別館記事にも書きましたが,
『これこれのエビデンスがあるのだから,私の主張は 絶対に正しい』
というのは間違っています.
たいていの場合,『AはBである』というエビデンスがあれば,その反対の『AはBではない』というエビデンスもあるからです.つまり,
エビデンスとは,それほど決定的でもなく重いものではない
[なぜなら かっぱエビせんはカル(軽)ビーだからw]
というのが前回記事でした.
【エビデンスをやたら振り回す人ほど 実はEBMを理解していない】というのがぞるばの持論ですが,エビデンス過信と並んでやっかいなものが,『似非(えせ)医学』または『ニセ医学』です.ただし こちらの方は マスメディアでセンセーショナルに報道されることはあまりないので,影響力はしれています.しかし,その内容は『誤解されたEBM』よりもはるかに有害です.
ニセ医学とは
最近出版されたこの本を読んでみました.
私はこの本に書かれていることすべてに賛同するわけではありませんが,ニセ医学の特徴がわかりやすく表現されています.
この本で紹介されている「ニセ医学ハマリ度チェック」を見ると;
- 合成添加物を毛嫌いし,レトルトやインスタント,冷凍食品は食べない
- ワクチンを打たない,子どもに打たせない
- 皮膚炎がひどくなってもステロイドは絶対に使わない,子どもにも使わせない
- 出産後は完全母乳にこだわる
- 必要以上に放射能を怖がる
- 電磁波を嫌う
- 以上の6項目を自分が気をつけるだけでなく,周囲にも押し付ける
一つでも該当すれば,ニセ医学にはまっているとのことです.そうでしょうね.
著者は,ニセ医学にハマっている人は『ヒステリックな自然派だ』と断じています.このような人は「意識が高い」のではなくて,「意識高い系」なのだそうです. 両者の違いは,「意識が高い」人は向上心と責任を「自分に向けよう」とするのに対して,「意識高い系」の人は「周囲も同調させようとする」特徴があるとしています.
そういえば 自分が放射能を恐れるあまり,なんでもいいから伊方原発を止めるための口実として 9万年前の阿蘇山噴火記録を持ち出した裁判官がいましたが,九州の阿蘇から130knも離れた四国の伊方原発にまで火砕流が到達するような大噴火が起こったら,原発どうこう以前に九州は全滅だろう,という理性はこういう人には関係ないのです.
いいところに目を付けてますが
自然に対して 漠然とした信頼感・親近感を抱く人は多いでしょう. 私も生まれ育ちは田舎ですから,『自然のままが一番』というその気持ちはわかります.だからこそ,ニセ医学はそういう人の素朴な考えにつけこんで,金儲けをたくらむわけです.
ニセ医学の手法
『いいかげんな情報に振り回されているのではない.権威ある医学雑誌に掲載された論文にそう書いてあった』
というのもよく主張されますが,しかし,最高の権威がある医学雑誌の論文でも大嘘が堂々と掲載されるのは,ディオバン(バルサルタン)事件[PDF]を見れば明らかです.
『ラットに遺伝子組み換え食品を与えたらガンになった』という論文は,実は腫瘍発生率は対照群と有意差がないことがバレて既に撤回(Retracted) されています.
この論文が発表された時には新聞・テレビ・健康雑誌などのメディアで大々的に報道されました.いまでもネットにこの論文を掲載しているところもあります. しかしこの論文は誤りであり,撤回されたという事実は決して報道されません.
騙されているとは思わない
ニセ医学に傾倒する人には,「自分の信念にフィットする情報しか取り込まない. ニセ医学に疑問を抱かせるような情報は積極的に排除する」というバイアスがかかっています. もちろん,これは誰にでもある傾向で,私自身もそれはあると思っています. ですので,以前ホリデー様のブログにも取り上げていただいたように,あまりにも断定的な主張をしている論文を読んだ場合,私は努めて それと正反対の主張をしている論文を探して比較します(ほとんどの場合,すぐ見つかります).
ニセエビデンス
もちろん,ニセ医学は 『エビデンス』,つまり 医学論文の体裁を装って いかにもそれらしく『エビデンス』を掲げます.
パッと見た目には,以下にも真面目なことが書かれているような印象を与えます.
しかし,そういった『ニセエビデンス』論文には,簡単に見分けられる 明らかな特徴があります.
Limitationがない
Limitationとは,医学論文の本文末尾に書かれるのが通例で,その論文の『限界』を意味します.
その論文が 単なる主観的な思い込みで結論を出しているのではないことを示すために,『本研究は,対象者が少ないので,結論に普遍性があるとまでは言えない』『対象患者群には,過去に~を服薬していたかどうかが不明の者が混在しているので,結論に影響を及ぼした可能性がある』などと,論文の著者自らが,それまで本文で述べてきたことに対して,徹底して欠点・短所をあげつらいます.批判・検証の余地があることを わざわざ提示して,より客観的な視点で真実に迫ることをめざす,これが科学者の態度です.
しかし『ニセエビデンス』『ニセ論文』には,そういったLimitationは記載されません.あるいは 体裁としてはLimitationを装っていても,文章を読むと たくみに自己批判を回避しています.
サクランボだけつまむ
レビュー又は総説という形式で,『これは万能の治療法だ』と主張するものもあります. 膨大な引用文献を示して,あたかも世界中の医学論文が自説を支持しているかのような印象を与えます.
しかし,そこで引用されている文献の原文にあたってみると,自分に都合のよいところだけをつまみ食いして引用している(cherry-picking)ことに気づきます.
こういったcherry-pickingについては,highbloodglucose様が具体例をあげて詳細に解説しておられます.
医学は宗教ではありません
私は宗教は否定しません. どころか敬虔な浄土宗門徒です.宗教であれば,『すべての人(衆生)があまねく救われる』と説くことは当然です.そうでなければ宗教は成立しません,宗教とは,人を悩みから解放し 魂を救うものなのですから.
しかし,この記事[別館]にも書きましたように,現実世界を善と悪とに二分し,善を信じ悪を捨てれば,つまり ニセ医学が説くことを信ずれば必ず無条件に救われるというのは有害無益です.
医学の世界においては,宗教と異なり『すべての人があまねく救われる唯一の方法』などないのです.人間の個人差はあまりにも大きいので,『誰にでも必ず効く薬』はありません.ありふれた殺菌剤・消毒剤ですら,人によっては有害なこともあるのが現実です.理想をかかげることの意義は否定しませんが,理想を願うあまり現実が見えなくなれば 結果は悲劇でしょう.
『誰でもこの方法を実践すれば健康になれる,病気が治る』に騙されないようにしましょう.
Limitation:
なお,皆様も,しらねのぞるばに騙されないようにしてください. ただのイチビリおじさんなのですからw
コメント
エビデンスに基づくことは正しいと思います。お医者さんが自ら経験して「これはいける!」と自信を持って提供している場合もありますね。
確かに、何もしていないよりは確信を持てますが、それでも個人の体質や腸内環境や生活環境で差は出ると思います。自分の花粉症によく効いたからと、患者さんに同じものを勧めても、効果は人によりますね。「治してあげよう!」という気持ちはありがたいですけどね。
>お医者さんが自ら経験して「これはいける!」と自信を持って提供
その場合は,文献だけ読んで確信するエビデンスよりはたしかだと思います. ただ なまじ自分で効果を確認したので,すべての人に有効だと思ってしまう危険性もありますね.