果(最下行)も『運動によるHbA1c低下効果は -0.62%程度(95%信頼限界= -0.91~-0.33%)』と結論づけています.各文献を個々に見ればお分かりの通り,有酸素運動だけが有効だとか,筋トレに圧倒的な効果があるなどとはいえません.どれも似たようなものでした.運動は何であれHbA1c低下に効果があるのです.
[続く]
コメント
筋トレは糖を消費する筋肉量を増やす効果があり、有酸素運動は、糖を消費する効果があると思っていますが、筋トレ以外運動せずに糖質を摂れば有酸素運動よりも血糖値は高くならないでしょうか。いくら筋肉が多くても運動しないとGLUT4は発現せず、筋肉への糖の取込みは行われないように思いますがどうでしょう。
筋グリコーゲンを枯渇させ、糖を取込み安くする筋トレは食事の前、糖を消費する有酸素運動は食後に行うのが良いのではと考えています。
>筋肉が多くても運動しないと
筋肉内のグリコーゲンが満杯お状態であればそうなるでしょうね.
このコクランレビューは運動の有無がHbA1cに及ぼす長期効果を評価したものですが,有酸素/レジスタンス それぞれの運動のパターンの差までは踏み込んでいません. そのパターン差を正しく実績数値で比較しようとするのは更に難しいと思います.体格・筋肉量・その他バイオマーカーが厳密に揃った2グループで,違うパターンの運動を行ってもらう必要がありますが,これをHbA1cの変化が評価できるほどの長期間 継続する試験はほぼ不可能でしょう.