前回記事 で,欧州の国際機関 IMIでの探索プロジェクト=RHAPSODY で, 2型糖尿病の人を,臨床でよく使われる指標(*)でクラスター解析したところ,2型糖尿病という病気は存在せず,実は5つの異なるグループに分かれることが見いだされたという報告を紹介しました.
(*) 発症時の,年齢,BMI,HbA1c,C-ペプチド,HDL,中性脂肪
これは 2018年にスウエーデンのAhlqvist博士が提唱した説とほぼ一致していますが,Ahlqvist博士の解析結果よりは,1種類多くなっています. Ahlqvist分類と,RHAPSODY分類の比較結果は 下図の通りで;
Ahlqvist博士の解析では 分類指標にHDLを含めていなかったので,HDLが飛びぬけて高い MDH(Mild Diabetes with high-HDL)の人が存在することを検出できなかったのです.
MDHという糖尿病タイプがいかに特異か,また他のタイプと併せて その臨床的特徴を詳しく追跡した報告が出されています.
“Trajectories”という言葉の訳出には悩みましたが,英和辞典では『軌道』と訳されています.ただ軌道というと,文字通り鉄道のレールの上を予め決められた通りに移動するという意味合いになってしまいます. しかしこの文献でTrajectoriesと表現しているのは,上記5つのパターンの糖尿病がそれぞれに(暗に)予想もつかない経路をたどっていることを見出した,というニュアンスなので,ここでは『たどる経路』と訳しました.
この文献は 英国で新たに糖尿病患者と診断された 6,145人,および 同じくオランダの3,054人を,その後 11 ~13年追跡して,その後 どのような『経路』をたどっていったのかを調べたものです. 英国のデータは GoDARTS,オランダのデータは DCSという,それぞれ糖尿病患者データベースの記録を用いています.
まず 糖尿病と診断された時点で,英国のGoDARTSの観察対象者の結果を見るとこうでした.
Ahlqvist博士の分類結果と区別するために,ここでは 糖尿病の5つのタイプの先頭に『RHAP-』を付けています.『RHAPSODY』研究での分類結果だと示すためです. 赤く塗ったのはそれぞれの指標の最大値,青く塗ったのは最小値です.
ただし,注意していただきたいのは,この数値は 5つのタイプのそれぞれに分類された人の【平均値】だという点です.全員が一人残らず この数値で揃っていたのではありません.それは 成人日本人男性の平均身長が170cmであっても,全員が170cmではないのと同じです[★].
[★]統計を駆使して詐欺を働く人は [全員の平均値]を[全員がすべてこの値]と錯覚させるのがうまいので騙されないようにしましょう.
この表の最大値と最小値とを軸のスパンとして,レーダーチャートで表示するとこうなります.このチャート表示は 文献の原文にはありません.ぞるばが勝手に作図したものです.
図の最下段のMDHの人のチャートが,いかに他のグループとかけ離れているか おわかりいただけるでしょう.MDHだけがHDLの値が飛びぬけて高いのです.そして,MDH以外の4タイプでは おしなべて中性脂肪が高いのに,MDHだけは 中性脂肪が低いのです.
よくネットでは 『2型糖尿病は,過食と運動不足の怠惰な人なので,HDLは低く,中性脂肪が高いメタボ人間』と決めつけられていますが,このMDHの人は それと真逆です. もちろん BMIも相対的に最低レベルです.おどろくべきことに,インスリン分泌不全型のSIDDと同じかそれよりも低い『痩せ型』です.日本人の尺度では,BMI=28.4は決して痩せ型とは呼びませんが,超肥満型が多い 欧米の糖尿病では,これは十分痩せ型と呼べるレベルです.
そしてこの結果が偶然の産物ではないことを確かめるために,同じ方法を用いて別のデータベース,すなわちオランダのDCS 3,054人を解析してみました.
分類結果は この通りで;
これを 上と同じくレーダーチャートにするとこうなります.
コピーしたのではないかと思うほど そっくりですね.異なるのは MODの人のC-ペプチドが,Go-DARTSでは低めだったのに対して,DCSではやや高めの順位になっている点だけです.あとは まったく同じです.
以上のことから,
2型糖尿病には 相互に異なる5つのタイプがあり,その内でも MDHは飛び離れた病態である
これは普遍性をもって間違いないことと思われます.
なお,欧米の医学文献で常に留意すべきなのは『人種差』という交絡因子がまぎれこんでいないか,という点です.
たとえば,ここに挙げた例で,たまたまSIDDにはアジア系人種(インド人,東洋人)の割合が高く,他のタイプではそれが少なかった,だから糖尿病のタイプを検出しているのではなくて,単に人種による特質の差を見ているだけではないのか,これが交絡因子です.
しかし,この文献の場合,そのおそれはありません. 英国のGo-DARTS,オランダのDCS,どちらのデータベースもエントリーされていたのは ほぼすべて白人だけだったからです.
このことから逆に,白人以外では この分類はどうなんだ,つまり日本人ではどうなんだ,という点が気になります.しかしそれは不明です. それを解明するのは,欧州の糖尿病医学者の仕事ではなくて,日本糖尿病学会の仕事なので.
コメント
英国のGoDARTSとオランダのDCSの分類結果はかなり似ていますね。
気になったのは、全体的にDCSの方が中性脂肪が少し低く、Cペプチドがかなり低いことでしょうか。BMIは似たようなものなのに、このふたつの項目に違いが出ているのが不思議です。
GoDARTSのCペプチドの最大値と最小値は3.5、1.6 nmol/L、DCSは1.5、0.8。DCSの最大値は、GoDARTSの最小値よりも低いことになりますね。
Cペプチド 1nmol/L = 3.0 ng/mLだと思うので、GoDARTSの最大値と最小値は10.5、4.8 ng/mL、DCSは4.5、2.4 ng/mLでしょうか。GoDARTSの最大値は、それほんと!?空腹時じゃなく、食後のピーク値じゃないの!?と言いたくなるくらいの高値ですね。(わたしの計算が間違ってなければ、ですが。汗)
>Ahlqvist博士の解析では 分類指標にHDLを含めていなかったので,HDLが飛びぬけて高い MDH(Mild Diabetes with high-HDL)の人が存在することを検出できなかった
こうなってくると、加える項目によってさらに細分化されそうですね。
たとえば、CRPを加えて解析するとどうなるんでしょうか。
欧米での研究では、「2型糖尿病=肥満=慢性炎症(CRP高値)」という図式が当たり前のように語られていますよね。
でも、CRPが低い群もあると思うのです。
現に、わたしはCRP 0.03ほどですし、同じく2型糖尿病の両親の検査結果を見てもCRP 0.03未満(検出限界以下)でした。
日本人には「慢性炎症」が当てはまらない人が多そうな気がします。
こういうのを、日本人研究者が進んで調べてほしいですよね。
(それが分かったところで、どうせ治療は同じなのだから意味はない、って感じですかねー)
>このふたつの項目に違いが出ている
Go-DARTSは英国のスコットランド地域の糖尿病患者データベースですね. 一方 DCSはオランダの のどかな西Friesland地域の患者データベースです. なので,この差は もろにケルト人とゲルマン人の人種特質が出ているのかもしれません.
>加える項目によってさらに細分化されそう
そう思います. したがって日本人のSubgroupを,日本人に適した指標で行えばまた別の結果になる可能性大です. 学会では J-DREAMSでデータを蓄積しているのですから,こういう解析も行ってほしいですね.
>それが分かったところで、どうせ
食事療法は和食中心の食品交換表でいいに決まっています![某学会]