ある時は境界型 またある時は糖尿病

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ぞるばは,過去のすべての健康診断で『健常』とされており,『糖尿病』と言われたことはありません.空腹時血糖値・HBA1c いずれも一貫して正常値だったからです.

しかしながら 本物の糖負荷試験よりは はるかに穏やかな『ミニ糖負荷試験』をやってみると このありさまで;

たかだか30gのブドウ糖で こうなのですから,75gの糖負荷試験を受ければ 間違いなく境界型 又は 糖尿病と診断されるでしょう.
つまり,本格的に検査されないと露呈しない『かくれ糖尿病』,別名『シュレジンガー糖尿病』なのです.
健康診断で『正常です』と言われても 安心してはいけないという好例ですね.

どちらなのか

では,外見上『正常』を装っているぞるばは,実は『糖尿病』なのか,それとも『境界型』なのか.
糖尿病か境界型かは,日本糖尿病学会が発行している『糖尿病診療ガイドライン』によれば;

糖尿病治療ガイド 2024 p.14 (C) 日本糖尿病学会

となっており,これは 2006年 および 2011年のWHO勧告に準拠したもので,国際的に統一された基準です.

しかしながら,これらは『ガイドライン』という名称の通り,『目安』であって,まして法律でもなんでもありません. WHOの勧告にしても,国ごとに糖尿病の定義が異なっていては,たとえば「世界の糖尿病患者数」などという統計をとる場合に不都合なので,「糖尿病」を同じ基準で呼んでくれといっているにすぎません.

現在 日本の病院では おおむね下記のフローチャートにしたがって,糖尿病か(又は境界型か)の判定を行っています.

糖尿病診療ガイドライン 2024 p.6 (C) 日本糖尿病学会

これらの情報を含めて総合判断のうえ,医師が「糖尿病」とカルテに書けば,保険適用の対象となります. また「糖尿病疑い」の場合でも再検査含めて やはり保険が適用されます.
ただし「疑い」の段階,すなわち境界型の場合には,保険適用は検査までであり,投薬などの「治療」に保険は適用されません.仮に 本人が「心配だから糖尿病の薬を出してくれ」と要求しても,それには保険適用できず,自由診療 すなわち 本人10割負担となります.

以上の通り,医療制度上は,「糖尿病」と「境界型」との間には 厳然たる区別があります. しかし これはあくまでも法制度上 人間が便宜的に設けた区別であって,病理学(科学)的に確立された区別ではありません.

そもそもそんなに違うのか

では 科学的な視点でみると どうでしょうか?

この文献では,その点をわかりやすく示しています.

Kendall 2009

この図は 典型的な糖尿病の発症と進行を図示しています.

Kendall 2009 Fig.2を訳

空腹時血糖値が126mg/dlを超えた時に 「糖尿病」と診断されるのですが,その時点で 何か特別な現象が発生するわけではありません. 血糖値が126mg/dlを超えても,それは それ以前から血糖値が上昇してきた通過点にすぎません. つまり境界型と糖尿病との間に明確な境目はないのです.強いていえば,空腹時血糖値が正常値から上昇し始めた時点(図の青矢印)こそが,「糖尿病が始まった時点」といえるでしょう. それ以降は,「糖尿病の程度がただ進行しているだけ」の問題にすぎません.

そうは言いつつも,「境界型糖尿病」であれば,まだ程度は軽いので さほど心配しなくていいのでしょうか.「まだ境界型糖尿病ですよ」と言われたら,それで安心していいのでしょうか?

境界型糖尿病かどうかは,厳密には糖負荷試験によって判定されます. では糖負荷試験はどれくらい信用できるのでしょうか.

それを調べた文献があります.

Ko 1998

この報告では 30-65歳の212名の中国人(男性;149 女性;63)に 2回の糖負荷試験を受けてもらった結果が報告されています.1回目と2回目の間隔は6週間でした.

その結果は以下の通りなのですが,

Ko 1998

2回の試験で,正常/IGT(耐糖能障害=境界型)/糖尿病と判定された人の人数分布がかなり異なっています.糖負荷試験というものが 十分安定したものであれば(=再現性が高いのであれば),わずか6週間で こんなに大きく変わることにはならないでしょう. しかも驚くべきことに,2回の試験で 一貫して同じ判定結果だった人はこの通りでした.

Ko 1998

全体が212人なので,この139人以外の 73人,つまり 三人に一人は『糖負荷試験を受けるたびに 違った結果が出る人』だったことになります.

このことから見ても,境界型かどうか,ということに あまりこだわっても意味がないことがわかります.

血糖値が正常より高ければ,病理学的にはすべて『糖尿病』なのです.

  

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