糖尿病学会 感想5 結局イメグリミンは「効く」のか

【この記事は 第68回 日本糖尿病学会年次学術集会のレポートではなく,講演を聴講した ぞるばの感想です】

学会一日目の午後は,このシンポジウムに参加しました.

全部で7本の講演が行われ,多数の文献が紹介されました.シンポジウムの件名の通り,イメグリミン(商品名:ツイミーグ)の基礎実験及び臨床試験の結果を棚卸しして,この薬に何が期待できるのかを総合的に検討しようという企画です. まことに学会らしいテーマです.

このシンポジウムでは,メモがとれたものだけでも,以下の通り 多くの文献が紹介されました.
以下 文献の表題画像が続きますが,これは私の文献整理のためです. なので,御用とお急ぎの方は それらをすっ飛ばして 次の本文をご覧ください.

Anello 2005
Sanada 2022
Aoyagi 2024
Fauzi 2022
Fauzi 2023
Hozumi 2023
Bhatti_2022
Sanada_2024
Awazawa 2024
Usui 2025

上記文献中,背景が青色のものは基礎実験(動物又は細胞実験)で,背景がオレンジのものは臨床試験,すなわち人間の患者を対象としたものです.

基礎実験とは,動物(主にマウス・ラット)や細胞を対象にして,薬効や生化学現象を調べるものです. つまり人間を対象としてはいません.実際の人間に薬を投与してその効果を調べるのは臨床試験です. したがって,基礎実験で見出されたことが,必ずそのまま人間に当てはまるとは限りません. あてはまることもあるし,あてはまらないこともあります. マウスの実験ではすばらしい効果が見られた薬を人間が飲んでみたら全然効かなかったということは珍しくありません.

また あまり注目されていませんが,動物実験と臨床実験とにはもう一つ大きな違いがあります. それは動物実験では極端な条件が設定できるが,人間ではそうはいかないことです.

糖尿病に関する文献では;

遺伝的に肥満・糖尿病を発症しやすいマウス(db/dbマウス)に高脂肪食を与えて脂肪肝・糖尿病を発症させた肥満マウスに 薬剤Xを与えたところ,HbA1cに~~の低下がみられた.

などという報告をよく目にします.

しかし,ここで言う『肥満させたdb/dbマウス』とは,ものすごい肥満なのです.

通常マウスとdb/dbマウス

動物実験に用いられる通常マウスの体重はせいぜい25gくらいですが,肥満した db/dbマウスの体重は 50gを越えます. つまり人間でいえばBMI=40以上の超高度肥満です.

さらに (ついつい読み飛ばしてしまうことも多いのですが) 詳しく読むと とんでもない条件で実験を行っています. 『薬剤X を Zmg/kg与えた』とは,人間に投与できる上限量の10倍以上であったりします.

人間を相手にした場合は,こんな極端な条件はありえません. 逆に言えば,これほど極端な条件を設定するからこそ,『薬剤Xの効果』も出やすいのです.

したがって,動物実験とは,多くの場合;

BMI=40を越える肥満マウスに,人間の場合に比べて10倍もの投与量で薬を投与したら,こういう結果が得られた

というものなのです.

仮にマウスと人間とで 同じ薬理学効果があるとしても,人間ではマウスに投与した量よりも はるかに少ない安全量にせざるを得ませんから,『マウスでは効いたが,人間には効かなかった』という場合,それはマウスと人間という種の相違だけでなく,条件があまりにも違っていたから,という理由もあります.

以上を頭に入れたうえで,上記の文献を個々に紹介していては 何か月もかかりそうなので,ざっくりと述べます.

まず,2型糖尿病の人の膵臓β細胞を単離して調べると,インスリン分泌能が著しく低下しているだけでなく,β細胞中のミトコンドリアが まるで膨潤してふやけたような形態になっており(下図右;矢印),正常な人のミトコンドリアのような明瞭な膜構造(下図左;矢印)がみられないと報告しています[文献1].

Anello 2005 Fig.5

ここで イメグリミンを投与してみると,このようなミトコンドリアの形態異常を改善できる[文献2]だけでなく,インスリン分泌能も改善し[文献3],β細胞の減少も抑制できる[文献4]としています. さらにイメグリミンは,膵臓β細胞だけでなく,肝臓細胞のミトコンドリアの機能も改善させる[文献6]ことも報告されています.

また,イメグリミンの作用効果は,膵臓・肝臓だけでなく,動脈硬化を抑制し[文献8],褐色脂肪細胞が白色脂肪細胞に変化するのを防止し,腸内細菌のAkkermansia属を増やして,全身の代謝を改善する可能性がある[文献9]とも述べています.

以上の通り,イメグリミンは,糖尿病にかかる膵臓機能だけでなく,全身に好ましい効果を及ぼす可能性があると報告されました.

ただし,ここまで述べたことは,すべてマウスを用いた動物実験の結果です. 前記したように,動物実験なので イメグリミンの投与量がハンパではありません. 上記の文献では,マウスに対して イメグリミンを 200~300mg/kgも投与しています. ということは,もしもこの量のイメグリミンを 体重60kgの人間に投与したら,6 ~ 18gとなります.人間へのイメグリミンの投与量が 2g(= 2,000mg)であることを思えば,これはとんでもない投与量だとおわかりいただけるでしょう.

そこで,実際の人間の2型糖尿病患者に投与した場合の,イメグリミンの効果はどれくらいなのでしょうか?

本ブログでも,これまで イメグリミンの実臨床例を何度か紹介してきましたが:

いずれも断片的な症例報告であり,『イメグリミンの実力』は 今一つ不明でした.

そこで,[文献10]では,イメグリミンとメトホルミンとの薬効比較試験を行っています.その結果,血糖低下効果はイメグリミンの2,000mg/日と,メトホルミン 1,000mg/日とがほぼ同等でした. メトホルミンの効果は投与量に依存して強くなること,そして最大投与量が2,250mg/日であることを思えば,イメグリミンの効果は やはりメトホルミンの半分程度の実力ということになります.

ただし[文献10]では,イメグリミンのインクレチン(GIP/GLP-1)分泌促進効果はメトホルミンより大きいことも見出しています. ということは,TIMES試験でも報告された通り,イメグリミンはDPP-4阻害薬と併用するのがもっとも効果的な用法かもしれません. イメグリミンが増強したインクレチンをDPP-4阻害薬に保護させるというしかけです.イメグリミンとDPP-4の配合剤でも作ってみてはいかがでしょうか.

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