食品交換表のコンセプト
この記事にも書きましたように, 昔は医師と患者の関係は 上下関係でした.『病気のことはお医者様の言う通りにしていればいい』だったのです.
その点では食品交換表も同じコンセプトです.
糖尿病の食事療法について,患者は『なぜ?』という難しいことは理解しなくていいから,『とにかく食品交換表にしたがっていればいいのです.やり方だけはくわしく説明してあげますからね』というわけです.
ところが前回記事の通り,糖尿病患者は無条件・一律に従うべしとしてきた食品交換表について,果たしてそれでいいのかという疑問が医師からもあがるようになってきました.
なぜならば,食品交換表では,下記のように『カロリーの交換』だけが強調されていますが;
- カロリーが同じなら健康への影響も同じ,
- カロリー過剰は肥満を招く
- よって カロリー過剰にならないように,脂質をできるだけ減らすべき
食後 急速に血糖値を上げるのは糖質なのですから,食後高血糖の観点からは『交換可能』とは言えません.食パン30gと鶏肉80gは,共に1単位=80kcalでカロリーは同じです.しかし,食後血糖値はまるで違うのだから,この2つを『交換可能』とするのは変です[★].
[★] 余談ですが,『カロリー=血糖値』と誤解している糖尿病患者は現在でも多いようです.この学会発表では;
糖尿病罹病期間の長い人,すなわち 昔 食品交換表の教育を受けた人ほど,『カロリーの高い食品は血糖値を上げる』と信じ込んでいた人が多いと報告されています.
一方,糖尿病罹病期間の短い人,つまり最近 糖尿病を発症して,したがって 最近になって栄養指導を受けた人では そのように誤解している人は少なかったので,カーボカウントをスムーズに実行できたという報告です. 教わった方の理解不足もあるかもしれませんが,昔は 『揚げ物はカロリーが高い=糖尿病によくない』を強調していたので,『揚げ物は血糖値を上げる』と教えていた可能性はあります.
漫然と投薬はできない
- DCCT研究で,カーボカウントをよく実践した人は,血糖コントロール成績が良かったこと,
- そしてACCORD研究の衝撃的な結末から,薬やインスリンにより力づくで血糖値を下げることの危険性が明らかになったこと
この2つから(そして,それ以外の多くの大規模試験結果からも)血糖コントロールの重要性は変わらないものの,強引に血糖値を下げることによる低血糖の危険性もまた意識されるようになりました.
糖尿病治療の最前線にいる医師ならば,患者の低血糖に遭遇することは珍しくありません.それまでは『ん? 少し 薬が効きすぎたかな』程度だったものが,低血糖である日突然患者が死ぬかもしれないと言われれば,座りなおさずにはいられないでしょう. これからはHbA1cだけを漫然とみる投薬処方は避けねばならない.しかし,薬を減らせば,当然 患者の血糖値は上がってくる.
ところが,食事療法や運動療法は,投薬のような急速・短期的な血糖降下作用はないものの,血糖コントロール全般を安定的に改善できます.適切な食事量・運動量であれば,極端な高血糖・低血糖は回避できる『安全な糖尿病薬』なのです.
そのような背景から,日本では 2008年以降,糖質量を見計らって血糖値を上げないようにする食事法,つまりカーボカウントの概念を,食品交換表に取り入れるべきという声が強くなってきました.前回記事の通り,それをテーマにしたシンポジウムや討論会が学会で何度も開かれたのはこれが理由です.
しかし 結論が出ない
ところが,食品交換表は理想的な糖尿病食事療法であるとしてきた人たちから見れば,その声は『食品交換表への修正要求』と映るわけですから,その抵抗は強いものでした.
更に,カーボカウントから更に進んで,食事療法として 低糖質食,すなわち 糖質制限食を取り入れよとなると,これは真っ向から食品交換表を否定するものです.当然論争は激しくなりました.
ただし,食品交換表を『唯一正しい 糖尿病の食事療法』と考える人であっても,いくら何でもカーボカウント自体まで否定するわけにはいきません. DCCTでも,ADAのガイドラインでもカーボカウントが有効であると示されていたからです.
そこで,2008年以降の日本糖尿病学会/日本病態栄養学会での『論争』を振り返ってみます.
[34]に続く
コメント
学会、ちょっと行ってみたいです。内科の先生が「昼から学会」と言うので、「学会ってお医者さんばかりですか?」と尋ねると、「まあそうだね。あとはMRさんとか。たまに自分の病気をもっと知りたい人。でも今日のも15000円するからね〜自腹となるとね〜」と。
すご〜く真面目な感じなのですか?案外和気あいあいとか??
>すご〜く真面目な感じなのですか?
そんなにガチガチではありません.日本糖尿病学会に来ているのは,ほとんどが医師ですが,『リラックスした医師』という姿を見られるのも学会ならではです.普段のストレスから解放されているのでしょう.
>たまに自分の病気をもっと知りたい人
私はこれに該当します. しかし,製薬会社のMRさんから『先生』と呼びかけられても,うろたえなければ誰も気づきません.
私は工学部だったので,電子系,物理系,化学系の学会にも出たことがありますが,それらよりは医学系の学会の方が断然面白いです.
もちろん 学会なのでどれも真面目な雰囲気であることは同じなのですが,工学系学会では 自分に関係のある用事を済ませたら さっさと帰るという,ごく事務的なものでした. それに比べると医学系の方は,もの珍しさもあって野次馬根性で いろいろなものをのぞきたくなります.
また医学系学会は,万事にお金をかけたデラックス仕様です. 広い会場をゆったりと使い,ランチも豪華,企業の展示ブースはサービス満点です.
工学系の学会はそれに比べるとしょぼいですね.
日本糖尿病学会の参加者は 9割以上が男性ですが,主として管理栄養士が参加する日本病態栄養学会は,うら若い女性が多くて,オジサンには楽しい学会ですw
貴重なお話、楽しく読ませてもらいました。
>デラックス仕様。お一人様1万5000円。
内視鏡学会の案内?を見たことがありますが、ホームページからして豪華なイベント感が伝わってきました。ただ実際は知らないので、「学会ってどんなとこだろう」と思っていました。
工学部にも学会があるとは。学会=医学みたいに思っていましたから。確かに医学系の学会はあちこち興味が湧きそうです。パネルとか使って面白そうというか。でも外科系の学会は、内臓の写真など出てきそうですね。
聞いた先生からは、所属している組織(病院)名がいるように聞きましたが、必要な学会とそうでない学会があるのですか?
>お一人様1万5000円。
医学系学会では,これが相場です. 私は医師でも会員でもない非会員なので,毎回 18,000円くらいです. でもまあ,それだけの値打ちはありますね.たっぷり3日間,昼飯付きで 膨大な情報が得られますから.
>所属している組織(病院)名がいる
はい,だいたい 参加登録票には 所属組織+氏名を書いて,首からぶら下げるように言われますね.
私は 患者友の会を名乗っています. 会長は私で,会員は1名(家内)だけですがw