食事療法の迷走[35]前哨戦

2012年 日本病態栄養学会

2012年1月 京都で 第15回日本病態栄養学会 年次学術集会が開催されました. この学会に あまりなじみがない方がおられるかもしれませんが,主として栄養士,管理栄養士,及び 栄養とかかわりが深い疾病(★)を専門とする医師が参加している学会です.

(★) 栄養とかかわりが深い疾病= 高血圧・高脂血症・糖尿病・肥満など,生活習慣・食習慣が大きく影響する病気. また 癌・高齢者・手術後患者など栄養ケアが必要な人への栄養療法も含まれます.詳細は学会ホームページをご覧ください.

ワークッショップ2 【食品交換表とカーボカウント】

この学会の第1日目にこのタイトルでワークショップが行われました.ワークショップ Workshopとは,ここでは『作業部会』ぐらいの意味でしょうか. 各自がそれぞれの意見を持ち寄って,効率よく議論を進めようというわけです.

この件名だけを見ると,前年の5月に 大阪で開催された 第52回日本糖尿病学会のシンポジウム『食事療法の新たな展開~食品交換表とカーボカウントをめぐって~』 とほとんど同じです.それからわずか8か月後に,ほぼ同じ名前の討論会が行われたことになります.

しかし,その講演内容は かなり違います.

ワークショップの議題

このワークショップでは,5本の講演が行われました.

  • 食品交換表にカーボカウントの考えを導入すべきか,
  • 導入するのであればどういう形が適切か,

糖尿病患者が,食事を食べる前に,食事中の炭水化物(糖質)の量を あらかじめ自分で見積もることができれば,ある程度は食後の血糖値を予測できる. このカーボカウント法を従来の食品交換表に記載して,患者に指導すべきかどうか,というテーマです.

それぞれの演者が意見を述べています.当日は私も聴講していました. 6本の講演を 私が勝手に内容を解釈して,分類するとこうなります.

【賛成意見】

カーボカウントによる血糖コントロールの効果はあるのだから,食品交換表に組み込むことに賛成という意見です.

近年の糖尿病食事療法の話題の中で,カーボカウントは炭水化物のみをコントロールする,食品交換表はエネルギーとバランスをコントロールするというように,それぞれ独立した食事療法と考えられているように思います.実際には,食品交換表を指導するうえで,カーボカウントの概念,が栄養指導の導入として取り入れることが出来ますし,患者のQOLを向上させることができます.
また,2型糖尿病患者の初期指導にカーボカウントの概念を説明しておくと,将来インスリンを導入する際にもインスリンと食事の関係性を説明しやすくなります.また,インスリンを自己調整しにくい高齢者や経口血糖降下薬で血糖コントロールを行う場合,カーボカウントの概念を取り入れて食事の食べ方を工夫することで,インスリン量や経口血結降下薬量を調節することも可能となります.

第15回日本病態栄養学会 WS2-4

【条件付き許容】

カーボカウント法を食品交換表に組み入れることには賛成だが,注意も必要という意見です.

しかし最近は,食後血糖は,食事中のエネルギーではなく炭水化物量によって決まっているということに着目した「カーボカウントJの有用性が少しずつ認められるようになってきました.
カーボカウントの問題点は,まず第1に,自由に何を食べてもよいと言うことを強調しすぎると,過食に陥る危険性があると言うことです.第2には栄養バランスの偏った食事になる危険性です.世間では,低炭水化物ダイエットが流行していることもあり,極端に炭水化物を制限する風潮があるため注意が必要です.そのためにも食品交換表の利点に,カーポカウントの有用性を追加するという使用法が,カーポカウントの上手な運用法のーつと言うことができます.

