第65回日本糖尿病学会の感想[11] 個別化食事療法とは

【この記事は 第65回日本糖尿病学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞き間違い/見間違いによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】


作っただけのガイドライン

前回記事にて,第65回 日本糖尿病学会では,【個別化された食事療法】の指針は発表されなかったことを報告しました.

ただし,学会の公式見解ではないのですが,シンポジウム28【糖尿病食事療法研究の最前線―現在の課題とこれからの展望】で,トップバッターとして登壇した  佐々木敏 東大教授は,その講演で こういうことを述べておられました.

  • 食パンとチーズとを渡されて,指定カロリー・指定蛋白質量・指定塩分の『健康的なチーズトースト』を作ることは可能だろう.
  • しかし,その逆はできるだろうか?

つまり 糖尿病患者に栄養素比率の数値表だけを渡して『毎食 こうなるように食事をしてください』と指示すれば,それで食事指導は完了したのか?という質問です
これは無理でしょう. そうなるような料理・食品の組み合わせは無数にあるからです.[焼肉] 0.45人前と[明石焼き] 1.3人前,そして[ヴィーガンサラダ]0.7人前というけったいな組み合わせでもできるかしれません.

佐々木先生は講演で,料理から栄養素構成は算出できるが,その逆,つまり栄養素構成表を渡されても,どういう料理にするかは一義的には定まらない,すなわち 『不定連立方程式』であって解が定まらない,と述べていました.
つまり『栄養素比率を示してこれを必ず守れというだけでは 食事指導と呼ぶに値しない』と言いたかったのでしょう.

食品交換表で,炭水化物/蛋白質/脂質 比率を示して,それを患者に守れと強要するのは,【作っただけ】のガイドラインであり,【使った】ことにはならない,とそういう意味です.

それでは個別化食事療法とは?

食品交換表では 炭水化物/蛋白質/脂質 = 60/20/20などと指定しています.そこで これを Aさんには 57/18/25,Bさんには 65/15/20と,個人ごとに細かく数値指定すれば,それで【個別化】できたのでしょうか.ではないですね. これでは相変わらず【個別化された,作っただけのガイドライン】です.

では,佐々木先生は どういうものを個別化食事療法であるとみなしているのでしょうか?

その答えは一般口演で得られました.

一般口演 Ⅰ-16-5
日本人2型糖尿病患者を対象に,個別化した食事指導による介入効果を検討したランダム化比較臨床試験

佐々木先生と慈恵医大病院との共同研究の結果報告です.題名にご注目願います. 【個別化した食事指導】とは こういうものなのだとアピールしています.

といっても突飛な方法ではありません.

あらかじめ患者の食行動を聞き取り・アンケート・食事記録表(BDHQ)などで よく把握したうえで,その患者の病態,肥満度合,諸検査数値などを基にして,個人ごとに

  • たんぱく質が足りていません.
  • 脂質を摂りすぎています.
  • ビタミンDが極度に不足しています.

などとアドバイスしていく方法です.

この試験の内容は以下の通りです.

2型糖尿病の成人136人(平均年齢:~58歳;平均BMI:26~27) を対象に,この方法を6ヶ月継続した【個別化】グループ(69人;完遂は64人),従来の栄養指導を6ヶ月行った【従来】グループ(67人;完遂は62人)で,結果を比較しています.(ただし患者本人には 自分がどちらのグループなのかは知らせていません)

  • HbA1cの変化は【個別化】グループで -1.1%低下し,【従来】グループで ~0.7%の低下と有意差あり.
  • 体重は【個別化】グループで -1kgと低下,【従来】グループでは ~0kgで変化なし( P=0.07で有意差なし).

という結果でHbA1cの低下は従来栄養指導より有意差をもって下げられました.体重変化も もう少しで有意差ありという減少が見られています.

この差について 発表者は,【従来】グループでは,『野菜を食べましょう』とか『間食を減らしましょう』などと 一般論的な画一指示にとどまっていたのに対して,【個別化】グループでは,栄養指導の都度,患者の食事記録から どこをどうすべきなのか個別項目ごとにアドバイスしたことが原因ではないかと考察していました.

この報告に対して,(一般口演なので,[発表] 7分+[質疑] 3分という時間割なのですが) 異例なことに,3名の方が 総計5つの質問を出して,質疑応答時間も7分を超えました. 質問内容は この【個別化】指導が従来の「患者の食事状況を聞き取ったうえで栄養指導する方法」とどこが違うのか,従来とあまり変わらないではないか,というものが多かったです.

[これ以下は私の感想です]
たしかに個別指導と言いながら,患者の食事状況を見て,栄養の過不足を指摘する,という手法だけを見ていては,従来の食品交換表に基づく食事指導とあまり違わないという印象を受けます.

ところが,この報告で示された食事指導が 従来方法と決定的に違うところがあります.

従来の食事指導では,最終的に患者を食品交換表に従わせることが目標でした.

しかしこの【個別化】指導では,患者の食事スタイル・食事嗜好という根幹にはいっさいふれていません.ただ栄養の過不足を指摘しているだけです.

つまり 最終的に画一的な食事に誘導するのか,それとも患者の食事スタイルはそれぞれだからと手をつけないのか,その点において正反対であると感じました. 発表後の質問では,指導の手法に違いがあるのかないのかという点ばかりに着目していましたが,手法は似ていても 誘導先が まるで違うのです.

露骨な言い方をすれば,『既製服に体を合わせろ』が従来の食事指導であり,『あなたに合わせたTailor-Made』が個別化食指導なのです.

(C) acworks さん

佐々木先生の提案するこの【個別化】食事指導が,2024年発行予定の『糖尿病診療ガイドライン 2024』に採用されるかどうかは不明です. しかしながら【画一的ではなく,個人ごとに誂えたメニューによる食事指導 栄養アドバイス】が現実的に実行可能な方法として推奨されることになると予想しています.

