糖尿病という名前を変えるようですが

英語の Diabetes をそのまんまカタカナにして ダイアベティス にしてはどうかと提案されました.

糖尿病の新たな呼称「ダイアベティス」とする案発表 | NHK
【NHK】糖尿病に対する誤解や偏見を払拭(ふっしょく)しようと「日本糖尿病協会」などは、糖尿病の新たな呼称として英語の病名に基づい…

このこと自体は 結構なことです.

しかし,あなたの主治医がこう言ったら どう思いますか?

ジャンクフードばかり食べて,運動もせずだらしない生活をしているから ダイアベティスになるんだっ!!

(C) のん太 さん

そうです,問題は病名だけではないのです.

[2型糖尿病] = [過食 と 運動不足が原因] = [すべて 本人の責任]

ここを改めないと糖尿病へのスティグマ(=いわれなき差別)は解消しないでしょう.

では,いつ 誰が 『糖尿病』=『過食と運動不足』を定着させたのか.

日本糖尿病学会は,専門医ではない一般内科医向けに 糖尿病の診断・治療法を解説した簡易なパンフレット『糖尿病治療ガイド』を発行しています.

(C) 日本糖尿病学会

大きな書店ならだいたいおいてありますし,価格も 990円と医学書としては 非常に安価です. 学会が発行しているものですから,怪しげな健康本と異なり,記載内容も正確です.

ところが,この治療ガイドの最新版には 2型糖尿病についてはこう書いてあります.

2型糖尿病の発症機構
 
2型糖尿病は,インスリン分泌低下やインスリン抵抗性をきたす素因を含む複数の遺伝因子に,過食(とくに高脂肪食),運動不足,肥満,ストレスなどの環境因子および加齢が加わり発症する.

糖尿病治療ガイド 2022-2023 p.14

遺伝的素因や加齢は いくら何でも本人のせいではないでしょう.またストレスは内科治療の領分ではありません. ということは,2型糖尿病は食べすぎと運動不足が発症の原因,つまり本人の責任だと書いているのです.

この発症原因の解説は,いったいいつからこうなったのかと調べてみました.

糖尿病治療ガイドが初めて発行されたのは 1999年です.

(C) 日本糖尿病学会

その後何回か改訂されていますが,上記の『発症機構』の解説は 一貫しています.まったく同じ文章を踏襲しています.

つまり 1999年 以来 現在まで,24年間にわたって,治療ガイドには 『2型糖尿病は 過食と運動不足,それによる肥満が原因だ』と書き続けてきたのです.

目の前にいる患者が 太っていようが,痩せていようが 無関係に『過食/運動不足/肥満』が原因なのだと,全国の医師に浸透させてきたわけです.だから医師は糖尿病患者に『食べるな/運動しろ』と言い続けるのです.

もちろん,本当に『過食と運動不足』が原因だった人も多いでしょう. しかし この書き方では, 2型糖尿病になった人は 全員がそうだと決めつけていることになります.だから冒頭の医師のような発言を生むのです.

すなわち,糖尿病患者へのいわれなき差別=スティグマは,なんと日本糖尿病学会自身が24年間にわたって営々と作り上げてきたのだと言われてもしかたがないでしょう.

来年5月には,『糖尿病治療ガイド 2024-2025版』が発行される予定ですが,さて この記述は変わるでしょうか? 変わったとして,それが定着するには 更に24年を要するのでしょうか.

