本シリーズの締めくくりです.
論文の報告
シリーズの[1],[2],[3] では,欧州糖尿病学会誌 Diabetologiaに発表された この論文で;
あらかじめ十二指腸の入り口にまでシリコンチューブを呑み込んでもらった2型糖尿病患者16人に;
時間差をつけて,メトホルミン1,000mgの水溶液(正確には 生理食塩水溶液)をチューブから注入しておき,次いで 食事に相当する分としてブドウ糖の水溶液を流し込みました.
その結果,メトホルミンとブドウ糖注入の時間差によって,血糖値の上昇具合が変わることを見出しました.
メトホルミンを事前に注入しておくほど,血糖値のピークは低く,かつ 血糖値曲線下の面積(AUC)も小さかったのです.
著者はこの現象について,『事前に注入されたメトホルミンが,血糖値の上昇に対応して GLP-1の分泌を促進し,その結果β細胞からのインスリン分泌が増えたため』と解釈しています.
ご覧の通り,これはかなり「機械的な」実験であり,実際の食事とも,メトホルミンの通常の服用法ともかけ離れています. しかし,人間の生体反応を純粋に観測しているので,「きれいな」結果が得られています.
人体実験だ
じゃあ,ブドウ糖の水溶液ではなく実際の食事で, そしてメトホルミンの水溶液ではなく実際のメトホルミン錠剤でやればどうなるんだ,と思い 自分で実験してみました.それがシリーズ [4],[5]の記事です.
最初はメトホルミンとブドウ糖錠剤との組み合わせでやろうかとも思いましたが,これとて現実からはかけ離れてしまうので,試験食として 『マルちゃんの正麺 味噌味』を,そしてメトホルミン錠剤は500mg錠剤の組み合わせで行いました.
その結果はこうなりました.
たしかにメトホルミンをあらかじめ服用しておくと,ラーメンを食べた後の血糖値曲線下面積(AUC)は小さくなっています.
なお,血糖値ピークは メトホルミンをのまなかった場合よりも かえって高くなったようにみえますが,これはメトホルミン無しの場合,あまりにも血糖値上昇が激しすぎて,180mg/dlを越える部分は尿糖排泄に回ってしまったため[※]と思われます. その証拠に 180mg/dl状態は3時間も続いています.
[※]なお,そう解釈した理由は,以前のこの記事で;
大量のブドウ糖錠剤をのむと,ブドウ糖1gあたりの血糖値上昇割合は鈍くなるという現象があったからです.
考察
ここまでのところは,医学論文に掲載された実験結果,及び 自分で実験した結果であり,どちらも客観的なデータです.
これとは別に 以下に記載するのは,ぞるばの考察,すなわち【主観】です.客観と主観を区別するために,この最終記事を書きました.
まず 欧州糖尿病学会の実験と私の実験では,一致している点とそうではない点があります.
一致しているのは,メトホルミンの『先のみ』効果はたしかにありそうだ,という点です.メトホルミンを食前にのんでおいたほうが食後の血糖値上昇は穏やかになります.
一方文献で見られた「食直前よりは,30分前,60分前にメトホルミンをのんだ方が血糖値ピークも低くなる」という結果は,私の実験では再現できませんでした. 食直前も,60分・90分・120分前も似たようなものだったからです.
ところで 文献では(残念なことに),メトホルミンを注入した後に,血中メトホルミン濃度がどうなったのかを測定しておりません.
一方 私の実験でも,もちろん血中メトホルミン濃度は測定しておりませんが,これについてはデータがあります.メトホルミン(商品名:メトグルコ)の添付文書を見ますと,成人男性 6~12名が空腹時にメトグルコを服用した後の薬物動態(血中濃度の変化)はこうなっています.
空腹時にメトホルミンを服用すると,服用後1時間から血中濃度が急上昇し,2時間後~4時間後にかけて高い濃度を維持します. ということは,私の実験でも,ラーメンを食べる2時間前だろうが,食直前だろうが,食後1~4時間くらいまではメトホルミン濃度はどれも同じくらい高かったのではないかと推定されます.ですからどれも結果が似通ってしまったのでしょう.
ところが 文献報告では(メトホルミンの血中濃度を測定していないのがつくづく残念ですが),メトホルミンの水溶液を 直接 十二指腸にドバっと流し込んでいるわけで 腸管表面の局部的な濃度は相当高かったと思われます. しかも私の実験ではメトホルミンは500mgの錠剤でしたが,文献実験では 1,000mgの水溶液です.これが2つの実験の結果が一致しなかった原因と考えています.
以上の2つの『実験』結果からみて,『どうせのむのであれば,メトホルミンは食後よりは食前のどこかでのんだ方がいいだろう』とは言えそうです.
【注意】メトホルミンの副作用には個人差が大きいです. しかも遺伝的に相性の悪い人がいます. なので,食前の空腹時にメトホルミンを服用すると下痢・腹痛を起こす人がいるかもしれません. ですから 長年メトホルミンを服用継続していても副作用を経験したことがない人以外は試さないでください.
【完】
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