第26回 日本病態栄養学会の感想[3] 食品交換表 ≠ 食事療法

【この記事は 第26回 日本病態栄養学会 年次学術集会に参加したしらねのぞるばの 手元メモを基にした感想です. 聞きまちがい/見まちがいによる不正確な点があるかもしれませんが,ご容赦願います】

合同パネルディスカッション4:1000万通りの個別化栄養療法の構築に向けて

【4-2】患者目線で考える糖尿病栄養療法

二番手は 横浜市大 寺内先生です.寺内先生は,日本糖尿病学会の『食事療法委員会』委員長です.これは食品交換表とは別個に,糖尿病の食事療法方針を検討する専門組織です.

寺内先生は 多くのテーマにまたがる話をされました.

表題の『患者目線で』とは,これまでの糖尿病食事療法が もっぱら治療側の視点,つまり患者の食事にこと細かく注文をつけて,いかにそれを守らせるか,守らずに逸脱していたら厳しく指導する,という『ムチ』の側面ばかりだった,という反省をこめたものです. これは その次の登壇者 関西電力病院の茂山先生の講演と合わせて別記事で紹介します.

そこで ここでは,最初の登壇者 綿田先生の講演を引き継いで,『食品交換表の根本的改訂に時間を要するのであれば,当面 どうするのか』について述べられた内容だけを紹介します.

2010年ごろから糖質制限食がブームになったが,2013年に日本糖尿病学会は極端な糖質制限食は推奨できないという声明を発表した.

ただし,同年 発行した食品交換表 第7版では,糖質摂取比率を50,55,60%から選べるようにし,一定の自由度を持たせた.

(C) 日本糖尿病学会

さらに2019年には『糖尿病診療ガイドライン 2019』を発行して,『糖尿病の食事療法は 患者ごとに個別化されるべきである』と転換した.

(C) 日本糖尿病学会

この経過を今振り返ると,これらの情報を患者に向けて十分発信できていなかったのではないかと反省する.
また 個別化された食事療法は,たしかに必要なのだが,逆にそれがハードルになっている面もある.スタッフの充実した医療施設ならともかく,小規模なところで 患者ひとりひとりに個別化食事療法をいちいち作り上げるのかと.
以上の経緯・問題点も原因だろうが,現状では依然として『標準BMIは22』『軽労作とは25~30kcal/kg』『男性は1600kcal,女性は1200kcal』という古い基準に縛られたままのところも目立つ.
そこで,食事療法委員会では,食品交換表とは別に『健康食スタートブック』(仮称)という小冊子(電子版)を作成している.これは現時点までのガイドラインを反映したものだが,今後さらに追加があっても e-Bookなので迅速にUpdateできる.
規則だらけの食事では続かない.糖尿病であっても,『おいしくて楽しい食事』を取り戻していきたい.

座長:植木 日本糖尿学会理事長
 この会場には 管理栄養士の人が多いと思うが,『糖尿病診療ガイドライン 2019』以降に,糖尿病食のカロリーを増加するよう医師から指示された人はどれくらいいますか?
 
[会場はほぼ満席でしたが,挙手した人は数名のみ]
 
植木理事長[ガックリ肩を落として]:やはりそうですか....


【以下は講演内容ではなく,ぞるばの感想です】

以上の講演を聞きながら『これは サラミ戦術だな』と思いました.

サラミ戦術(Salami slicing tactics)とは,意外に古い言葉で,1940年代に ハンガリー共産党のマーチャーシュが,敵対勢力を粛清するにあたり『一度にすべてをやると抵抗が大きいが,サラミを薄く切るように少しずつ状況を変えていけば抵抗は少ない』と述べたことに始まるようです.[Wikipedia]

サラミ戦術は 現在でも 中国が尖閣諸島でやっています.

(C) ガイム さん

つまり,こういう手順なのでしょう.

