同じ土俵で議論しよう
前回までの記事で見てきた通り,2012年に 初めて学会の公式の席上で,『糖質制限食』か『カロリー制限食』(エネルギー制限食)かという論争が行われました.
それ以降 何度かディベートやシンポジウムで,このテーマが取り上げられてきました.
しかしその論争は,『カロリー制限食』を推奨する人が『糖質制限食のリスク』を指摘したり,『糖質制限食のエビデンス』の提示を求めるというパターンがほとんどでした.
ところが2015年の学会で『ユネスコは和食を健康食として推奨したというのは誤りだ』という趣旨の講演会が行われたあたりから,議論の様相は変わってきました.
つまり,それまで糖質制限食に対して投げつけられてきた疑問文を,そっくりそのまま『食品交換表』=『炭水化物60%のカロリー制限食』に対してぶつけてみると,どうなのかというパターンです.
『糖尿病食事療法の新たなエビデンスを求めて』(2016年 第59回日本糖尿病学会 シンポジウム17)というタイトルが典型的ですが,
糖質制限食であれ,カロリー制限食であれ,一方的に議論するのではなく,両者にどれだけのエビデンスがあるのか,同じ基準で公平に議論しよう
という流れになってきたのです.
糖質制限食では,北里大学の山田悟先生が精力的に 糖質制限食の学術論文データを多数示しました.
ところが
カロリー制限食は強く推奨されてきたのに,その有効性を示す『エビデンス』がどうであったかといえば;
「糖尿病診療ガイド ライン」では,「食事のなかの炭水化物を 50~60% エネルギー,たんぱく質 20% エネルギー以下を目安として,残りを脂質とする.」と記載している.
第59回日本糖尿病学会 シンポジウム26『これからの食事療法の展望
[中略]
しかし問題点の一つとして,現状では各栄養素についての推定必要量の規定はあるものの,相互の適正比率を定めるためのエビデンスには乏しい点が挙げられる.すなわち,前述の栄養素バランスの目安は,,今のところ健常人の平均摂取量に基づいているにすぎない
ガイドラインに『適正である』と記載している炭水化物/脂質/蛋白質の比率は『エビデンスには乏しい』と文書で認めざるをえなかったのです.しかし,『炭水化物60%』は食品交換表で推奨する『唯一正しい糖尿病の食事療法』の根幹であったはずです.そこにエビデンスがないというのであれば,その他の疑問点にどう答えられるというのでしょうか?
北里大学の山田悟先生が 学会で『立場の逆転』という挑戦的なタイトルで講演を行ったのも,まさにそれが理由でした.
防衛ライン
すでに『カロリー制限食』に対しては,多くの疑問が寄せられていましたが,重要な2つの『説明要求』に対して,満足な回答が提示されませんでした.
そして,3本目の矢が決定的になるのです.
[50]に続く
コメント
>「食事のなかの炭水化物を 50~60% エネルギー,たんぱく質 20% エネルギー以下を目安として,残りを脂質とする.」
これはエビデンス(証拠)ではなく、コンセンサス(合意)で決まったものと思います。合意と言えばまだ聞こえは良いかもしれませんが、想像するにきっと声が大きい権威に流されただけでしょう。
そしてその比率は、多くの健康(何をもって健康と言うのか定かではないので、ここでは明らかな病気ではないと言う事)な日本人の平均値と言うだけで、それが本当に健康的な食事かどうかは全く検討されていないと思います。まして糖尿病患者の治療食として健常者と同じものを食べろと言うのは全くもってナンセンスとしか言いようがありません。百歩譲ってそれが健康維持食であったとしても治療食としての評価なんてやっていないに等しいでしょう。その結果が、糖尿病患者、糖尿病性腎症の透析患者の増加が未だに止まらないと言う事実に表れているのだと思うし、近年の医療はEBMであるとしきりに言われている事について日本糖尿病学会はどう説明するのでしょう。行き過ぎたEBMにも問題はあると思いますが、全くないのはさらに問題でしょう。
> 日本人の平均値と言うだけで
そもそもここからしておかしいですよね.『日本人男性の足のサイズは 平均25.5cmだから,すべての日本人男性は25.5cm以外の靴をはいてはいけない』と言っているわけですから.
