インスリン分泌は2段階

血糖値が急に上昇したら

膵臓はそれに対応して インスリンを分泌します.この分泌には2パターンあることが確かめられています.
人間では不可能ですが,ラットの膵臓を生きたまま取り出して血液を循環させておき,その血糖値を急に変化させた実験です.

Gerold M. Grodsky,
A Threshold Distribution Hypothesis for Packet Storage of Insulin and Its Mathematical Modeling
J. Inclin. Invest. Vol.51, 2047-2059, 1972

この図のように,Holding BGと表した血糖値を 50mg/dlから500mg/dlまで変化させて,同時にインスリンの分泌量を測定しました.なお,ラットでも通常の血糖値は80くらいで,ほぼ人間と同じです.

血糖値を急に下げてみたら

膵臓を流れる血液の血糖値を急に50mg/dlに下げた場合です.

横軸は時間で 時刻ゼロは血糖値を変えた瞬間,縦軸は,単位時間当たりのインスリン分泌量,つまりインスリン分泌速度です.

50mg/dlという血糖値は,ラットにとっても低血糖ですから,膵臓は一瞬ピクリと驚きますが,もちろんインスリンは分泌しません.

血糖値が100になったら

100mg/dlの血液を流し込んだ場合です. やや高めの血糖値なので,膵臓は瞬間的にインスリンを分泌しますが,すぐにやめてしまいます. 100mg程度ならそれが継続しても構わないということでしょう.

血糖値が150になると

さすがにこれは危険を感じて,150という血糖値をなんとか下げようとしてインスリンが連続的に分泌されます.

さらに血糖値が上昇

血糖値を200,300と上げていくにつれて膵臓はフル回転でインスリンを放出し続けます.

500mg/dlの高血糖状態にすると

力を振り絞ってインスリンを出し続けますが,どこまでもインスリンを増量できるわけはないので,1時間ほどたつと,やや疲れが見られてきます.

第1相と第2相分泌

ここまで見てきたように,血糖値が上がると,それに 即座に対応して瞬間的に分泌されるインスリンは (上図の 第1相)出足は鋭いものの継続しません. しかしそれからしばらくしてゆっくりと分泌開始するインスリン(上図の 第2相)には,継続性があります.

ネット通販で言えば,注文が来たらすぐに出荷できる 営業所在庫品が第1相,予想以上の注文が舞い込んだために,慌てて工場に生産指示を出して,受注生産で出荷されるものが 第2相というところです.

以前の定説では,第1相はまさに営業所在庫品であり,既に膵臓の表面に待機していたものが放出されるのに対して.第2相は受注生産なので,血糖値が上昇してから急遽 膵臓内で作り始めたものが逐次放出される,つまり 第1相と第2相とは,由来が違うと考えられていたのですが,最近の研究によれば;

膵β細胞におけるインスリン分泌機構の解明

どちらも膵臓細胞の中からあわてて駆け付けたもののようです.よって第1相と第2相のインスリンは,どちらも工場での受注生産品なのですが,ただ生産ラインが違うだけと思われます.

そこで 実際の日本人データを見ると

以上の通り,膵臓は2段構えで高血糖に備えていることがわかりましたが,しかし,以前にも掲載した この人の糖負荷試験のデータを見ると;

第1相分泌がないように見えます. このようなデータから,『日本人はインスリン分泌が弱い』あるいは『日本人の糖尿病は,インスリンの第1相分泌の消失から始まる』などといわれてきたのです.しかし,もしもそうならば,糖負荷試験直後から血糖値が急上昇したはずです.ところがこの人は,75gという大量のブドウ糖を瞬間的に送り込まれたのに,最初の30分は血糖値が上昇していません. ということは,この人の第1相分泌が非常に素早くて検出できなかっただけという可能性大です. 第1相分泌は効果的に30分までの血糖上昇を抑え込んでいたが,それでも60分頃から血糖値が上がり始めたので,その時点になって第2相分泌を開始した,つまり『第2相が分泌遅延したのではない.ただ第2相分泌をあわてて始める必要がなかっただけ』と考えた方が自然です.

すべてを「インスリン抵抗性」や「分泌不全」で説明しようとするのは,こういうデータを見ても無理があると感じています.

仙台の 糖尿病学会を見物してきます

セキュリティ管理のため,出先では ブログ管理サーバーにアクセスしないようにしています. よって明日からの糖尿病学会期間中はブログ更新をお休みします. 週明けには 学会の状況をレポートする予定です.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    半減期の短いインスリンだとピークを見逃してしまう可能性があるのなら、第1相の分泌を確認するためにはCペプチドの測定値があるといい、ということでしょうか。

    • しらねのぞるば より:

      Cペプチドも,頻繁に採血するのなら変化をとらえられるでしょうが,1回採血ではわからないのでは?
      このGrodsky論文も,血糖値を変化させた直後は2分間隔でサンプリングしていますね.