第26回 日本病態栄養学会の感想[6] 症例報告から-1 変化の兆し

【この記事は 第26回 日本病態栄養学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

食品交換表では

『男性なら1,600kcal,炭水化物は60%で極力低脂質にすること. これが糖尿病の理想的な食事である』

と推奨してきました.

この『理想の食事療法』は 1993年の食品交換表 第5版から 2013年の第7版まで一貫しています(★). 第7版は現在でも全国の病院で使われていますから,実に30年もこう言われ続けてきたわけです.

(★)第7版では炭水化物比率を 50~60%と多少緩めてはいます.

日本糖尿病学会は 2019年に『糖尿病診療ガイドライン 2019』で,『糖尿病患者に一律に同じ食事療法を適用することはありえない. 患者ごとに個別化しなければならない』と表明しました. これによって 食品交換表の『理想の食事』を全面否定したのですが,突然そう言われても 全国の病院はとまどうばかりでしょう.

実際 糖尿病専門医が勤務する全国のクリニックを無差別に50ヶ所抽出して調べてみたところ,少なくとも32%のクリニックでは『当院では,食品交換表に基づく食事療法を行っている』とホームページで高らかに宣言しておりました

また 医師によっては,『どうして医者の食事指導を守らないのだ』『食品交換表通りの食事にしろと言っているだろう!』『HbA1cが悪くなったのは隠れて間食しているのだろう. 食品交換表には間食はするなと書いてあるだろう』など,(それ以外にも とてもここには書けないような) 聞くに堪えないような言葉を患者に投げつけて罵倒することもあるらしく,学会でもその実例が報告されています.

(C) すずしろ さん

そういう医師であれば,今まで患者に強く言ってきた前言を翻さざるをえなくなり,困っていることは事実でしょう.

では,今でも全国すべての病院で 食品交換表を死守しているのでしょうか?

今回の 第26回日本病態栄養学会で,なんとか従来の路線を変えようとしている(珍しい)実例が報告されておりました.

まず 病院の糖尿病教室で行われる『糖尿病教育』の効果を評価した報告がありました.

0-170:2型糖尿病患者の栄養指導アドヒアランス調査

静岡県立大学食品栄養科学部 榛葉有希 先生からの報告です.

この病院で栄養指導を受けた患者にアンケート用紙を配布して,その場で回答させるのではなく,後日 病院ロビーに設置したポストに無記名で投函してもらったものです.

私も 自分が糖尿病と気づいた頃,病院の『健康栄養教室』に参加したことがあります.そこでも 最後にお決まりの『本教室についてのアンケート』に記入を求められました.しかし,その場で答えるアンケートには,当たり障りのない回答をしておくのが大人のマナーというものでしょう. 『講義の内容について』には『よくわかった』『役に立った』などと(よほど虫の居所が悪くない限り)答えるものです.

ところが,この報告では,アンケートを無記名・ポスト投函方式にしたことが奏功したのか,患者の本音がチラリと現れた回答があったようです.というのも『栄養指導に満足出来なかった』という理由に;

いつも同じ内容だから

と書いた人が少数ながら複数いたのです. 食品交換表は実質的には (十年一日どころか)三十年も内容が変わっていないのですから,糖尿病履歴が長い人ほど そう感じるのでしょうね.

0-171:2型糖尿病におけるコーチングを用いた栄養指導の効果

医療法人松徳会松本クリニック 小泉遥先生の報告です.

そもそも従来の『糖尿病教室』で,栄養指導とは 先生=管理栄養士に向かって 生徒=患者が座るという教室形式でした.

(C) カネーライス さん

そこで行われるのは『教育』,つまり学校の授業と同じなのですから,質問は歓迎だが 反論は許さないという雰囲気でした.患者は 『ぜひとも覚えなければいけない栄養知識』を一方的に聞かされるだけであり,つべこべ言わずにそれを実行しろ,これが当たり前に行われてきました.しかもその内容は 何回聞いても変わらない.

たしかに,これでは 効果が上がらないだろうというわけで,先生と生徒の関係のように一方的に講義するのではなく,むしろスポーツ選手とそのコーチとの関係,すなわちコーチング Coaching [Wikipedia]形式が注目されています.

この報告でも,患者に『正解』を押し付けるのではなく,患者自身が自ら自分だけの正解を見出すように助言するというコーチング手法を試行していることが報告されました.

この方法の難しいところは,患者自身がトンデモの『自分だけの正解』を主張しだしたらどうするか,それを 従来の『正解』に力づくで押し戻してしまっては 今までと変わらない,つまり手間がかかることでしょうね.

