免疫と1型糖尿病

免疫力?

世の中には「免疫力を高める」ことをうたった 食品・サプリがあふれています.それだけでなく,「免疫力を高めるための運動」「免疫力を高める音楽」「免疫力を高める瞑想」まであります. しかし,これらの宣伝で「免疫力がどれくらい高くなったのか」というデータが示されているでしょうか. いや,それ以前の問題として,「免疫力」ってどうやって測るのでしょうか?

そもそも学術用語として「免疫 immunity」は存在しますが,「免疫力」という用語は存在しませんし,定義されてもいません. 「なんとなく免疫が強くなる」という印象を抱かせるだけのイメージ用語なのです.

それでは免疫とは何なのでしょうか?

免疫 immunity

免疫とは人体に備わっている 生体防御(自己防御)システムの一部です.そして『免疫とは何ですか?』と尋ねると,もう大変なことになります. その答えはこうなるからです.

医系免疫学 改訂16版 (C) 中外医学社 / ハーパー生化学 原書30版 (C) 丸善

免疫だけで 重量2kgもある本が書けるほど膨大なのです.ハーパー生化学でも 免疫関連には多数のページを割いています.

ともあれ これらの教科書に書かれていることを エイヤッと要約すると,こういうことらしいです.

そりゃそうですよね. 高度に複雑な人体を感染から守ろうとすれば,単純な仕組みで間に合うはずがありませんから.

免疫の教科書には,免疫に関与する物質の 発生経路による分類,機能による分類,物質の形態による分類と,もうそれだけでもややこしいです.さらに免疫関連細胞の発生から分化までの記述は膨大で,気が遠くなります.上記の表はそれらの分類がゴチャゴチャになっていますが,とりあえず全体のイメージをつかむために作成しました.不正確な箇所は多々あるでしょうが,素人が理解できるのはここまでです.

自己免疫/1型糖尿病

これだけ複雑な免疫システムなので,一旦 歯車がかみ合わなくなると,自分自身の一部が『外来異物』とみなされて 免疫攻撃を受けてしまう,いわゆる『自己免疫疾患』となります.

その典型は 1型糖尿病で,膵臓β細胞が ある時突然『外来の異物』であると誤認識されて,上述の免疫機構が総動員されて,早ければ数日以内(劇症1型糖尿病),長い場合には数十年わたり(緩徐進行1 型糖尿病;SPIDDM) β細胞が破壊されてしまいます.

本来 人体を防御するための免疫システムが,なぜ自分自身を,しかも膵臓β細胞だけを攻撃してしまうのか.1型糖尿病の発症機構につては,学会でも 頻繁に討議されていますが,未だに まったく解明されていません.

ただ,学会のこのシンポジウムを聴いていて,ふと思ったのは;

第67回 日本糖尿病学会 年次学術集会 シンポジウム39

抗がん剤である免疫チェックポイント阻害薬:PD-1阻害薬により,まれに免疫システムが暴走して,膵臓β細胞を破壊してしまい,劇症1型糖尿病を発症するというケースです.

PD-1阻害薬が原因と思われる劇症1型糖尿病の発症率は0.3%程度とされていますが,これは PD-1阻害薬によらない発症率の 0.0015%に比べれば きわめて高い発症率です.

PD-1とは,上記の免疫T細胞の表面に存在する蛋白質で,通常はT細胞が自分自身を攻撃しないようにする抑制因子です. 癌細胞は,このPD-1を見つけると それに結合するPD-L1(PD-1のリガンド:Ligand 配位体)を用意して,あたかもがん細胞が『私はあなたの味方ですよ』と装って,T細胞からの攻撃を免れます. そこでT細胞上の このPD-1を阻害してしまえば,T細胞は容赦なくガン細胞を攻撃するようになります. つまり,癌細胞がPD-L1を用意して防御しようとしても 無効にしてしまいます.しかし それはまたT細胞が 無差別に免疫攻撃を開始してしまう可能性を意味します.これが PD-1阻害薬の免疫関連有害事象(irAE:immune-related Adverse Events)です..

しかしながら PD-1阻害薬のirAEは,なぜか 膵臓β細胞だけに起こりやすいのです.免疫が暴走したのなら,体内のあちらこちらで自己免疫障害が起こりそうなものですが,膵臓β細胞だけというのは不思議です.

そこで,この文献を読んでみると;

Rao 2025

膵臓β細胞は,上述のPD-L1を自身の表面に発現させて自己免疫攻撃を免れようとする,すなわち癌細胞と似たような挙動を行うようです. このことがT細胞の免疫抑制が外れた時に,真っ先に攻撃されてしまう原因ではないかと思われます.さらに想像を膨らませると,1型糖尿病の発症も,ウイルス感染などで人体の免疫システムが活性化して フル稼働を始めた時に,膵臓β細胞が真っ先に誤って攻撃されてしまうのではないかと考えました.

 

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