小説より面白いストーリー展開です。
次回が待ちきれません。
このブログでも名前が出てくる山田悟先生のゆるい糖質制限が気になっています。
沢山の厳しい論文を発表している先生が中途半端な糖質制限にとどまっています。
もしやと思いワセダクロニクルで製薬会社からの援助金額を調べました。
2016年 750万円
2017年 640万円
なんとなく納得できました。
ご愛読ありがとうございます.
実は この連載に書き連ねてきたような学会内部の動きがなんとなくわかってきたのはつい最近のことです.
学会に参加した時の講演抄録集や当時の聴講メモを こうやって時系列で整理してみると,当時は理解できていなかったのですが『あの時の講演はこういう意味があったのか』などと実感できました.
北里大学の山田先生ですが,学会のDiscussionや講演での発言からすると,糖質制限食における糖質の量については,実はそれほど『緩く』する必要はないと考えているようです. ではなぜ『緩い糖質制限食』を提唱しているのかといえば,血中ケトン体濃度の安全ラインがどのあたりなのか まだ十分なデータがないことから,とりあえず ケトン体が600μmolを越えないレベルで態度保留している段階なのだと思います.
カロリー制限食を舌鋒鋭く批判するのも,緩い糖質制限食を提唱するのも,常に膨大な文献を参照したうえで そうしています. 徹頭徹尾 山田先生はエビデンス主義なのです.ですから,ご本人も述べていますが,『ケトン体について新たなエビデンス』さえ出てくれば,更に一歩踏み出すのではないかと思います.
> 徹頭徹尾 山田先生はエビデンス主義なのです
言い換えれば、他人の実験を並べ立てているだけの人です。
他人の実験を土台にして仮説を立て、問題を解決するタイプではありません。
江部先生や清水先生とは大違いです。
山田先生の話がつまらない理由が納得できました。
これなら製薬マネーを受け取っても倫理観は損なわれないのでしょう。
その点については,私は意見が異なります.
山田先生は,文献だけを参照して評論しているのではなくて,自らも糖質制限食の Random Cohort Trial 試験を行い,学術誌に報告しています.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/internalmedicine/53/1/53_53.0861/_pdf
https://www.mdpi.com/2072-6643/10/5/528/pdf
そして,2019年に日本糖尿病学会が発行した『糖尿病診療ガイドライン 2019』にも,それらをエビデンスとして引用させています(下記;文献番号40).文句のつけようのない試験データを出せば,学会もさすがに拒否はできなかったのでしょう.
http://www.fa.kyorin.co.jp/jds/uploads/gl/GL2019-03.pdf
学会の中でも糖質制限食に否定的な人は,何をどう云おうと意見を変えないでしょう.
しかし学会では 中立的立場で様子見をしている人の方が圧倒的に多いと思います.その人たちを 着実に説得して多数派にしていくには,もどかしく感じるかもしれませんが,誰もが納得せざるをえない科学的手順を踏む必要があるからです.
>その人たちを 着実に説得して多数派にしていくには,もどかしく感じるかもしれませんが,誰もが納得せざるをえない科学的手順を踏む必要があるからです.
⇒ 体制内で多数派を占める多量糖質必須派を動かすのは、いかに大仕事であるか、現役時代を開発技術者として過ごした私もよく理解できます。
紹介頂いた論文はpdfなので、翻訳ソフトが自動的に動かないため、私には読む気が起きません。(画期的な内容であれば、ひと手間かけて翻訳します)
ゆるい糖質制限は、今、糖尿病で困っている私には間に合いません。
したがって、私にとっては、山田先生の論文は無意味です。
実際に自らRCTを実施していたのであれば、製薬マネーは必要だったと理解しました。
山田先生が本物の糖質制限を体制内で実現したとき、「ゆるい糖質制限から本物の糖質制限が必要になると考えた過程」の理屈付用論文が発表されることを楽しみにしています。
>翻訳ソフトが自動的に動かない
この報文とほぼ同内容の症例報告が日本糖尿病学会でも発表されています. ただし,症例報告ですので,カロリー制限食を対象群としたRCTではありません.