0-172:糖尿病教室内容改訂に伴う患者の心理と行動変容への影響について

『糖尿病の食事療法は患者ごとに個別化せよ』といくら学会が音頭をとっても,実際には 全国ほとんどの病院では まだ旧来の食品交換表を使って患者教育をしています.

そんな中で,糖尿病教室の教育内容を 完全に『糖尿病診療ガイドライン 2019』準拠に切り替えたという報告が 福井県済生会病院 西村陽子先生から発表されました.

日本糖尿病学会が『糖尿病診療ガイドライン 2019』で食事療法の転換を発表したのは2019年であり,もう4年も前ですが,このガイドラインに従って栄養教育の内容を一新したというのは 私の知る限りでは初めてです.

報告の内容は,おおまかに以下の3点でした.

  • 教室形式をやめて,管理栄養士と患者とがフラットに机を囲むカフェ形式にした
  • 従来 講義時間の55%を占めていた食品交換表の解説を15%以下にした
  • 一方通行の講義ではなく,項目ごとに患者側らも発言するよう促した.
[注]学会発表の写真ではありません
(C) こうまる さん

コーチング手法も取り入れたすばらしい変化だと思います.実際 この形式にしたことにより,受講した患者にも変化が見られました.

以前は受講者の回答では, 『とにかく食事のカロリーを下げることが一番重要な目標とわかった』 という回答が最も多かった(32.5%)のに対して,この形式にしてからは,『食事の栄養バランスが最も重要だ』という回答が一番多くなり(44%),『カロリーを下げることがもっとも大事』と答えた人は8%に減ったのです.

[続く]

コメント

  1. 西村 典彦 より:

    炭水化物60%の食事は多くの健康とされる日本人の平均値であって糖尿病の治療効果について明確なものは何もないと思いますが、不思議なのはそう言う食事をしてきたから糖尿病になったのだとは考えなかったのでしょうか。それとも糖尿病になる人は脂っこい肉類ばかり食べていると思っていたのでしょうか。
    カロリー1600kcalはかなり少なく、それが糖尿病治療に効果があると言うなら「比率は60%で日本人の平均にしてカロリーは少なくしろ」と言うことになり日本糖尿病学会は糖尿病の原因は食べ過ぎだと言っているように思えます。要するに贅沢病だと言う思いがどこかにあるのではないでしょうか。
    ある本によると食欲を満たすのはタンパク質の摂取量で決まるそうです。タンパク質が少なく炭水化物ばかりの食事では食欲が満たされず、自然とカロリーオーバーになるとのことです。カロリー単価の安い炭水化物を多用した超加工食品は味覚を満たし食欲を満たさず多食となり販売数が増加するよう設計された食品だと言うことです。因みにこれらの食品から脂肪や塩分を抜くともはや食品の味はしないそうです。

    • しらねのぞるば より:

      これまでこのブログに書いてきましたように,数々の誤謬・誤解が重なっていたと思います.

      ・炭水化物比率が70%を超えていた昭和30年代までは糖尿病は少なかったと誤解していた.

      当時と1990年代では,糖尿病の定義が全然違うことを無視していたのです.

      ・糖尿病患者は 消費エネルギーが健常人より低いと思っていた.

      一応そういう実測データはあったのですが,それは大昔のデータでした. 1960年代以前の『糖尿病患者』とは,今でいう『合併症が重篤な末期糖尿病患者』のことでした.そんな状態で消費エネルギーを測定すれば たしかに少なかったでしょう. これをそのまま引き継いで,「すべての糖尿病患者の消費エネルギーは健常人より少ない」と思い込んでいたのです.

      ・糖尿病は 本人の怠惰な生活の結果であると決めつけていた.

      生活習慣病は 米国のLife-Style Diseasesを直訳したものです. しかし,これは 「生活様式」という意味で, たとえば3交代勤務の人は 必然的に昼夜逆転した生活を送らざるを得ない,つまり本人にはどうしようもないことも含んでいたのです. Life-Styleはそういう意味だったのですが ,日本では それを生活【習慣】と訳したために,すべて 本人の責任であるとしてしまいました.

      ・米国の肥満増加にうろたえた

      第5版食品交換表で 急に路線転換したのは,当時 米国の肥満が急速に増加しているのを見たからです.米国の食事=肉食・脂肪過多というイメージ,そして 1970年代から続々と米国のファーストフードチェーンの日本上陸が始まり,若者の人気を集めていました.『日本もいずれああなる. 今のうちに食い止めなければならない』と思ったのです.