今月発売されたばかりの 『糖尿病専門医研修ガイドブック 改訂第8版』(以下 『ガイドブック』)の感想です. 今後の『新制度専門医』は,このガイドブックで糖尿病のイロハを学んできた医師ばかりになるでしょう.
内容は膨大
全540頁. 糖尿病に関するあらゆる項目を網羅しています.目次はこちら.
もちろん記載されている内容は,いいかげんなネット情報や,『お茶の間向けに』極端に単純化された 新聞・テレビ情報などとは比較にもなりません.
しかも重要な記載事項には,すべて引用文献を示していますから,どんなことであれ,糖尿病について知りたいことがあれば,この本の解説から元文献をたどっていけます.ネットや雑誌でみかける『~~が証明された』などという記載は,多くの場合 何を根拠としているのか不明です.ほとんどは 受け売りの情報であって,その一次ソースは何なのか,どれくらい信頼できるソースなのかがわかりません.
したがってこの『ガイドブック』は,単に文献目録としてでも価値があると思います.これだけ多量の文献を素人が一人で集めようとしても,それだけで何年もかかるでしょう. 欲を言えば このガイドブックを電子版でも出してくれれば文献検索ができるのですが.たしかに 8,500円(本体)とはいいお値段ですが,それだけの価値はある教科書だと思います.
それほどに膨大な内容ですから,とても全貌は紹介しきれないので,今回は下記3点だけに絞ります.
- この『ガイドブック』では
- 2型糖尿病の発症原因(成因)をどう説明しているのか
- 2型糖尿病の食事療法をどう解説しているのか
- 2型糖尿病の病態に応じた『個別化された治療』をどう推奨しているのか
この3点に絞った感想です.
糖尿病の成因
第5章[1]には,『糖尿病における成因と病態』が解説されています.
ここでの記載事項は『糖尿病診療ガイドライン 2019』と全く同じです. 『ガイドブック』は,新ガイドラインに準拠しているのですから,当然と言えば当然ですが,つまりは新ガイドラインと同様に2型糖尿病の『成因』については具体的な記載はありません.ただ遺伝的素因と環境素因とがあいまって,インスリン作用の不足を呈するに至った状態であるというのみです.これでは成因の説明にも機序の説明にもなっていません.
なお,p.37の『2型糖尿病は,インスリン抵抗性に対する膵β細胞の代償不全状態である』とあり,あたかもすべての2型糖尿病がインスリン抵抗性であるといわんばかりの記載は疑問です.
糖尿病の食事療法
『食事療法の基本は適切なカロリー摂取,糖質・脂質・タンパク質などを適正な配分でとることであるが,その数値は患者の病態や生活背景・嗜好・合併症などを勘案して個々に設定されるべきである』(p.168)とあり,その根拠としてADAの『Nutrition Therapy Recommendations for the Management of Adults With Diabetes』を引用しています.
ですので,このADA Recommendations の
Evidence suggests that there is not an ideal percentage of calories from carbohydrate, protein, and fat for all people with diabetes ; therefore, macronutrient distribution should be based on individualized assessment of current eating patterns, preferences, and metabolic goals.
すべての糖尿病患者に適用できる炭水化物/タンパク質/脂質の理想的なカロリー比率というものは存在しない.したがって,主要栄養素の割合は、患者の現在の食行動パターン・嗜好・および代謝目標を個々に評価した結果を基礎にすべきである.
ADA 2013
がそのままです.
そして,第8章をまるまる食事療法の解説にあてています.
適正カロリーについては,従来はBMI=22を標準体重としてきたが,今後はこれを一律に適用するのではなく,22~25の幅があることを詳細に述べています.
これに対して栄養素比率については,あっさりした記述です.単に厚労省の『日本人食事摂取基準 2020年版』や,2013年の「日本人の糖尿病の食事療法に関する日本糖尿病学会の提言」 (2013年提言)の存在を指摘しているだけです. ただし,2013年提言に言及していることから,見方によっては,『糖尿病診療ガイドライン 2019』よりも むしろ後退しかたのような印象を与えます.
結局,この『ガイドブック』を読んだ人はどうすればいいのでしょうか? 『個々に患者の病態を見て,個別に食事療法を考えろ』,と書かれているのはこれだけなのです.
糖尿病の投薬治療
食事療法に比べれば,投薬治療は もう少し具体的なポリシーが書かれています.(『第10章 薬物療法』p.232~)
一般に病態に応じた選択として,やせ型でインスリン分泌低下が顕著な例ではインスリン分泌促進系薬が,内臓肥満を伴いインスリン抵抗性が明らかな例ではインスリン抵抗性改善薬が,罹病期間が短く食後高血糖の是正を目指す場合はα-GI薬が第一選択薬になりうる.
p.233~234
ごもっともです.
そしてこの原則にしたがって,各血糖降下薬の作用機序・適応と使用法・注意すべき副作用が薬剤ごとに わかりやすくまとめられています.
なお 『おや?』と思ったのは,ビグアナイド(メトホルミン)の解説の部分で;
インスリン抵抗性が病態の主体をなす欧米の2型糖尿病とは異なり,我が国の2型糖尿病ではインスリン分泌不全が様々な程度で関与するため,(メトホルミンが)無条件の第一選択薬という立場はとっていない.
p.243
これは上記p.37の記載とは ニュアンスが違いますね. p.37ではインスリン抵抗性だけが日本の2型糖尿病の主因と書きながら,ここではインスリン分泌不全が影響しているという立場です.いろいろな人が分担して書いているのでこうなってしまうのでしょうが.
総合してみると,もちろん この『ガイドブック』では『糖尿病診療ガイドライン 2019』に 何も付け加えていません.そのまんまです.教科書という性格上,これはやむをえないことでしょう.
[4]に続く
コメント
>従来はBMI=22を標準体重としてきた
それなのになぜ22~25なのでしょう。単純に幅を持たせるのなら22をはさんで±3なら分かりますが。
結果的にBMI=22は健康な体重としては下限値だったと言う事だと思うのですが、いろんな年齢を一律に考えると高齢で食事量が落ちて痩せていく人の場合を含めるので標準化するとこのような結論となるのでしょうか。
これも個別化するならせめて年齢別とかに分類してほしいところですね。
>それなのになぜ22~25
ブログ別館のこの記事でも紹介しましたが,学会の 宇都宮先生が その背景を説明しています. 世界各国で,BMIと総死亡率との相関を調べたところ,必ずしもBMI=22がボトムとはならず,20~25とU字型であったこと,更に高齢者だけを見ると,むしろ BMI=25くらいがもっとも総死亡率が低かったからです.
>個別化するならせめて年齢別
今回の改訂で,『高齢者のBMI低すぎは問題』『高齢者のたんぱく質摂取は もっと推奨すべき』となりましたね.HbA1c目標と並んで,学会が年齢別に基準を設けているのは,いまのところこれだけです.