[続く]

コメント

  1. highbloodglucose より:

    一般口演で発表された「個別化した食事指導」というのが、具体的にどのような指導だったのか内容が気になります。患者の食事スタイル・食事嗜好を考慮した個別化指導というのは、たとえば洋食メニューが好きな人には和定食メニューを無理には勧めないとか、魚が苦手な人でも食べられそうな魚料理を紹介するとか、そういうのはイメージできます。

    では、わたしの普段の食事を正直に申告したら、どのような指導をされるのでしょう? やっぱり、「もっと炭水化物を摂りましょう、主食を摂ってください」と指導されそうな気がします。
    つまり、患者の好みに合わせてメニューを提案してくれるけど、PFC比はやはり20:20:60に近くなるように指導されそうに思うのですが、どうでしょうね?

    個別化というのはあくまでも嗜好するメニューや食材を考慮することであって、栄養素の比率まで個別化を容認してくれるのかしら?と疑問に思いました。

    • しらねのぞるば より:

      > 一般口演で発表された「個別化した食事指導」というのが、具体的にどのような指導だったのか

      記事中に『個人ごとに誂えたメニューによる食事指導』と書いたので,特定の料理メニューを推奨するかのような表現になってましたが,そうではありませんでした(修正しました)

      >たとえば洋食メニューが好きな人には和定食メニューを無理には勧めないとか

      そうです.そこまでは述べませんでしたが,特定の料理ジャンルを推奨するなどとは全く言っておりません.
      この個別化指導では,料理のジャンルには何も注文はつけません. それこそ個人の食嗜好なのですから. 毎日 中華料理だけを食べていても,それで 明らかに極端な栄養の過不足がないのなら 何も言わないことになります.

      従来の食事指導・栄養指導では,毎日 和食を食べている人には 何も指摘せず(どころか賞賛し),毎日洋食を食べている人には 根拠薄弱の指導(食の欧米化=悪の食事)を行ってきました.
      しかし,この『個別化指導』,というよりは『個別化アドバイス』では,『あなたの食事スタイルは否定しません. ただ栄養の過不足に気をつけてください』 これだけなのです.

      > 栄養素の比率まで個別化を容認してくれるのか

      では,何を『栄養の過不足』の基準とするのか,と言えば,『日本人の食事摂取基準 2020』だけです. そして『摂取基準』には相当の幅がありますから,各栄養素が上限~下限の範囲内であればよしとしています.
      したがって炭水化物カロリー比率は 50-60%を目標としています.こう書くと糖質制限食を許容していないように受け取れますが,しかしながら内容を見ると,たとえば穀類は(全粒穀物リッチを推奨しつつ)150-300g/日を許容範囲としています.『摂取基準』では 成人男性の1日必要カロリーは 2,300-3,050kcal/,成人女性では 1,750-2,350kcal/日なので,穀物のカロリー比では 男性で最小 20-26%,最大でも 39-52%と,むしろ糖質制限食を推奨する方向です. さらに『砂糖入り飲料』の許容量は 0g/日としています.

      なお,患者の食事内容の把握にあたっては,BDHQなどの質問票を用いていますが,自己申告の信頼性は一般に低いこと,そして普通の人は『昼食に昨日食べたものは 今日は食べない』などと変動が激しいことは当然のこととしています. ですから相当長期の食事記録から,(さらに過少申告なども勘案して) 真の平均摂取量を推測することが重要とも述べています.

  2. highbloodglucose より:

    >したがって炭水化物カロリー比率は 50-60%を目標
    >穀類は(全粒穀物リッチを推奨しつつ)150-300g/日を許容範囲
    >穀物のカロリー比では 男性で最小 20-26%,最大でも 39-52%

    この相反する部分をどう指導するのか?ですね。
    穀物は150gでも許容するけれども、そのかわりに芋やカボチャ、糖質多めの豆類、果物などで炭水化物を摂ることを推奨されるのでしょうか。

    たとえば、病院食では1,400kcal設定だと白米140g/食なので、穀物のカロリー比は45,7%です。
    ここに、おかずのじゃがいもやかぼちゃ、マカロニ(!)、果物に牛乳200mlなどの炭水化物が加わるので、最終的な炭水化物のカロリー比は60%近いと思います。

    「穀物は少ない場合はじゃがいもやさつまいもを主食として食べなさい」と指導されるのは、ちょっと困っちゃうなぁ…

    • しらねのぞるば より:

      はい,口演での説明では,それ以外にも 矛盾点・疑問点は多数あります.発表後の質疑で,指導方法の詳細に質問が集中したのも当然です.

      『数値を押し付けるのではない』と言いつつ,スライドの1枚では 多数の栄養素について摂取基準の記載値(2020年版ではなくて2015年版でした)をズラリと並べて目標値として示していましたから. もっとも このスライドについては『目標はこうなっています』の一言だけで 他に説明はなく,すぐに次のスライドになりました.

      そこで,この一般口演だけではなく,佐々木先生の講演を もう一度聞いてみると(WEB閲覧なので 何度でも聴けるのは便利),こう述べていますね.

      ・摂取基準で採用している目標値は あくまでも目標値であり,
      ・しかも BDHQ質問票の精度は 高くない.
      ・したがって数値をあまり強調せずに,(目標範囲に対して)青か黄色か赤かに分類して,短い時間の中で まず青の項目をほめたうえで,赤になっている項目で,重要だと管理栄養士が判断したもののみを指導する.

      と述べていました. 手法はまだ手探りという状態なのではないでしょうか.

      なお,口演発表された慈恵医大病院との共同研究は,論文になって in print とのことですから,近日中に詳細がわかると思います.