コメント

  1. highbloodglucose より:

    さすがに「ジャンクフードばかり食べて、運動もせずだらしない生活をしているから〜」と説教調で患者に言う医師はほとんどいない気がしますが、「あなたは糖尿病なのだから、バランスのいい食事と適度な運動をしてください」というのはあると思います。
    患者本人にはどうしようもない要因は対処のしようがないので、本人が改善できる部分に関しては頑張って改善してください、ということなのだと思います。

    実際、完璧な生活習慣を送っている人はほとんどいないでしょうから、誰でも何かしら改善ポイントがあると思います。それを改善すれば、糖尿病が少しは改善、あるいは悪化を予防できるのでしょう。
    なので、医師の忠告自体は、それほど問題だとはわたしは感じません。

    (わたし個人の経験談としては、市立病院からクリニックに代わった初っ端に、HbA1cが0.6ポイントも上がっていたために、医師から「どないしよったんや!」と言われたことはあります。生活習慣が乱れていた記憶は特になく、なんで怒られなきゃいけないんだろう?と思ったことは確かです。今は、あれは測定の施設間誤差があったのだろうと思っています。)

    わたしが問題にしているのは、糖尿病ではない世間一般の人々が、糖尿病患者に向かって「ジャンクフードばかり食べて、運動もせずだらしない生活をしているからだ!」と糾弾したり侮蔑したりすることです。
    こういう人たちは、同じ口で「小太りくらいが一番長生きするそうだ。好きな物を我慢してストレスを溜める方が健康に悪いのだ」とか言うんですよね。
    しかし、日本人2型糖尿病患者の半数は「小太り」程度で発症しています。「小太りは長生き」と言っている人は、「糖尿病=欧米型肥満=だらしない生活」のイメージしかないのでしょう。そこが問題だと思います。

    同じような生活習慣をしていても、2型糖尿病になる人もいれば、ならない人もいる。
    これは、遺伝的素因によって決まるのでしょう。不摂生に対するキャパシティと言えばいいでしょうか。
    人によってキャパが違い、キャパを超えた不摂生をすれば糖尿病を発症してしまいます。(やせ型の場合は、運動量不足による筋肉量不足が考えられるでしょう。バランスの悪い低カロリーな食事もあるかもしれません。しかし、同じようなやせ体型、食生活、運動量でも、やっぱり糖尿病になる人、ならない人がいます)
    糖尿病を発症した人「のみ」が不摂生をしているのではなく、みんな多かれ少なかれ不摂生をしていて、たまたまキャパを超えてしまったというだけ。なのに、キャパを超えた人だけが「だらしない生活をしているからだ!」と世間から言われるのは、どうも納得できないな…と思います。

    あと、なぜ糖尿病だけが世間からバッシングされるのか?という問題がありますね。
    生活習慣病と言われるものには、高血圧症や脂質異常症もあります。痛風(高尿酸血症)もでしょうし、脂肪肝もそうでしょう。でも、これらはそれほど世間からバッシングは受けません。それが不思議です。
    やはり、これらの場合は、医師が「ジャンクフードばかり食べて、運動もせずだらしない生活をしているから発症したのだ」とは言わないから、世間も言わないのでしょうか…?

    • しらねのぞるば より:

      >説教調で患者に言う医師はほとんどいない

      Medical Tribuneにこういう記事が出ていましたが;

      医療者から変えよう、糖尿病スティグマ
      https://medical-tribune.co.jp/news/2023/0616557020/

      これは 第66回日本糖尿病学会のシンポジウム1『糖尿病とスティグマ・アドボカシー』で行われた講演の1つを簡単に紹介したものです.

      [S1-2] 「糖尿病の診療や生活の体験に関するアンケート調査」から見るスティグマ
      木村晶子 国立国際医療研究センター研究所糖尿病情報センター
      [S1-3] 患者の立場から見た糖尿病とスティグマ
      眞々田賢司 国際医療福祉大学市川病院検査室
      [S1-4] 看護実践におけるアドヴォカシー活動
      米田昭子 山梨県立大学看護学部
      [S1-5] 臨床医の目に映る糖尿病アドボカシー
      津村和大 川崎市立川崎病院病態栄養治療部

      また2月に開催された 第57回糖尿病学の進歩でも この講演で;

      [6L-1-8] 糖尿病スティグマとアドボカシー活動

      さらに 神戸で昨年 開催された 第65回日本糖尿病学会では シンポジウム7『糖尿病のスティグマ』にて;

