富山パラドックス~日本病態栄養学会報告より

医学の世界では,「フレンチ・パラドックス」は有名です.

フレンチ・パラドックスとは

フランス人は,喫煙率が高く,飽和脂肪酸の摂取量も多い,しかし それでいて心疾患死亡率(CHD: 冠状動脈性心臓病)がかなり低い.
これは世界の医学者の頭痛の種でした.

Wine, alcohol, platelets, and the French paradox for coronary heart disease

一時は,このパラドックスを『フランス人は赤ワインをたくさん飲むからだ. 赤ワインに多く含まれるポリフェノール(レスヴェラトロール)には心疾患予防効果がある』と説明する説が出されたので,赤ワインブームが日本でも起こりました.
しかし,ことはそれほど単純ではなく,そもそもフランスの医者の心疾患のカウント法がおかしいのではないかという疑問まで出されて,現在は「フレンチ・パラドックス」は通説になっています.

それに対して,今回の 第23回日本病態栄養学会で,【富山パラドックス】についての発表がありました.

P-114 「とやまパラドックス」との栄養管理の関わり[富山大学附属病院]

富山パラドックス とは

フレンチ・パラドックスとは むしろ正反対のパラドックスです. 富山県人は;

魚介類 摂取量 日本一

(C) Haruka21 さん

健康やダイエットにもよいとされるDHA/EPAを豊富に含む新鮮な魚をふんだんに食べられる富山県民なのですから,当然 都道府県別 健康ランキングもトップクラスであっておかしくありません.
実際,富山県成人の肥満率は 全国31位ですから肥満者は相対的に少ないのです. ところが;

  • 糖尿病率 全国9位
  • メタボ率 全国10位

魚をたくさん食べ,太ってもいないのに,富山県民にはメタボと糖尿病が多い.

これが「富山パラドックス」です.

なぜ そうなるの?

この報告では,考えられる原因を こうあげていました.

  • 富山県の冷凍食品・プリンの消費量は全国1位.
  • 富山県の カツレツ・シャーベット 消費量は全国2位.
  • 富山県の カップ麺・中食(調理済み食品) 消費量も全国3位
  • 県民1人あたりの車の保有率は~0.8台/人で,東京・大阪(~0.4台/人)の2倍近い.

つまり,運動量が不足しており,その割には手軽で高カロリー・スイーツの消費が多いのです.

しかしながら,なぜそうなるのか 背景を探るとさらに興味深いです.

富山県は『都道府県別 暮らしやすさランキング 』 では常に上位にいます.その大きな理由には,もちろん自然が豊かなどの地理的優位もあるのですが,『子育てが楽』という,うらやましい要因も大きいのです. 地域・企業の託児所も充実していることから,富山県の保育所待機児童はゼロです. すると 両親は共働きがしやすくなり(富山県の女性就業率は全国4位),収入面でもゆとりある生活が可能です. ただしその結果として,

  • 帰宅後すぐに食事を用意する必要から,調理済食品・冷凍食品が多くなる
  • 帰宅が遅くなりがちなので,夕食時刻は遅く しかも食後すぐに寝てしまう

これらと 車社会であること,甘いものが好きという食性向とがあいまって,「太っていないのにメタボ」,つまり内臓脂肪型 かくれ肥満になりやすいのではないか,という考察でした.

感想

【病態栄養学会】での報告なので,食習慣に原因を求めるのはやむをえないでしょうが,やはり雪国ですから運動量がどうしても不足気味になることも原因ではないでしょうか.

報告では今後「富山パラドックス」を解決するには,栄養指導の強化を 対策の第一にあげていましたが,むしろ自治体などが音頭をとって,車社会の雪国であっても継続的にできる運動療法を開発することも必要なのではないかと思いました.

[学会報告の紹介が続きます]

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    江部先生のブログにも投稿しましたが、運動(スキー)と糖質量の必要性について考えてみました。

    スキー(2月9日~11日)とその前後の日の糖質量と血糖値の変化です。
    2月10日(スキー2日目)の夕食前は昼食で高糖質食にもかかわらず、68まで低下しています。
    高糖質にも関わらず、ケトン体もそれなりに産生されていることから、摂取した糖では消費エネルギーが賄えず、脂肪エネルギーも利用されているものと思われます。
    アルペンスキーは200mをダッシュするのと同程度の無酸素運動だそうですから、滑ってリフトに乗っての繰り返しはインターバルトレーニング的な運動強度だと思われます。
    やはり、無酸素運動には、データからも糖質が必要と感じます。

          食前→食後ピーク 摂取糖質

    2月 8日(スキー前日)
     (朝食時) 85→118 20g
     (昼食時) 89→137 12g
     (夕食時) 96→119 23g

    2月 9日(スキー5時間)
     (朝食時)102→120 11g
     (昼食時) 77→117  4g
     (夕食時) 76→130 29g ケトン体1600μmol/L

    2月10日(スキー4時間)
     (朝食時) 79→115 23g
     (昼食時)103→144 87g ケトン体500μmol/L
     (夕食時) 68→112 51g

    2月11日(スキー3時間)
     (朝食時) 83→ 93 34g
     (昼食時)116→167 88g
     (夕食時) 98→171 77g

    2月12日(スキー翌日)
     (朝食時) 97→111  4g
     (昼食時)115→135 20g
     (夕食時)100→144 37g

    • しらねのぞるば より:

      激しい無酸素運動では,筋肉中のグリコーゲンが枯渇するので,肝臓からあふれ出たグルコースは,非インスリン依存的に速やかに筋肉に取り込まれるということでしょうね.
      ところでスキー場での食事にもかかわらず,全般に少ない糖質量ですが,どこかでカレーライスを試してみましたか?

      • 西村典彦 より:

        10日と11日の昼食はグリーンカレー(ライス、ナン付き)を食べました。ルーに小麦粉が入っていないので普通のカレーよりは低糖質だと思います。
        ※送付したメールに写真を添付しています。

        • しらねのぞるば より:

          そうですね.本格タイカレーは,スパイスとココナツミルク・ナンプラーだけですから,見た目よりは低糖質ですね.

          なお,この後の記事で 西村様のスキー中のデータを引用させていただきますのでご了解願います.

          • 西村典彦 より:

            どうぞ、お使いください。何かの参考になれば幸いです。

          • しらねのぞるば より:

            ありがとうございます. 本日の記事で引用します.