  • (1)まず 食品交換表を 『唯一の理想的な糖尿病食事療法』という位置からひきずりおろす.そのために,現在食品交換表の正式な名称は『糖尿病食事療法のための食品交換表』ですが,次回の食品交換表 改訂においては,ここから『食事療法のための』という言葉は削除するでしょう.更に外観についても,現在よりもずっと簡素なものにして,どうみても『食事療法の教科書』とは思えないような外観にする. おそらく たとえば 食堂の壁にでも貼る『栄養素 早見表』のポスター程度のものにしてしまう.
  • (2)食品交換表とはまったく別に,上記寺内先生の述べた『健康食スタートブック』[★]を発行し,これを 病院での糖尿病教育などで使ってもらう
  • (3)この新しい『健康食スタートブック』を学会の公式資料として,米国糖尿病学会(ADA)のガイドライン (ADA_Standards of Care in Diabetes) のように,頻繁に改訂していく.
  • (4)そして 改訂のたびに それこそサラミ戦術でじわじわと許容幅を広げていき,『この範囲で患者に合わせて個別化してください』と内容を変えていく.

[★]あるいはこれを機会に,今後『糖尿病 食事療法』という言葉も『糖尿病 栄養療法』とでも変えていくのかもしれません.

どう考えても この方法しかないでしょうね. なにしろ1993年に 食品交換表 第5版を発行して以来,30年間も『糖尿病の食事療法とは,患者に食品交換表を守らせることである』と言い続けてきたのですから,そう信じている医師・管理栄養士はまだまだ多いのです. しかも 現在の食品交換表は,どうみても単なる食事療法の解説パンフレットではなく,『糖尿病とは』から始まって,合併症の解説・治療法の概略と続いて,食事療法につなげています.つまり『糖尿病の総合教科書』の体裁をとっています.これが日本糖尿病協会の名で発行されてきたのですから,患者教育にはこれしかないと思うのが当然でしょう.

そしてサラミ戦術を使わざるをえないのは,30年間も言い続けてきたことを急に変える,しかもほぼ正反対に変えるなんて とんでもないでしょう.同じ患者に向かって

『去年まではこう言ってましたけど,あれは忘れてください. テヘペロ. 最新のトレンドはこうですからねっ』

などとやったら,病院のスリッパで張り倒されてしまうでしょう.

(C) ちょこぴよ さん

[続く]

コメント

  1. highbloodglucose より:

    >去年まではこう言ってましたけど,あれは忘れてください. テヘペロ

    わたしの大叔父が、まさにこれを医師にやられてましたね。
    今までは「肉は食べ過ぎないように。カロリー控えて。野菜を摂って」と口うるさく言われていたのに、急に「肉を食え、肉を」と言われるようになったと苦笑してました。
    90歳を超えて急に「肉を食え」と方針転換されても、今さら肉なんか食えん、と。
    年金生活者が買えるような安い肉はゴムみたいで美味くない、とこぼしています。
    多分、長年刷り込まれた知識から、脂身の少ない赤身肉を買ってるんじゃないかな。だから、余計に美味しくなくて食べにくいのだと思います。昔の人だから、今まであまり肉を食べてこなかっただろうし、調理法も煮物に肉を入れるくらいなんでしょうね。

    今は糖尿病で入院するとどんな病院食が出されるのか、興味があります。
    わたしの場合は1400 kcal設定でしたが、今だともう少したくさん食べられるのかな?
    甲状腺摘出で入院したときは血糖値が上がらないようにと1200 kcal設定にされて、さらにひもじい思いをしたなぁ… そして、当然ながら、カロリーダウンで食後高血糖が回避できるわけもなく。無駄にひもじくなっただけ。
    でも、久しぶりの茶碗いっぱいの白米は美味しかったですw

    • しらねのぞるば より:

      >急に「肉を食え、肉を」

      ということは,その医師は 学会の路線転換には気づいているのでしょうね.

      >安い肉はゴムみたいで美味くない
      >調理法も煮物に肉を

      上等の霜降り肉でなくとも,電気圧力鍋を使うと,鶏肉はホロホロ,靴底のようなスジ肉でもトロリとします.
      私もそうですが,高齢者が肉をそこそこ食べようと思ったら,出汁の効いた煮込みにするのが一番ですね.

      >今は糖尿病で入院するとどんな病院食が出されるのか

      そうなんです.ほとんどの病院はまだ食品交換表一辺倒ですが,今回の学会で 新ガイドラインに適応しようとしている病院が報告を行っていました. 記事で紹介いたします.

      >茶碗いっぱいの白米

      子供の頃は 自家製の新米を腹がはちきれんばかりに食べていました. ご飯と奈良漬けだけで三杯食べる ヘンな子供でしたね.