      [S7-1] Non-Communicable Disease を巡るスティグマ;構造と課題
      橋本英樹 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻
      [S7-2] 糖尿病治療の現状~糖尿病治療の進歩がもたらしたもの~
      廣田勇士 神戸大学大学院医学研究科糖尿病・内分泌内科学部門
      [S7-3] 2 型糖尿病のスティグマ
      加藤明日香 東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻保健社会行動学分野
      [S7-4] 1 型糖尿病に関するスティグマ~患者として医師としての体験より~
      南昌江 (医)南昌江内科クリニック
      [S7-5] ライフイベントにおけるスティグマ体験談
      大江裕子 神戸大学医学部附属病院看護部
      [S7-6] スティグマの経験を乗り越え,糖尿病とともに歩んだ野球人生
      岩田稔 元 阪神タイガース

      同様の例が紹介されています.

      学会では 数年前から,このスティグマ問題に取り組み始めたのですが,当初は『糖尿病に対する 社会一般の いわれなき差別感情はまことに嘆かわしい』と どこか他人事でした.ところが上記のように患者アンケート調査などを行ってみると,むしろ医療従事者が発信源になっているケースも明らかに存在するとわかってきました.

      上記 [S7-3]『2 型糖尿病のスティグマ』で東大 加藤先生は,患者に向かって 医療従事者が『2型糖尿病=怠惰』というステレオタイプに基づいて,

      ・意図しないままに,
      ・結果として患者を見下げて
      ・恥ずかしい思いをさせるような
      ・侮辱的な言動・態度

      の存在を指摘しています.

      上記のMedical Tribuneの記事中では 生々しい患者の声は記載されていません.

      >本人が改善できる部分に関しては頑張って改善してください

      しかし,過去の学会講演では,患者が実際に医療者から投げつけられた,耳をふさぎたくなるようなひどい罵倒の例が多数紹介されておりました.およそ叱咤激励という範疇には収まらないものでした.

      >なぜ糖尿病だけが世間からバッシングされるのか

      糖尿病=怠惰という世間イメージは定着しています. しかし,高血圧や脂質異常症はそうではありません. その差は,自然発生したものでしょうか. 所詮多くの人はテレビや新聞から『健康情報』を得ているのですから,結局 メディアにそのように差をつけた情報を提供してきたのは誰なのか,ですね.

  2. あんころ より:

    名前を変えるのはいいけれど、ちゃんとした日本語の名前を考えてもらいたいですね。
    統合失調症や認知症という名前が定着してきたのは、日本語の名前だからというのも理由の一つだと思います。

    • しらねのぞるば より:

      >ちゃんとした日本語の名前

      ですよね. 「高血糖症」や「耐糖能異常症」で構わないだろうと思うのですが,それでは合併症リスクを連想させないという理由で反対する人もいるようです.しかし,それを言えば「高血圧」だって同じです.そしてダイアベティスなら なおさらわからない,

  3. かかか より:

    2年前の健康診断の際の問診(検査結果はまだ)で、医師に「気になることはありますか」と。「血糖値が少し高いんですよね〜」と言うと、「食べ過ぎと運動不足。これだけです!」と言われました。しかも2回も。私はBMIも20を切っており、やや少食。運動はこれと言ってしていませんが、仕事でよく動きます。
    いまだにこんな考えの医者がいるんだ…と思いました。

    • しらねのぞるば より:

      >「食べ過ぎと運動不足。これだけです!」

      学会が発行している糖尿病治療ガイドは,そういう意味で よくできているのです.

      https://www.bunkodo.co.jp/book/5NZHYWCOYX.html

      2型糖尿病は『過食と運動不足,つまり本人の責任』と書いてくれているのですから.
      医師の立場からすれば『学会が発行した治療ガイドに従ったまでで,私の治療に瑕疵はない』と言えますからね.