統計の波に埋もれて

統計的に有効と証明されています

[EBMとはその2]の最後で,【その効能は『統計的に』立証されたものです】と書きました. ここではその『統計的に』とはどういうことなのか,という話です.

全体と個別

ある薬の臨床評価試験で,HbA1cが 7.0~10.0の糖尿病患者を100人集めて49人にはその薬を,残り51人にはその薬と見かけはそっくりだが薬は入っていない錠剤(偽薬=プラセボ)を半年間服用してもらいました. 投与する医者も投与される患者も,自分はどちらを渡されたのか知りません(二重盲検法).
試験前とその半年後に,全員のHbA1cを検査したところ,本物の薬を飲んだ49人は 平均で 8.7% → 8.1%と低下しました.偽薬の51人の平均は 8.5% → 8.4% でほぼ変化なし.この結果は明らかに差があり,この薬が『血糖値低下効果がある』と判定されたことに誰も異論はないでしょう.

しかし,人間は,工場で大量生産された均一な工業製品ではありません. 不揃いな製品です. なので,条件をそろえて同じような人達に集まってもらい,同じ薬を同じ期間 服用してもらっても,結果までピタリと同じということはありません. 実際はこういう具合でした(実際の論文から,著作権の関係で元のデータを改変しています).平均値を出すのに使った,参加者全員の 試験前・試験後のHbA1cの個人別の変化をグラフにしたものです.

一目瞭然,よく効く薬といっていいでしょう.特に一番効いた人は 9.3%から5.3%と,なんと正常値にまで下がっています.すばらしい薬です.ですが,さらにこの図をよくみてください.

ごく少数(2人)ですが,かえって悪化してしまった人がいます. もちろん,この2人に明らかに試験条件を狂わせるような事件があったのなら,試験から除外して考えるのですが,単に『効きの悪い人がいた』だけであれば,『都合の悪いデータを隠した』と言われないように,計算に含めます. 計算に含めても,【統計的には】この場合は有効であった,という結論は変わりません.100人中100人の血糖値が下がることを要求したら,新薬など永遠に出てきません.

統計とは『全体としてみれば』の意味

薬効を統計的に評価する,とはこういうことなのです.効く人も,ほとんど変わらない人も,かえって悪化した人もいたが,平均的には効果が出ており,データのバラツキ(標準偏差)を考慮しても,データ全体を計算して非投与群に比べて有意に効果があれば,『効いた』と判定されます.そして,このことを持って

この薬の有効性にはエビデンスがある

としています.

エビデンスは,あなた個人にとっての『証拠』ではありません

highbloodglucose さんのブログ記事『仮想世界とリアルワールド』で述べている通りです. 医者は,それが統計的にみて効果があったものであるということは十分認識しています(と信じたい). 人によってバラツキもあることもよくわかっています(と信じたい).ただ,今 目の前で診察室の椅子に座っている【この患者】が,薬効試験で,『よく効いた人』なのか,『まるで効果なし』のどちらに該当するのかはわかりません.よって,確率に頼ってとりあえず多数のデータで『統計的』に効いたといわれる薬を試すしかないのです(★).

(★)確率に頼って
EBM は別名『ヤブ医者 撲滅機』とも呼ばれています.どんなヤブ医者でも,とんでもない間違いをする危険性を回避できるからです.

統計の基本をわきまえているかどうか

ただし,不幸にしてこの患者にはその薬が効かない,あるいはかえって悪化している,と判明した時に,

  • 直ちに別の薬に切り替えてみるか,
  • あくまでも『いや,これは権威ある雑誌で【エビデンスがある】と書いてあったのだから,そんなはずはない』と固執するかは,

その医者が統計というものをどこまで理解しているか,それ次第です.
[EBMとはその4]に続く

コメント

  1. あじふらい より:

    こういう試験の結果とか見ると気になるのは、薬を使った期間しか見えないってことです。
    試験後に薬から離脱することで下がったHbA1cがまた元に戻ったとか個人の追跡も含めた結果があればなあと思います(´・ω・`)
    特に二型糖尿病の場合、個人の努力や不摂生でHbA1cのコントロールもそんなに難しいわけでもないし。

    • しらねのぞるば より:

      あじふらい 様;

      コメントありがとうございました.

      あじふらい様のブログ,特にテーマ『糖尿病について』の記事を読みました.
      第一印象としては,

      – まだ年もお若い.
      – 基礎インスリン分泌が低めとはいいつつ,空腹時血糖値は十分下がっている.
      – 平日昼食後の食後血糖値が長く尾を引くのは,追加インスリン分泌がやや少ないこともあるでしょうが,外食なので脂質多めが影響しているのでは

      などと感じました. ただ私だったら悶絶しそうなほどの糖質を摂っても,血糖値が上がらないのは,インスリン分泌不足を補ってあまりあるインスリン感受性が備わっているのかもしれません.

      >試験後に薬から離脱することで下がったHbA1cがまた元に戻ったとか個人の追跡

      学会の症例報告では.特にひどくなったケースだけが取り上げられるので,必ずしも全体像ではないのですが,治療 → 寛解 → 放置 → 悪化 → 治療 を繰り返す人は,何度でも繰り返すそうです.反面,再発しない人ももちろん多いわけで,これをみると

      >HbA1cのコントロールもそんなに難しいわけでもないし

      それが「そんなに難しい」人も現実にはいるということでしょう.

      なお,75歳以下の日本人1413名の糖負荷試験で,2峰性のカーブの人は曲線下面積が小さく,インスリン抵抗性で調整してみると,1峰性の人よりも膵臓β細胞機能は良好であったと報告されています.(糖尿病学会 2014年 1-6-21)

  2. あじふらい より:

    あああ、ありがとうございます。
    まさかブログに目を通していただけてたとは。
    二峰性の自分にはとても希望が持てる情報です。

    治療 → 寛解 → 放置 → 悪化 → 治療 の長期的な追跡ももちろんなんですが、
    薬効の調査としての追跡があると薬の効果が感じられて嬉しいなあ、というコメントでした。
    試験だし頑張った、とかありそうじゃないですか。
    特に新しい薬出された、なんてあったら危機感感じてトレーニング強めたり、食事制限強めたりとかって割とあることだと思います。

    そういうのの効き目って、試験終わった後に試した薬がない状態で元に戻るか、下がり続けるか、なんじゃないかなあという考えです。
    元に戻るなら薬の効き目があったってことでしょうし、薬やめても同じなら本人の努力とか不摂生だったんじゃないかなという見分けができるように思えます。

    • しらねのぞるば より:

      なるほど. そういう視点で報告を読んだことはありませんでした.
      少し調べて,記事にしたいと思います.
      ありがとうございました.