第15回日本病態栄養学会 WS2-2

糖尿病治療薬の新時代の幕開けとも称されるインクレチン関連薬が登場し,期待を集めている.
しかしながら,たとえば,どのような食事をしてもカロリー相当の血糖上昇に見合って血糖を下げてくれてそして低血糖をおこさない薬とか,食事時間がいつもよりたいへん遅くなっても低血糖をおこさない薬とか,食事内容が大きく変わっても血糖上昇を抑えてくれるとか,低血糖をおこさないとか,このような万能の糖尿病治療薬は,残念ながらいまだ存在しない
したがって,カーボカウントの注意点についても留意しつつその利点を活用すべきだ

第15回日本病態栄養学会 WS2-1

【反対意見】

カーボカウントの効果を否定はしないが,食品交換表に取り入れることには反対という意見です.

食品交換表にカーポカウントを加えることの是非について述べる.
1)カーポカウントの考え方は1993年に米国の1型糖尿病に対するDCCTで食事療法指導に用いられた.肉中心の米国と日本では食文化も大きく違い,日本では米国に比べて食事内容が豊かで多くの食品を摂取しており,炭水化物の摂り方も大差がある.
2)カーポカウントはインスリン治療者により有効と考える.糖尿病患者の90%以上は2型糖尿病で,60~70代が最も多い.2型糖尿病ではインスリンで治療している場合もあるが,恐らく20%程度と思われ,1日1回のBOTが多いのでカーポカウントの,適応は極めて少ないと思われる.2型糖尿病は不適正な生活習慣によって惹起された症例が殆どで,適正なエネルギー量の食事で十分コントロールが可能である.カーボカウントを加えて複雑になった食品交換表による食事療法はむしろ理解が得られにくいと考える.
3)食品交換表の特徴は食品の中に主に含まれる栄養素によって4群6表に分けられて,l単位が80kcal,栄養素の平均含有量が示されている.個々の食品でみると平均栄養素含有量はでは可なりバラツキがある.多くの食品をとることによってほぼこの値に近づ.く.表1の食品でも吸収に差があるので,一律にカーポカウントのみをよりどころにすることもできない.
4)カーポカウントに固執して,栄養のバランスが悪くなることも考えられる.たんぱく質や脂肪を多く摂れば見かけ上は血糖値が下がり糖尿病が良くなったように思われるかもしれないが,長期にわたると腎症など糖尿病合併症の発症や進展が危惧される.
5)食品交換表は1965年に初版が出版され,その後成分表や社会的な変遷によって改訂を進めてきている.また,2008年には医学書院に対し食品交換表は糖尿病学会が著作権を有していることを裁判で明らかにしている.この食品交換表の概念を変更すると著作権上も問題と思われる.
以上からカーポカウントは否定しないが,食品交換表にカーポカウントを導入する必要はなく,食事療法指導の手引に記載すればよいと考える.

第15回日本病態栄養学会 WS2-3

5本の講演で,すべての登壇者がカーボカウントの効果=血糖コントロール,特に 食後高血糖の抑制効果は認めています. ただし,

  • カーボカウント法を食品交換表に記載して,積極的に患者に進めるのか,
  • 記載はするが十分な注意(=指導など)が必要という条件を付けるのか,
  • それとも食品交換表への記載すら反対するのか,

この3通りの意見が出されました.

どの意見も 糖尿病患者の食事療法で効果を上げたい(★)という方向そのものは同じだとしても,上記の通り その推奨度合いには大きな差があります.

(★) ただし,最後の意見で,『食品交換表の著作権にかかわるから反対』という意見は どういうことなのでしょう. 『学会の著作権』と『患者の生命』とを天秤にかけて比較するという感覚は不可解です.

この学会の前年の日本糖尿病学会では,食品交換表にカーボカウントを取り入れることに対して,大きな意見の隔たりはありませんでした. しかし,この時点で意見の『対立』が明らかになってきました.

なぜ,こうなったのでしょうか? それは,このワークショップの翌日,日本の学会では 初めて公式席上で【糖質制限食は 是か非か】をテーマとしてとりあげるディベートが予定されていたからなのです.

このワークショップ討論は,翌日のディベートの前哨戦だったのです.

(C) acworks さん

[36]に続く

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