糖質制限食指導の有効性の検討
第56回 日本糖尿病学会 口演 I-9-1
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/56/Suppl/56_S-117/_pdf/-char/ja (PDF; p.12)
糖質制限食指導の有効性の検討(2)
第57回 日本糖尿病学会 口演 III-22-5
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/57/Suppl/57_S-376/_pdf/-char/ja (PDF; p.68)
糖質制限食指導の有効性の検討(3)
第58回 日本糖尿病学会 口演 II-20-3
https://www.jstage.jst.go.jp/article/tonyobyo/58/Suppl/58_S-226/_pdf/-char/ja (PDF; p.43)
>山田先生が本物の糖質制限
『本物の』糖質制限食という意味がわからないのですが,この記事にも書きましたように;
https://shiranenozorba.com/2019_11_25_hepatic-index-vs-diabetes-suppl-2/
耐糖能は人それぞれであり,また連続的に分布しているでしょうから,1日のいかなる時でも血糖値180mg/dl(できれば140mg/dl)を越えないように,すなわちその人の耐糖能限界を越えないように,糖質摂取量を自己管理するのが『適切な』糖質制限食だと思っています.
実際 私はほぼ100g/日でこのような血糖コントロールを維持できています
https://shiranenozorba.com/2019_03_12_change-profile/
またこのブログによくコメントをいただく西村様は 良好な血糖コントロールを維持するためには 糖質~40g/日のレベルが必要だそうです.
人によって異なるのは当然ですね.
>ケトン体が600μmolを越えないレベルで態度保留している段階
山田医師はサッカーの長友選手のファットアダプトと言う食事法のアドバイザーをしています。
これは、食後血糖値が140を超えないぎりぎりの糖質を摂取して、瞬発力と持久力の両方を獲得しようと言う食事法ですが、いろんな記事、著書からの私の想像では180g/日程度の糖質量ではないかと思います。
山田医師が一般に推奨するロカボ(130g/日)よりもはるかに多い糖質量です。
ただし、アスリートですからそれくらいの糖質はすぐに消費するはずですし、そうなると後はケトン体エネルギーと言う事になります。
私の経験上、ケトン体濃度(βヒドロキシ酪酸)が1000~1500μmol/L以上になるとパフォーマンスの向上が感じられます。体が非常に軽く感じ、疲労感が激減します。
したがって、長友選手もそれ以上のケトン体濃度を維持しているのではないかと容易に想像できます。
山田医師監修の元、600μmolよりもはるかに高い濃度を維持しているわけです。
ただ、その辺の数値は、企業秘密なのか中々お目にかかれないのが残念です。
因みに山田医師はロカボをケトン体を産生しない糖質量と説明していますが、それは600μmol/Lを越えないと言う事なのでしょうか。
通常、総ケトン体上限は120μmol/Lとされていますが、山田医師は600μmol/Lを正常上限値と考えていると言う事なのでしょうか。
600μmol/Lは意識的に上げないと達成できない数値です(私の場合)。スーパー糖質制限(私)でも脂質が少ないとそこまで上がりません。
経験上、スーパー糖質制限でかつ脂質70%以上の食事でないと得られない濃度です。
参考までに糖質制限していない息子の起床時のケトン体濃度(βヒドロキシ酪酸)は300μmol/Lでした。
>>ケトン体が600μmol
これは 山田先生がそこで判断しているという意味ではありません. そのような判定基準が明確になっているのなら,すでに エビデンスとして採用しているでしょうから. 何かの講演で,米国のケトン体測定器では 600μmolでアラートが出る,と話しておられただけです. 実際 日本でも世界でも,だれにとっても 健康上問題のないレベルの血中ケトン体濃度というものは,現時点ではまったく不明でしょう. 断食中は相当ケトン体濃度が高くなりますが,一方で 正常血糖値ケトアシドーシスでは,もっと低い値でも症状が出るそうです.
私の空腹時のケトン体濃度はフリースタイルプレシジョンNEOの測定チップでは 100~300μmolくらいですが,測定点数が少ないので,いつもこうなのかは不明です.